物騒なWS
「ああ、非童貞ってステータスプレートに書いてあったんだよ。最初はそんなのなかったのにな」
「待ったっ、いやマジで待ってくれ…………はい? マジで?」
場違いな言葉が出たと思ったら、それが俺のステータスプレートに書いてあったと言い出した。マジで意味がわからん。
こういうのは悪い冗談というのだろうか、今日3度目のラティさん判定。
結果は……
「……」
あった。判定結果は書いて『あった』だった。
あのラティさんが、いたたまれないと言った感じで俯いてしまっている。
もし相手が公爵でなければ、スパンと物理的に黙らせていそうな気配。
「えっと……」
状況を整理してみる。
非童貞ということは、童貞ではないということだ。
異世界に転移する前の俺は、間違いなく清い童貞だった。
と言うことは、そういうことをしたということだ。
それはつまり、そういうことだ。
そんでもってラティさんの反応を見る限り、そのお相手はそういうことだ。
と言うことは――
「おい、いつまで固まってんだ。オマエってときどきそういうことがあるよな。何か考え始めて、そのまま無駄に思考を巡らせ続けることが」
「ぐっ」
ギームルのジイサンもそうだが、コイツも俺のことをよく知っている。
それとも俺が分かり易いタイプなのだろうか。
ちょっと悔しいので今さらながら平静を装ってみる。
「それでだ、その非童貞がいつの間にか消えていたんだ。だからオレは、オマエがワザキリで非童貞を切り取ったんじゃないかと予想している」
「……」
改めて考えてみる。
ボレアス公爵が言うように、非童貞を張り付けたままは嫌だ。
もしワザキリが使えるのならとっとと切り取る。
どこの世界に、そんなモノを張り付けたままのヤツがいるか。
知らないヤツならまだしも、知り合い、特に同級生には気まず過ぎる。
童貞じゃないぜってマウントを取る趣味もない。
そしてここであることに気がつく。
「あっ――」
「ん? ハズキ様や他の勇者様に見られたのだろうかって考えているだろ? その通りだ。勇者サオトメ様には見られなかったそうだが、他の勇者様は見てしまったらしいな」
「心を読むな!!」
いたたまれなさが半端ない。
今ならラティさんの気持ちがよく分かる。
なんか顔からビームとかが出そうだ。
別に必死こいて隠すことではないと思うが、堂々と掲げるものじゃない。
しかも葉月たちは俺に――
「――だから、ドツボにはまり込んで固まるんじゃねえ。いいか、オレが言いたいのは、何度か使ったことがあるかもしれないだ。だからその感覚を思い出せってことだ」
「あ、なるほど……」
「まあ、オマエたちをからかえるいい機会だから、ちょっと悪ノリが過ぎたな。特に、瞬迅をやり込める機会なんてそうはないからな」
スンとラティさんから表情が抜け落ちた。
ジト目のさらに昇華させた感じ。スナネコの赤ちゃんがしそうな顔だ。
虚無をジッと見つめる、そんな感じ。
なんかもう色々と腹が立ってきた。
「で、いけそうか?」
「無茶言うなっ、精神状態が滅茶苦茶だっての、コイツは……」
目上の公爵様なので、今までは言葉使いを選んでいたつもりだった。
だがもうそんなの知らん。
それに歳だって、俺の一つか二つ上程度だと思う。
「くそっ、こうなりゃヤケだ。ああっ、やってやるよ!」
不思議なことに、ボレアス公爵へ乱雑な言葉を吐いたらシックリときた。
自分の中の焦点が合ったというべきか、本来の自分だ、そんな感覚が広がっていく。
だからだろうか、さっきは握りが甘く整わなかった感覚が薄くなった。
しっかりと槍を握れる。
「……よし」
無骨な槍の穂先に、不思議な力場のようなモノを感じる。
今ならいける、そんな確信を持ってステータスプレートに穂先を添わす。
「真、ワザキリ」
穂先が滑るように円を描いた。
すると、まさにくり抜かれたように魔王の部分だけが欠けた。
音も無く落ちていく魔王と書かれた欠片。
「よし、それを消せ!」
「え? 消すって」
「オマエだけが使えるWSだ! 触れるモノ全てを穿ち消し去るWSだ」
「え? なにその物騒なヤツ。えっとこうやって……」
自分の中の感覚に釣られるようにして、俺は槍から木刀に持ち替えた。
不思議と解った。木刀を使わないと駄目だと。
後は引っ張られる感覚に身を任せ、床へと落ちた魔王に――
「ダメです! 待ってください、ヨーイチさん」
「へ?」
既の所をラティさんに止められた。
引っ張られていた感覚を切り離し、発動させようとしていたナニかを中断する。
「……良かった」
ホッと息を吐くラティさん。
何かあったのは間違いなく、ラティさんが正しいと思えた。
もしこのまま事を進めていたら大変なことになっていた、そんな確信めいたものが遅ればせながらやってくる。
「スマン、今のはオレが悪かった。焦って見えていなかった。理解していたつもりなのに、オレはとんでもないことをさせるところだった」
「えっと、どういうことです?」
「ああ、さっきオレがさせようとしたのは消滅のWSだ。記憶を失う前のオマエがそう言っていた」
「なかなか物騒な……」
「物騒なんてものじゃない。裏では新たな魔王なんて言うヤツもいるぐらいだ」
「ちょっ、いったい何があったらそうなるんだよ!?」
「……なんだろうと穴を空けるからだ」
「あな?」
「ああ、一応伏せられてはいるが、空に穴を空けたのはオマエだ。分かるか? オマエはこのイセカイに穴を空けられる野郎なんだよ。ここで迂闊に使えば、魔王だけじゃなくて周りも巻き込んだかもしれない」
新たな魔王と呼ばれる理由がちょっとだけ理解できた。
要は、ヤベえ力だってことだ。
「えっと、それって出力ってか、威力を抑えて使えたりは?」
「ほう、今のオマエにそれができると?」
「……はい、自身はないです」
「ならば、この続きはジンナイが完全に記憶を取り戻してからだな」
そう言ってボレアス公爵は魔王と書かれた欠片を回収す。
首に巻いていたスカーフのような物でそれを包み、大事そうに懐へとしまった。
「これはそのときまで保管しておく」
「……なんか悪いことに使えそうだな」
「そうならないための処置だ。そして、これに近づこうとするをヤツを……」
ニヤリと会心の笑みを浮かべるボレアス公爵。
きっとアレだ。魔王を使った罠的なことなのだろう。
「取りあえずこれで魔王はなくなった。ジャン、いいな」
「うん――あっ、はい」