モモちゃんは見ていた。
「ふう、取りあえずこれで何とかなるな。おい、明日私のところへ来るように能面面に伝えておけ」
立ち上がったボレアス公爵が、外で待機している護衛に指示を飛ばした。
「あと、そろそろ戻る。馬車の用意を」
「はっ、用意は出来ております」
「護衛もだ。ストライク・ナブラを呼べ。本気だというところを見せてやれ」
「はっ! 直ちに」
なんか格好いい呼称が出てきた。
話の流れから察するに部隊、いや、ここは異世界だから騎士団だろうか。
取りあえず格好いい名前だ。特にナブラってところが強そうでいい。
「ジンナイ、護衛が来るまでの間、ジャンのことを頼めるか?」
「うん? ……ああ、わかった」
しゅんと大人しくなっているジャン。
ステータスプレートの一部を切り取られた影響だろうか、妙に萎縮しているような気がする。それと、遠慮がちな目でこちらを見ている。
どうしたのだろうか。
そんな風にジャンの変化に気を取られている俺に、ボレアス公爵が追加を口にした。
「あと、あの子たちと遊ばせてやってくれないか。ジャンは……」
あの子たちとは、俺の娘たちのことだろう。
ボレアス公爵の言い方から、ある真意が読み取れる。
「了解。よし、ジャン行こう」
「う、うん」
「ラティさんも行きましょう」
「はい、ヨーイチさん」
俺たちは応接室を出て、娘たちが待つ部屋へと戻る。
部屋の前にはしっかりと護衛らしき若い女性が立っている。
こちらに気を遣ったのか、その女性はラティさんたちと同じ狼人だ。
パッと見程度だが、まだ15歳ぐらいに見える。
その女性に一声かけ、俺たちは中へと入る。
「あ、お父さん」
俺たちに気がついたモモちゃんが顔を上げた。
しかしリティの方は、そんなことはどうでも良いとばかりに、お人形の首を刈ろうとしている。
ペチペチと小さいお手々で叩いている。
「もうリティ、お人形さんがいたいって言っているよ」
「……?」
注意されても不思議そうな顔を浮かべるだけのリティ。
ちょっとこの子の親に一言言ってやりたい。もうちょっと見てやらないと駄目だと。このままで首狩り族みたいな女の子になってしまうと注意してやりたい。
「…………俺か」
「あの、ヨーイチさん?」
「いや、何でもない。ジャン、迎えが来るまでここで一緒に待とう」
「う、うん」
「じゃんくん、さっきの続きやろう」
戻ってきたジャンをすぐに迎えるモモちゃん。
彼の手を引いてリティのところへと連れていく。
意外と仲良しさんだ。さっきの続きとはなんのことだろうか。
「おままごとかな?」
子供たちは人形を囲むように集まり、その人形を使って何かを始めた。
「こうやってあげると、ロロちゃんよろこぶんだよ」
ペチペチしていた人形を手に取り、それを優しく撫で始めたモモちゃん。
まだ幼いのに母性があるのか、その撫でる手つきはとても優しい。天使レベル。
イイ子イイ子といった感じで、本当に良い子だ。
「それでね、つぎはシッポもなでてあげるの」
ロロちゃんと呼ばれている人形には、モモちゃんと同じように尻尾がついていた。
よく見てみると獣耳っぽい突起もある。獣人を模した人形だ。
「こうやって、こう」
撫で方をリティだけなく、連れてきたジャンにも見せている。
なるほど、なるほど、みんなで人形を労る感じなのだろう。
どこで覚えたのか、本当にモモちゃんは優しく――
「…………ん? あれ?」
何となく、本当に何となくだが、既視感というか、デジャブというか、見た覚えがあるというか、身に覚えがあるというか、要はそれをよく知っている、そんな不思議な感覚に陥る。
「ねえ、ラティさん。なんとなくだんだけどって……え?」
ラティさんが再びいたたまれない感じになっている。
赤面ではないが、それの一歩手前、もしくはその逆で青くなる手前みたいな感じの顔色。
一体何事かと尋ねてみる。
「ラティさん? どうしたのそんな顔をして?」
「あ、あの……その、あの……えっと」
何かを言おうとしているが、口を開いては言うのを躊躇っている。
視線も彷徨い、モモちゃんを見ては逸らし、また見るといった流れ。
一体何事だろうか、そんな思いでモモちゃんと見る、と――
「うん?」
先ほどの既視感がさらに強くなった。
もの凄く強くなった、のに……
「んん?」
既視感の正体が分からない。モヤモヤとする。
モモちゃんのおままごと、人形をあやしている姿を見て、間違いなくなく何かを感じるのに、それが一向に分からない。
モモちゃんが人形を抱っこしているので大人しいリティ。
それらを困った表情で見ているジャン。
こうやって撫でるんだよ言われて困っているみたいだ。
モモちゃんは分かっていないみたいだが、俺には分かる。
ジャンは隔離された環境で育ったのだ。同年代の子供と接する機会はなかったはずだ。だから戸惑っているのだろう。
ボレアス公爵は『遊ばせてやってくれないか』と言った。
子供らしいことに触れさせてやりたい、そんな思いを込めて。
( 丁度良い機会だって思ったんだろうな )
ジャンは特別な立場の子供だ。
迂闊に交友関係など作れないし、下手な縁ができると面倒になる。
悲しいけどそういう立場だ。
その点を考えると、同じように特別な立場の娘たちと相性が良い。
そう考えるととても微笑ましくて、とても貴重な時間だ。
今後ジャンがどうなるのか分からないが、これはきっと良い経験になる。
こうやっておままごとをする機会なんて今後ないだろう。
「……んん?」
微笑ましい光景だと眺めていたのに、もの凄く気まずくなってきた。
そしてその理由が分からない。でも火照ってくる。汗も出る。
微笑ましい光景のはずなのに、何故か――
「あっ」
モモちゃんの尻尾の撫で方を知っている。
正確には、手櫛で梳いているところを見て、俺はあることに気がついた。気がついてしまった。
いや、無意識に気がついていたのかもしれない。だから気まずかった。
「あ、ああ……ひょっとして……」
恐る恐るラティさんを見ると、気まずそうにコクンと頷かれた。
やっぱりそうだ。だからラティさんはいたたまれなかったんだ。
モモちゃんがやっている撫で撫では、俺がラティさんにやっているアレだ。
「ってことは……」
アレを見られたことがあるということだ。
メッチャ恥ずかしくなってきた。
「ここをこうやってあげて」
「モモちゃん、他の遊びをやろう! ほら、みんなでやれることをっ」
迎えが来るまでの間、俺たちはモモちゃんが希望したおままごとをすることになった。お人形遊びは中止だ。
そして流石は観劇好きというべきか、結構ガチ目のおままごとをすることになったのだった。