お宝発見
当面の目的が決まった。
記憶を取り戻す、最初からそのつもりだったが、その思いが強くなった。
ラティさんの不安を消し去るために、俺は俺を取り戻す。
「こちらは、職人の通りでしょうか」
「うん? 職人の通り?」
スキヤキ屋を出た後、俺たちは観光を再開した。
記憶を取り戻すと誓ったばかりだが、今はお詫びの家族サービス中なのだ。
そこを蔑ろにしてはならない。だからこうやって繁華街をまた歩いていた。
「こちらの方にもお店があるみたいですねぇ」
さっきまで不安そうにしていたラティさん。
ちゃんと否定して良かった。まだ完全に安心させることができたワケではないが、先ほどのような影はもうない。
モモちゃんと仲良く手を繋ぎ、はぐれないようにしている。
「おや、どうしましたか? モモさん」
「ん?」
ラティさんが何かに気がついたみたいだ。
足を止めてモモちゃんに尋ねた。
「あ、あれ、見てみたいです」
「あれは……雑貨屋でしょうか?」
モモちゃんが申し訳なさそうに言った先には、ゴチャゴチャとした店があった。
店先に並べられた数々の商品らしき物。
鍋もあればホウキらしきも物もあり、よく見れば剣まである。
中には見慣れない物も。
「職人の通りなのに、ああいったお店は珍しいですねぇ」
「ラティさん、その職人の通りってなんだろ?」
「あの、そのままの通りですねぇ。職人、物を作る側の人たちが利用する通りのことです。だから完成品が置いてあるのではなくて、それを作るために必要な素材などが売っているのです」
「ああ、なるほど……」
職人の通りと聞いたので、何となく職人専用の物が売ってあるのかと思った。
元の世界で言うところのナントカ橋だ。特注の刺身包丁や、やたらとデカい鍋など、一般家庭では使わないような物が売っているところ。
「あれは看板か? めちゃくちゃデカいな」
別の店では、まだ何も描いていない看板らしき板があった。
先ほど観た劇場に掲げてあった看板も、こういった場所で買って描いたりしたのだろうか。
「へえ、額縁だけってのもあるな。あとは画用紙か?」
一般人向けでなく、本当に職人専用といった感じ。
最初は正直言って興味がなかったが、ちょっと見て回りたいという気持ちが湧いてくる。
「よし、行こう」
「はい」
俺たちはメイン通りを横へと外れ、職人の通りへと足を踏み入れた。
「わぁあ、ホンモノだぁ」
モモちゃんがゴチャゴチャとした雑貨屋で見つけたのは、雑誌のような紙束だった。
表紙には書き殴ったような文字が書いてあるだけで、他には興味を引くようなものは書かれていない。それが乱雑に並べられていた。
でもモモちゃんは、それをまるで宝物のように見つめている。
「これって……台本とかかな?」
「あの、恐らくそうかと」
表紙に書かれている文字は、先ほど観た”弓の乙女”と書いてあった。
だから何となくそう口にしたが、どうやら正解だったみたいだ。
「あっ、あの、これ見せてもらってもいいですか?」
「は、はいぃっ、どうぞです」
店番らしき女の子にそう尋ねるモモちゃん。
「しつれいします」
店員さんの許可を得て、大事そうに台本をそっと開く。
「…………」
モモちゃんは目を輝かせながら、無言で台本を読み始めた。
まだ知らない字などはラティさんに頼る。
気になった台詞でもあったのか、時折呟くように何かを言っている。
( 本当に好きなんだな…… )
多分俺が見てもそこまで楽しめないだろう。
全く興味がないというワケではないが、別に読もうとは思わない。
それだったら他の物を見て回る。そんな思いで辺りを見回す。
「何か面白いものでもないかな」
俺は眠ったままのリティを抱っこしたまま、他の商品へと目を向ける。
普通の手持ち鍋。あまり強くなさそうな剣。釘。何に使うのか判らない鉄の板。四角い謎の箱。そしてまた釘。
「……何だろうこのラインナップは」
鉄製品が多いが、鉄製品とは全く関係無い物まで並べてある。
何というか、家から要らない物を掻き集めたみたいな品揃えだ。
くたびれた手ぬぐいまである。
「フリマみてえだな。おっ? これってまさか……」
ガラクタまで交ざっている中に、滅多にお目に掛らない物があった。
それはテレビとかでしか見たことがない代物だ。
「……これってトラバサミだよな」
ギザギザのばっくり開いた両顎。
その中央には平たい板があり、それが少しだけ浮いている。
もしかして本物かと浮かれてしまう。
「ヨーイチさん」
「は、はい?」
まじまじと見ていたら、ラティさんから名前を呼ばれた。
「あの、他にもあるみたいなので、中で見せてもらいますねぇ」
「あ、はい。わかった」
俺に一声掛けてから店の中へと入っていくラティさんたち。
どうやら他にも台本はあるみたいで、それを見せてもらうみたいだ。
そしてそうなると、この場に居るのは俺とリティだけ。
「……」
パッと見ではトラバサミの構造はわからなかった。
これがどうやってバクンと行くの、かなり興味が湧いてくる。
バクンといくところをちょっと見てみたい。
「……いや、本物をこんな場所に置かないよな」
このトラバサミはなかなかの大きさなので、もしこれがバクンと締まるのであればかなり危険だ。
どれだけの力で締まるのか判らないが、もし挟まったら大怪我をするだろう。
「……本物じゃないよな」
常識的な理由から、これは本物ではないと思う。
もし本物だったら驚きだ。こんなところに置いて良いものじゃない。
でも、この物々しさは、ひょっとしてと思わせる迫力がある。
「…………ちら」
そっと辺りを見回してみる。
チラホラと買い物客が見えるが、こちらを見ている者はいない。
いや、一人だけこちらを見ていたような気がしたが、気のせいだったのかスタスタと歩いて行く。
「……」
ちょっと試してみたい。
だが、もし本物だったら大変だし、そんな勝手なことをしては駄目だ。
商品を勝手に作動させては駄目だろう。
「……でも、なぁ」
何となく押せそうな中央の板。
あれを押したらバクンと閉じるのだろうか。
ラティさんたちはまだお店の中だ。
「これなら……平気かな」
昨日の騒動があったので、護身用に木刀を佩いている。
槍は流石に駄目だが、木刀はルール的に大丈夫だったのだ。
漆黒の木刀へと手を添える。
この木刀はとても硬いらしく、その辺の鉄よりも硬いのだとか。
ならば折れたりしないだろう。
変な言い訳だが、長さ的にも丁度良い。
「ちょっと試すだけだから」
興味と誘惑に負けて、真ん中のプレートへと木刀を添わせる。
コンと音が鳴った。しかし閉じない。
もうちょっとだけ力を入れてみる。
やはり閉じない。
「…………これなら」
一人チキンレース状態。
ギリギリを見極め――
「――あっ!!??」
ギィンと音を立て、物々しいギザギザが閉じてしまった。
思ったよりも衝撃があり、結構な力で閉じたことが分かる。
「ちょっ、えっと、やべっ」
上手く引っ掛かってしまったのか、木刀を抜くことができない。
トラバサミはどこに繋いでいないで、このまま木刀ごと持ち帰ることは可能だが、それでは窃盗になってしまう。
「やばい、やばい、やばい」
リティを抱っこしているので片手が使えない状態。
力でこじ開けるには両手を使いたい。片手だけでは閉じた顎を開くことができないし、たぶんちゃんとした解除方法があるはずだ。
「マズい……」
こんなところをラティさんに見られたら呆れられてしまう。
モモちゃんもどう思うだろうか、いい大人が我慢出来ずにやらかしてしまったと思われるかもしれない。俺の株が下がる。
泣くほどの事態ではないが、ちょっと半泣きになりそうだ。
俺にできることは、何でもないを装うことだけ。他に客が居なくて良かった。
バレる前に外さないといけない。
もう力尽くで引く抜くしかないか。
それとも、何とか解除する方法を探すか。
「くそ、どうしたら――あっ」
異変を感じたのか、それとも他に理由があったのか、店番をしていた女の子と目が合ってしまった。店内からこちらを見ている。
そして、一瞬で察せられてしまった。
トコトコと女の子がこっちにやって来る。
幸いなことに、まだラティさんたちは気がついていない。
女の子が目の前までやってきた。
「…………すみません、いま外します。こんな場所に置いてごめんなさい」
「え?」
「えっと、たしかこうやって」
店番をしていた女の子は小声で謝ってきた。
そしてしゃがみ込むと、何やらカチャカチャしてトラバサミを外してくれた。
やはりちゃんとした解除方法があったみたい。
別に意味深な言葉ではないが、俺の黒い木刀が解放された。
「えっと、し、しつれいしますっ」
「あ、ありがとう」
何とかラティさんたちにバレずに済んだ。
俺はホッと胸をなで下ろす。
その後、劇の台本を3冊購入し、ゴチャゴチャしている雑貨屋を後にした。
「モモさん、良かったですねぇ」
「うん、ありがとう、お母さん、お父さん」
そう言って大事そうに台本を抱えるモモちゃん。
モモちゃんが言うには、劇の台本はあまり手に入らないそうだ。
仲の良いお姉ちゃん曰く、台本には企業秘密的な知的財産が満載らしい。
よく分かっていない顔でモモちゃんがそう言った。
要は、ノウハウとかそんな感じなのだろう。
それを同業に取られぬようにと言った感じなのだと思う。
ホクホク顔のモモちゃん。余程嬉しいのだろう。
三冊で銀貨6枚。それでこの笑顔を見られたのだからとてもお買い得だった。
そんなモモちゃんを見ていたら、気になる会話が聞こえてきた。
「あの店はもう駄目かもだな。もう何でも売ってるみてえだし。あれって家から掻き集めてきたんだよな?」
「ホントは鍛冶屋なんだろ? 全くついてねえよな――」
何となく、本当に何となくだが、その立ち話に俺は耳を澄ませたのだった。