石像と魔王
オラトリオと呼ばれたラスボス風の男は、石像のようなヤツだった。
冷たく整った顔立ちと、感情が一つも感じられない金色の双眸。
公爵という上位者の前なのに、僅かな緊張やブレといったものが一切無い。
淡々と、ただ淡々とそこに立っている、そんな印象の男。
マジで石像みたいだった。
「……もう一度問われましても、答えは同じです。偶然居合わせたので、そこの子供を助けただけです」
淡々と問いに返答するオラトリオ。
声に高揚は一切無く、AIとかの合成音声の方がよっぽど愛嬌があるぐらい。
瞬きすらしているのか怪しくなってくるレベル。
「じゃあそこに転がっているそれは何だ」
「彼ですか? 彼は子供を渡すまいと抵抗したので、排除しました」
「このっ!」
ボレアス公爵が一瞬かっとなった。
しかしすぐにふうと息を吐いて、内に堪った怒気を抜いた。
こんなのに釣られまいと冷静さを取り戻したみたいだ。
ボレアス公爵がどうして激昂し掛かったのか、その理由は何となく分かる。
殺された御者は、今回の誘拐の実行犯であると同時に貴重な証拠人。
それが殺されたのだ。そのことを解っているであろう男に。
( ……コイツ )
嫌な違和感を覚えるヤツだったが、今は確実にヤバいヤツだと認識する。
チラリとだが、さっさとやってしまった方が良い部類の存在、そんな予感めいたものがよぎった。
「理由は分かった。だが殺人は殺人だ。拘束させてもらうぞ」
「正当な防衛、では納得していただけなさそうですね。ではブンラン拘束されなさい。貴方がやったのですから」
「はい」
オラトリオはそう言って、護衛の一人を差し出した。
彼がやったことだから、彼が拘束されれば良いということだろう。
そして、自分は関係無いと。
「この男っ」
「ジンナイ、いい。これ以上言っても無駄だ。この男はこういうヤツだ」
ああ、なるほどと理解できた。
コイツは嫌なヤツで、それで淡々と仕事をこなすタイプだ。
冷徹とか冷血とかそういう感情があるヤツじゃなくて、人のことを駒かと手札として見ているタイプの人間。
そして自分自身も、何かを成すための駒として見ているようなヤツ。
熱も冷たさもない……
( どこか似てるな…… )
何となくギームルに似ている気がした。
しかしあのじいさんには内側に熱があった。意志があった。そんで少しだが優しさもあった。表は巌のようだが、内側は絶対に違った。
言うならばコイツは、ギームルの表面だけのような男。
( マジで石像だな…… )
あのじいさんの嫌なら所の塊から削り出したような男だ。
そんな男が、俺の見て口を開く。
「……勇者さま」
「ん?」
「あの話は本当だったのですね。また記憶を失っていると」
「――っ!?」
「オラトリオ、もうここから去れ。あとで通達をする。泊まっている宿の報せに来い。良いな」
ボレアス公爵の命令でオラトリオたちは去っていった。
ブンランと呼ばれた男は、黙ったままで大人しくしていた。
そしてしばらくしたら、ボレアス公爵が呼んだ衛兵が飛んできて色々とやってくれた。
死体と馬車の運送。ブンランの捕縛と連行。
多少わっちゃわっちゃしたが、俺たちはやっと宿に戻れたのだった。
「えっと、なにか話があるってこと、ですよね?」
「……ああ、そうだ」
現在この部屋には、俺とラティさん、そしてボレアス公爵だけ。
護衛は人払いとして部屋の外に出された。だから3人だけ。
保護されたジャンは、取りあえず落ち着くまで別室で待機。
今はモモちゃんと遊んでいるみたいだ。リティも一緒。
「ジンナイ、さっきの男、オラトリオのことだが」
「能面みたいなヤツね」
「アイツの目的だが……ヤツの目的はおそらく確認だ」
「確認? なんの?」
「ジャンのだ。偶然だと言い張っていたが、ヤツは狙ってあの場にいた。これは推測だが、御者を唆したのはオラトリオで、確認が済んだから消したのだろうな」
「あの、その確認ってのが分からないと、全然話が見えないのだけれど」
「…………魔王だ。【魔王】の確認だ」
「はぁ? 魔王の確認?」
これまたファンタジーな単語が出てきた。
ここは異世界なのだから、魔王という単語が出てきてもおかしくはない。
実際に魔王が居たと聞いている。しかも常識レベルで有名。
だが、その魔王は数年前に俺が倒したとも聞いている。
一体どう言うことだろうか。
「瞬迅なら分かるだろ? その魔王の意味を」
「……はい」
一瞬息を呑んだラティさんが、忌々しそうに頷いた。
「ラティさん、その魔王ってどういうこと?」
「はい、わたしが魔王に支配、いえ、魔王にされかかったときに、わたしの【固有能力】の一つが魔王となっていたそうです」
「んん? えっと……うん? うん?」
「察しの悪いヤツだ。要は、【魔王】っていう【固有能力】があったんだよ」
「ちょっと待って!? え? じゃあ、また魔王が……」
「それはわからん。だが、【魔王】という【固有能力】は存在する。そしてそのことをオラトリオは知った。存在を確認しやがった」
どう受け止めたら良いのか分からない。
まだ幼いジャンが、異世界を滅ぼす魔王になるのだろうか。
成長すると破壊神になる的なヤツか。
「なんでジャンがそんなものを……」
【魔王】という【固有能力】は気まぐれで発現するものなのだろうか。
それとも他に理由があるのか。
「ジンナイ。オマエと瞬迅から得た証言で分かったことがある」
「うん? 俺とラティさんから?」
「ああ、そうだ。オマエはある人物を魔王に見た。そして瞬迅は、自分の中に入って来た魔王の一部に、その人物を感じたらしい」
「なっ!!?? 魔王の一部がラティさんの、中に……だとっ」
一瞬聞き間違い、いや、身体と心が完全に拒絶した。
だが、聞き捨てならないいかがわしい言葉が――
「そういうんじゃねえ! ふざけてる場合じゃないんだ。ったく、瞬迅からも言ってやれこの馬鹿に」
「あ、あの、中に入ってきたというのは、魔王の思念というか、そういった精神的なもののことを差しているので、その……」
「あ、なるほど。そういう意味か」
ちょっと耳年増っぽい感じになっていた。
マジで反省する。
「ったく、話を脱線させやがって。いいか、予定ではお前が記憶を取り戻してからのつもりだったが、さっさと懸念を払拭しておきたい」
「お、おう」
「ジンナイ、これからオマエに【魔王】を切り取ってもらいたい。拒否権はない」
「え? 俺に? というか、俺たちから聞いた確証ってのは何のこと? それがジャンに関係あるの?」
なんかどさくさに押し切れそうになったが、もう一度話を戻す。
「……ジャンの父親が、居たんだ」
「うん?」
「その魔王になった思念? いや、悪意か、その中にジャンの父親だと思われるヤツがいたんだとよ。これはオマエが言ったことだぞジンナイ」