救出したあと
「あ、あの、違うんです。さっきのは……えっと」
異世界ハーレム系のテンプレみたいな真似をしてしまった。
注意されて一応は理解していたが、まさかここまでとは予想外だった。
いや、忘れていたワケじゃないけど、ちょっとだけ忘れていたのだ。
それと一つ言い訳をさせて欲しい。
ラティさんのときはあそこまで酷くなかった。
ちょっと顔を赤らめはするが、『くっ』って感じで堪えて、あんな風にダラしなくなることはなかった。もっと撫でても大丈夫だった。
しかしそれは、ラティさんは慣れて耐性があったから耐えられただけで、なんの耐性もない人には劇的、ほとんど劇毒のような手だったのだ。
本当にもう反省しかない。反省しました。
「……さあ、行きましょう」
「はぃ」
俺が触れると危険なので、ササラの姉はラティさんが運ぶことになった。
何と言ったら良いのか、本当に申し訳ない。取りあえず出来ることをやる。
先頭に立って周囲を警戒しながらサイロを出た。
「あ、そう言えばアイツらどうしよ?」
一応縛り上げているとはいえ、時間を掛ければ拘束を解けるだろう。
誰か一人でも抜け出せれば、あとは仲間を助けて回るはず。
報復の危険性は十分にあるし、借金が消えた訳ではない。
脅威はまだ無くなっていない。ならば――
「……いや、無しだから」
俺の中の誰かが『埋めればいいじゃん』と囁いた。
しかしそれはやり過ぎた。いくら何でもマズい。手っ取り早いが駄目だ。
独りごちるように速攻でそれを否定した。
「あの、そのことでしたら恐らく大丈夫かと」
「え? なんで?」
「あの、あちらを」
「うん?」
ラティさんがそういって視線で促した。
それに従い視線の先を辿ると。
「……ん? 誰かいる?」
促された視線の先に、人影が辛うじて見えた。
暗がりでよく見えないが、間違いなく誰かがこちらを窺っている。
近くの住人といった感じではない。
「え? あれってラティさんの知っている人?」
「知り合いではないですが、どういった方たちなのかは知っております」
「方たち? ――あっ」
ラティさん言われて気がついた。
暗がりでよく見えないが、最初に見つけた人影以外に複数いた。
さすがに10人以上はいないが、それに近い人数が等間隔で潜んでいる。
彼らを見て何となくピンときた。
「ラティさん、あの人たちってもしかして、ボレアス公爵の部下とか?」
「はい、そうです。今回の件もわたしの方からそれとなく報せておきました」
「なるほど」
俺は要注意重要人物なのだ。
だからある程度監視がついていてもおかしくはない。
「あっ、ひょっとしてあのとき目が合ったような気がした人も」
ササラのお店の前で目が合った気がした人がいた。
もしかすると彼は、俺のことを監視をしていた者だったのかもしれない。
「むう、全然気がつかなかった」
囲まれたときは感じ取れたのに、今回は全く駄目だった。
勘は良い方だと思っていたが、もしかすると勘違いだったのかもしれない。
「ねえ、ラティさんは分かってたの?」
「はい、【索敵】で見えていたので」
「そっか、それで分かるんだったね。俺は全然気がつけなかったよ」
「あの、ヨーイチさんの場合は、相手に敵意や害意といったものがない場合はそこまで察知しないのかもしれません」
「……えっと、彼らにはその害意とかないから察知できない感じってこと?」
「はい、おそらくそうかと。あ、動かれるみたいですねぇ」
数名の男たちが、音も無く集まって建物の中へと踏み込んでいく。
そしてそのときに、リーダーらしき人物が目配せをしてきた。
「そういや、踏み込まれるかもって警戒してたな。もう任せても平気っぽいかな?」
「はい、そのようですねぇ。あとは任せても良いかと」
こうして一つの事件が幕を閉じた。
ササラちゃんには感謝され、是非お礼をしたと言われた。
しかし俺は、木刀なので必要ないと申し出を断った。
と言うか、これ以上いるとボロが出るのでさっさと退避した感じ。
そして宿に戻ると、ボレアス公爵の説教が待っていた。
「なあ、ジンナイ。あまり騒ぎを起こすなって言ったよな? オレ」
明らかに面倒そうな顔で言ってくるボレアス公爵。
マジで面倒そうな顔だ。印象的な赤い髪をガリガリと描いている。
何と表現したら良いのか、休日出勤でもさせられたような悪態の付き方。
「だって、大変そうだったし、あの子が困っていたからつい」
「……つい、か。そのついで、自分は木刀だとか頭のおかしいことを言いやがって、後始末が面倒だぞ」
「公爵さんが言ったんだろ? 勇者だってバレると色々と面倒だから、だから一応気を遣って、そんな嘘をついて」
「オマエに分かるか!! 勇者様が木刀の精霊ですって言い出しましたけど、どうしましょうか? って報告を受けたときの気持ちを! 何言ってんのかマジで分からなかったぞ? 方便にしたって他に何かあるだろ? 何だよ、木刀の精霊って」
「ぐうっ」
確かにそんなものがいるとは思えない。
精霊と呼ばれるモノなら存在するかもしれないが、木刀の精霊というピンポイントな存在はいないと思う。咄嗟のデマカセにしたって酷いと思う。
でも何故か、どこかに居るような気が……
「まあいい。それよりも瞬迅ラティの方だ。アンタなら絶対に止めてくれると思っていたのに、なんでこの馬鹿の加担を……どうしてだ。何故止めなかった」
俺だけでなくラティさんまで叱られてしまった。
ガチで申し訳ない。――と、思っていたが。
「必要だと、思ったのです」
「? 必要、とは何のことだ?」
「ヨーイチさんをヨーイチさんに戻すための切っ掛けになると」
「……へえ、なるほど。そういうことか」
「え? へ? え?」
どうにも話のが流れが見えない。
ラティさんの今の言葉に、何故かボレアス公爵は納得した感じ。
何か色々と考え始めた。
「よし、オレもそれに乗ってみるか。明日の昼にアイツを連れてくる。女神の勇者様に伝言を頼んでいたあの件だ」
「女神の、勇者って確か言葉のことだっけか?」
「そうだ。いまのジンナイだと危険だと思ったが、いい切っ掛けになるかもだな。明日の昼過ぎにアイツを連れて来る。だからどこにも行くなよ」
ボレアス公爵は、そう告げると帰って行ったのだった。