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異変

 ラティさんの本当の実力の片鱗を見た。

 速い、では言い表せない速さ。轟くような迅さだった。

 

 キレのある加速力と言うべきか、物理法則を無視したような動き。

 よく見える後ろから見てこれなのだから、迫られる(・・・・)方からしたら堪ったもんじゃないだろう。


 10メートル以上離れていたのに、その距離を一瞬で詰められたのだから。


 そしてその驚愕はさらに続く。

 たぶん視界の外、知覚できない角度からの足刀(蹴り上げ)

 這うような体勢から放たれた蹴りは、男のアゴを打ち抜き、その後ろにいる男も、前にいる男の陰から脇腹を柄で射貫かれた。


 悲鳴一つ上げられずに崩れ落ちた男たち。

 

 脇腹を射貫かれた方は辛うじて意識があったが、激痛に口をパクパクさせるだけ。

 そんな無防備な相手に手をかざし、眠らせる魔法で意識を刈り取った、


「凄いな、本当に一瞬だったね」

「あの、まだ上に居るので声を控え目でお願いします」


「はぃ」


 ラティさんが手短に状況を説明してくれた。

 【索敵】に引っ掛かったのは4人で、いま倒したヤツ以外にあと二人いるみたいだ。

 そしてその二人は上に居るので、音を立てずに倒したので気がつかれていないとのこと。それを分かっていての奇襲だった。


「……なるほど――って、上に?」


 この建物は平屋だった。

 だから二階と呼べる階はなかったはず。


「あの、恐らくですが、屋根裏部屋があるのかと」

「ああ、用心のために的な感じかな?」


「たぶん、そうかと」


 そう言ってラティさんが天井見た。

 ラティさんの視線の先に居るのだろう。


 【索敵】は本当に便利な【固有能力】だと思う。

 汎用性が高く、あらゆる場面で役に立つ。あると無しじゃ大違い。


「あれが階段代わりかな?」


 木箱が段々になるように積まれていた。

 あれを階段代わりにして、天井の板を外すと上がれるのだろう。


 相手の位置は分かっているし、こちらに気がついた様子もない。

 もう少し警戒しても良いと思うのだが、音を立てずにやられるとは思っていなかったのかもしれない。


 音を立てないように木箱を登る。

 一応交渉に来たつもりだったが、ヤツらの態度を見るに無理そうだ。

 ヤツらは頑なに交渉を拒んだ。もうやるしかないみたい。


「……あの、話し声が聞こえます」

「うん?」


 ラティさんに言われ、天井に耳をつける形で聞き耳を立てる。


『なあ、ちょっとぐれえいいじゃねえか?』

『値が下がる駄目だって言ってんだろ』


 二人の男が何か言い争っている。


『商品を下調べするってのは当たり前のことだろ? 別に突っ込んだりしねえからよ。それ以外ならイイじゃねえか』

『はっ、そう言って我慢できるヤツじゃねえだろテメエは。そんなんで価値を下げられてたまるか。いいか、オレたちに残ってんのはアイツぐらいだ。キナ臭えことになってんだから、アレを連れてさっさとエウロスかゼピュロスに行くぞ』

 

『だからだよ、長旅になるってのに、その間溜まったら面倒だろ? だからその前にちょ~っとだけ発散させてくれってことだよ』


 ( ……おい、これって )


 下卑た声と会話の内容から、何をしようとしているのか分かった。

 ラティさんも眉をひそめている。木刀を握る手に力が入る。


『ったく、いつも言ってんだろ、商品に手を出そうとするなって。いまはマジで金が無ねんだぞ。……クソ、絶対に上手くいくって聞いてたのに、ワケが分かんねえよ』

『ああん? まだあのこと言ってんのか? ガキの誘拐って時点でうさんくせえだろ? 報酬の話だってガキ一人だってのに異様に良かったしよ』


『……オマエの感想なんてどうだっていいんだよ。捕まったヤツらが吐く前にこの街を離れるぞ。問題はどうやって正門を突破するかだ』

『だったら尚のこと大事だろ? 二人でグチャグチャにしてやろうぜ? そうすりゃ反抗する気もなくなって大人しくなるってもんだろ? そうすりゃ門で騒がれることもねえ。なあ、だから――っなんだテメエら――がはっ!?」

 

 堪え切れず飛び込んでしまった。

 声の位置から男たちがどこに居るか見当はついていた。

 だから俺は天井の板をカチ上げ、その勢いのまま天井へとあがった。


 その後も勢い任せだった。

 自分にこんな凶暴の一面があったのかと驚くほどの勢いで殴った。

 もう一人の方も殴ろうかと振り返ったが、そっちは既にラティさんによって制圧されていた。


「……捕まっている子を買い戻しにきた」

「がぁ? な、にを……言って」


「だから、買い戻しに来たってんだよ。いくらだっ!」

「フザけんな! 借金のカタにアイツを寄越したんだ! 今さら金貨15枚もらったからってそんなんで足りるかよ! アイツは連れてくとこに連れていきゃあ300枚はいくんだ。そんなはした金で返せるか」


「……そういうことか」


 抱いていた違和感の正体がやっと分かった。

 コイツらは最初から、ササラの姉を返すつもりがなかったのだ。

 どの時点でそうなったのかは不明だが、コイツらの意図が分かった。


「じゃあ、契約は反故だ。寝てろ」


 拳を振り下ろし、男のアゴ先を射貫く。

 こうやったら意識を刈り取れる、それが不思議と判っていた(・・・・・)


「……よし、燃やそうか」

「あ、あの、それは少々やり過ぎでは」


「え? あ、そうだね。いや、何で迷わず燃やそうなんて発想に至ったんだ? いくら何でもおかしいよね? マジで自分にビックリした」

「……」


 何故かラティさんが、昔は時折そういうことがありましたよ? みたいな顔をしている。


「あの、ラティさん?」

「失礼しました。――では、囚われている方の所にいきますか」


「あ、そうだった。でもどこに居るんだろ? てっきりこの屋根裏部屋に監禁とかされているんだと思ってたけど」


 そういって辺りを見回したが、のした男以外に人影はない。

 誰かを閉じ込めているような物も見えない。 


「あの、隣の建物です。そこに一人いるので、恐らくその方がそうかと」

「なるほど、あのサイロみたいな建物に閉じ込めていたのか。じゃあ、急ごう」


「はい」


 男たちは縛り上げ、ラティさんと一緒に隣の建物へと向かった。

 丸太でできたかんぬきを外し、扉を開けて中へと踏み入る。


「あの、一応ご注意を」

「あ、うん。分かった。よし」


 建物の中は予想通りガランとしており、家具らしき物は一切なかった。

 藁だけが敷き詰められている丸い部屋。

 そんな部屋の奥に、一人の人影が。


「……あの、助けに来ました。えっと、ササラちゃんの代理で、貴方のことを助けに来ました。捕まえていたヤツらは居ません」


 下手に警戒されないように、俺は入ったところで声を掛けた。

 近寄る前にまずは声掛け。次は返事を待つ。


「……さ、ササラの」


 かすれた女性の声が帰ってきた。

 しかしまだ警戒している感じ。暗がりで姿がよく見えない。


「もう、大丈夫です。一緒にササラちゃんのところに帰りましょう」

「本当に、本当に……帰れるのですか」


「はい、もう大丈夫ですから――えっ!?」


 奥の暗がりが一人の女性が姿を見せた。

 俺の中では、ササラちゃんを大っきくした感じの子がいるものだと思っていた。

 だがしかし、不安そうにやってきた子は、どちらかと言うとラティさんに似ていた。

 もっと正確に言うと、種族がラティさんと同じだった。


「あれ? ササラちゃんは普通の……だったような?」


 ササラちゃんは普通に人だった。狼人ではなかった。

 だからふわふわの尻尾もなければさわさわな獣耳もない。

 だけど目の前の女性には、その二つが付いていた。ラティさんと一緒だ。


 そしてきわどい格好なので、長い尻尾がよく見えた。

 これはもう半分半裸だ。布切れを纏っているような状態だ。


「ほんとうに、帰れるのですね」

「うっ、うん、もう大丈夫だから」


 目のやり場に困る格好に、俺は文字通り目のやり場に困りながら対応した。

 取りあえず直視はヤバい。ああ、ヤバい。

 

 もししっかり見ようものなら、何か横から狩られそうだ。

 いまラティさんが抑えてくれているのは、彼女に不安を抱かせないためだろう。


「あの、ヨーイチさん、これを彼女に」

「あ、ありがとうラティさん」


 目のやり場に困っている俺に、ラティさんが外套を貸してくれた。

 これを掛けてやれということだ。


「取りあえずこれを着て」


 心と魂に紳士を宿し、俺は彼女に外套を掛けてやった。

 これで視線を逸らす必要はない。

 

「さあ、一緒に戻ろう……ん?」


 彼女の様子から、何か酷いことをされて感じではなかった。

 だが一応といった感じで、髪をさっと撫でてやりながら首回りなどを確認した。

 別に深い意味があるわけではないが、一応だ。


 するとどうだ、急に視線が定まらなくなった。

 内からの熱にうなされ、呆け、いや蕩け切った表情へと変化した。

 容姿は整っている子なので、不覚にもドキリとしてしまう。


「あ、まさかっ!」


 あのとき、あの男は何をしようとしていた。

 そうだ、この子に手を出そうとしていた。


「だからアイツは執拗に……」


 この熱を帯びた表情を見て俺は察する。 

 間違いなく媚薬的なアレを使いやがった。絶対にそうだ。

 抵抗を少しでも抑えるため、あのクソ野郎は薬を事前に盛りやがった。

 そしてその薬が効果発揮しだしたみたいだ。


「あのクソ野郎がっ」


 完全に視線が定まっていないし、瞳孔も広がっているような気がする。

 身体に力が入らないのか、完全にこちらへと身体を預けている。

 支えていないと立てない状態だ。外套越しだが身体が熱くなっているのが分かる。


「ラティさんっ、解毒とかそんな魔法ってない? 急がないと……アレ?」


 一刻を争う、そんな思いでラティさんへと声を掛けた。

 しかし何故か、もの凄いスンとした顔だ。全然心配そうじゃない。

 ちょっと怒っているように見えないこともない。


「あ、あの、貴方様のお名前を」

「は? え? 俺の? 何で名前を!?」


 外套を羽織っているとはいえ、半裸に近い格好の女性に迫られる。

 間違いなく薬的なアレだ。媚で始まって薬で終わるアレだ。絶対そうだ。

 声音に媚びのようなものまで交ざり始めた。


「お名前を」

「お、俺は」

「……この方のお名前は木刀のラーシルさんです。さ、離れてください」


 手刀でぺっと彼女を引き剥がすラティさん。

 そして魔法で眠らせてしまった。支えてから横へと寝かす。


「あ、あの、ラティさん?」

「…………以前、注意しましたよねぇ?」


「へ? 注意?」


 何のことかと聞き返す。しかし全く心当たりがない。

 一体何のことだろうか。


「ヨーイチさんの手はとても危険なので、みだりに撫でてはいけないと注意したはずですが?」

「――あっ」


「撫で、ましたねぇ?」


 

 ササラちゃんの姉をあんなにしたのは、クソ野郎じゃなくて俺の手だったようだ。

次回、陣内が怒られる。

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[一言] じんないの隠し子のお母さん??
[良い点] 対獣人発情兵器だもんなジンナイ…。
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