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不思議な偽名

 もう日が落ち始め、辺りは暗くなり始めていた。

 あと少しで日は完全に沈んでしまう。そうなったら真っ暗だ。 


 異世界には街灯という物がない。月明かりだけ。

 代わりに手軽な”アカリ”という生活魔法があるが、俺は魔法が使えない。

 なのでラティさんに魔法で”アカリ”を出してもらい、それを頼りに雑貨屋へと向かう。


 もう少し進んだ所を右に曲がれば辿り着くはず。


「あの、こちらです」

「あ、ごめん。そっちだったっけ」


 普通に道を間違えていた。雑貨屋までの道順もラティさん頼り。

 はぐれないよう誘導されながら、俺は例の雑貨屋へと辿り着く。


 店仕舞いの途中か、あの女の子がせっせと商品を店の中へと運んでいた。

 手にはあのトラバサミが。


「では、わたしが話を聞いてきますねぇ」

「……」


 確かに男の俺が行くよりも、女性のラティさんの方が警戒されないだろう。

 だがしかし、ここまで全部ラティさん頼りだ。

 流石にそれは……


「あ、俺に行かせて欲しい」

「……あの、えっと…………はい、お任せします」


「ありがとう」


 表情から察してくれたのか、俺に出番を譲ってくれた。

 できるだけ不自然にならないよう、忍び足で女の子のもとへ向かう。

 そろりそろりと近寄る。


 ( できるだけ自然、できるだけ自然に声をかけて…… )


「あ、あの、少しいいでしょうか?」

「――っ!? あ、あの、ごめんなさいっ、まだお金できてないです。あと少し、あと少しだけ待ってください。ぜったいにお金は用意いますから、お姉ちゃんを連れて行かないでください」


 声を掛けられビクッとした女の子は、俺の姿を見ると泣き出しそうな顔で懇願してきた。


 モモちゃんよりも歳が二つか三つぐらい上だろうか、そんな女の子がお金を待って欲しいという言葉に胸が締めつけられる、と同時にとても凹む。


 尋常じゃない怯え方をされた。

 このまま見つめていたら命乞いもされそうな勢い。

 フードで顔が良く見えないとはいえ、正直言って凹む。まるで俺の風貌が悪いみたいだ。


 確かに今は、日が落ちて暗がりだから怖く見えるのかもしれない。

 でもここまで怯えられるのは予想外。

 優しく声をかけたつもりなのに、その思いは全然伝わっていない。


 そして後ろの方では、ラティさんがフォローに入る気配を感じる。


「んんっ、ん、えっと、俺は……」

「はっ、はぃ」

 

 警戒を解くため、しゃがんで目線を低くしてあげる。

 後は上手に話を……


「……俺は」

「……」


「えっと、俺は……」

「…………」


「…………俺は、今日、キミに危ないところを助けてもらった木刀です」

「……ぼくとう?」


「そうです。そのトラバサミに挟まって身動きが取れなくなったところを助けてもらった木刀です」

「……」


 すんっと無表情になった。

 もしかして混乱しているのかもしれない。

 俺も混乱している。


「木刀の精霊ともいいます。取りあえず、助けてもらったお礼がしたいです」

「……っ」


 なんか身構えられた。何を言ってんだって顔だ。

 でも俺もそう思う。マジでそう思う。


「ふうぅ」


 咄嗟に思いついてしまったのが”ツルの恩返し”。

 たぶんトラバサミを見た影響だ。あの物語もそんな感じで恩返しに来たから、その設定をパクってしまった。


 ああ、完全に不審者だと思うし無茶苦茶だ。 

 だがもうこれで押し通す。


「俺は木刀だ。……だから、助けてもらった恩を返したい」


 こんな酷い『だから』はないだろう。

 何が『だから』だ。でもこれで突き通すと決めた。


「キミのお姉ちゃんが捕まっているところを教えて欲しい。俺が何とかしてあげるから、その場所を教えてくれないかな。事情はある程度知っている」

「……ほんとう? ほんとうに、お姉ちゃんを助けてくれるの?」


 さっきまで怯えていたのに、助けると言ったら表情に力が戻った。

 もう藁にでも縋る思いなのだろう。自分でもかなり酷いと思う設定なのに、それでも良いと目が言っている。


「ああ、任せて欲しい。俺は……えっと、ほら、勇者陣内とも知り合いなんだ。彼って木刀を持っているだろ? その木刀と俺は知り合いなんだ。そんな凄い木刀なんだ」

「勇者ジンナイさまの木刀とお知り合いの木刀さん?」


「……うん、だから安心して欲しい」

 

 木刀の知り合いの木刀って何だ。言ってて自分でもおかしいと切実に思う。

 勇者の名声を利用したつもりだったが、もうちょっと言い方があったのではと速攻で反省する。


 だが、この設定ならまさか本人(勇者陣内)だとは思わないだろう。

 色々と注意されているので、正体がバレるワケにはいかないので丁度良い。

 これで押し通るっ。


「あ、あの……」

「うん?」


 安心して欲しいと言い切った俺に、女の子がおずおずと尋ねてきた。


「その、木刀さんのお名前を教えてください。お客さんと恩人の名前は絶対に忘れるなと言われているんです」

「……俺の名前……」


 一瞬、ジンという偽名を名乗ろうかと思った。

 しかしその偽名を使っているので、ここでそれを名乗るのは駄目だ。

 だから他の偽名を、そう考えた瞬間――


「俺の、俺の名前はラーシル。それが俺の名前だ」


 何故かそんな名前が浮かんだ。

 それは懐かしく、そしてとても大事に思える何か。


 本当に不思議なのだが、木刀を演じるならそう名乗るべきだと思えた。


「らーしる、さん?」

「ああ、俺の名前はラーシル。この名前に誓ってお姉さんを助けてみせるよ。だから、お金を返す場所を教えてくれないかな?」

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