妙な男
ちゃんと大人しく待っていれば、良いというものではなかった。
待つということは、動かないということだ。
そして動かないということは、相手に先手を取られることを意味した。
「くそっ、手伝えジンナイ! オマエの所為だからな」
「へ? え?」
「一刻を争う。瞬迅もだ」
言われたとおり宿で待っていたら、血相を変えたボレアス公爵がやってきた。
誰か連れてくると言っていたのに、それらしい人物は誰もいない。
「ちぃっ、油断した。まさかまだ狙っているヤツらがいるとは」
「あの、全然話が見えないんだけど?」
「話は見るもんじゃねえ! 察するもんだ。もうわかんだろ」
「お、おう。……えっと、連れて来ようとしたヤツがさらわれたでいいのかな? そんで、その連れて来ようとしたのって、ジャンだよな」
「よし、話が早くていいぞ。そうだ、ジャンが連れて行かれた」
マジで合っていた様子。
まあ、公爵の口ぶりからそうだろうとは思った。
だけど――
「ジャンってかなり大事な子供だよな? なんでそんなまた」
「言っただろう、油断したと。馬車の御者が裏切った」
「え? じゃあひょっとして、ジャンを乗せていた馬車がそのまま?」
「そうだ。オレが降りた瞬間走り出したのだ。もう安全と思い警備を薄くしたのがマズかった。くそ、ここに連れてくるのはまだ早かったか。いいか、これはオマエの所為だからなジンナイ」
「そんな理不尽な……」
なかなか大胆な犯行だが、すぐに足が付くと思った。
公爵が乗ってきた馬車だ、それなりに良い物だろうし、目撃者だって多いと思う。
馬車を止めて建物の中に入ることは可能だが、それでも目立つだろうし、その馬車が目印となってしまう。すぐに動けばどうにかなる。
「もう追ってはいるんですよね?」
「いや、そこまで手が回らなかった。だが、道の封鎖はできている。塔からの監視もあるから遠くにはいけないはずだ。それでオマエたちだ」
「うん?」
「なに不思議そうな面してんだジンナイ。幼女とか子供を見つけるのは無駄に得意だろ。瞬迅、アンタにも期待している。どうだ、分からないか」
なんか凄え無茶ぶりがきた。
まださらわれた直後だから、その気配を俺たちに追えと――
「――あちらです。必要以上の速度で移動している気配があります」
「さすが瞬時だ。いくぞ」
「え? わかったの!? マジかぁ」
無茶ぶりだと思っていたが、ラティさんに取っては何でもないかのよう。
すぐに位置を特定した。スッとそちらの方へと指を差した。
俺たちは宿を出て、ラティさんが示した方に向かうことにする。
「……あの、気配が止まりました」
「ちっ、やっぱり協力者がいるのか。馬車を乗り捨てて他の馬車に乗るつもりだな。瞬迅、先に行けるか」
「了解」
ボレアス公爵に言われ、ラティさんが加速した。
「すげぇ――って、ええ??」
風のように駆け出したラティさんは、そのまま風のように空を舞った。
最速で追うために、障害となる建物を一瞬で飛び越えていった。
「相変わらず凄いな。ああ、やってよく追われていたな、オレたちも」
「……俺たちって、俺も追われたことがあるの?」
「ん? ああ、しょっちゅう追われていた。そんでそれを振り切るために色々と手を打ったが、一度も振り切れたことがなかったな。最後はいつも捕まっていたな。本当に彼女は凄いよ」
とても懐かしい目でそう語るボレアス公爵。
なんかイイ話し風な感じだが、ラティさんを振り切ろうとした辺りに闇を感じる。一体何があったのだろうか。いや、何をやろうとしたのか。
「おし、急ぐぞ。彼女だけに任せるワケにはいかねえ」
「お、おう」
ラティさんとはパーティを組んだ状態なので、離れていても位置は分かる。
俺とボレアス公爵は人混みを掻き分けながら追った。
すると――
「あれ? もう捕まえたのかな」
「む? どうしたジンナイ」
「あ、いや、ラティさんも止まった。たぶん追いついたのかも」
「思ったよりも早いな」
もうちょっと時間が掛かると思っていたが、もう追いついた様子。
もしかすると見失って立ち止まっている可能性もあるが、ラティさんに限ってそれはないと思えた。何故か、絶対にそれはないと。
そんな確信を抱きながら向かうと、止まっている馬車が見える。
ここは馬車がギリギリ通れる裏通りの先で、人気がほとんどない所。
ある意味とても分かり易い場所。
「何か様子が変だな」
「ですね」
馬車を挟んだ奥で、ラティさんと数名の男たちが向き合っていた。
ただ、切った張ったと言った切羽詰まった雰囲気はなく、状況が膠着している、そんな手が出し難いような雰囲気。
「あっ!」
近づくまで気がつかなかったが、一人の男が地面に倒れていた。
そして一目で分かる大量な出血。文字通り血の海といった感じで、赤い油膜のようなものが広がっていた。
直視してしまって気分が悪くなったが、人が死んでいるかもしれないという状況に頭が冷える。
ラティさんが怪我している様子はない。
あとは――
「いた」
ラティさんが陰になる形で、橙色髪のジャンが居た。
「ラティさん、大丈夫!?」
俺は辿り着くなりラティさんを庇うように立った。
相手から敵意は感じないが、何か強烈な違和感を覚える。
アホらしい言い方だが、『ラスボスがいる』そんな感じのヤツがいた。
「……誰だお前は」
ラティさんと対峙していたのは3人の男。
そのうち二人はどうでもいい。そう感じられた。
だがしかし、その二人に守られるように立っていた男は別。
警戒心が震えた。
「おい、ジンナイ。先に行く……何故オマエがここに居る」
俺が違和感を覚えた相手を見た瞬間、ボレアス公爵がそう言い放った。
どうやら知っている相手にようだ。
だが口調と声音から、親しい間ではなさそうな感じ。
「ここに居る、理由ですか? さらわれた子供がいたようでしたので、居合わせたワタシが救ってあげたところですが」
「――っ!? なにを白々しい。オマエがそんなことで動く人間か。そもそもオマエは中央の宰相だろう。なぜここに居る」
「へ? 中央の宰相?」
なんか思った通り大物っぽそうな肩書きだ。
いや、宰相といえばほぼトップみたいな役所だ。ガチの大物だ。
「オラトリオ、もう一度問う。なぜオマエがこの街にいるのだ」