焦りと不安
なんと、クリスマスです、
( ――いや、それはないな )
ふと思い当たった憶測を速攻で否定する。
あの早乙女が、ほとんど接点がなかった俺に好意を抱くはずがない。
百パーセントないと言い切れる。
だってそうだろう、アイツは性格にちょっと難はあるが、見た目は整っているし美人だと思う。俺とは住む世界が違う感じ。
そもそも、元の世界に居たときの俺にモテる要素がない。
「あの、ヨーイチさんは、ご自分が居た世界に……未練などはないのですか」
「え? みれん? あっ、未練か。未練ねぇ……」
未練と問われても、いまいちピンと来ない。
確かに生活面においては、インフラが整っている元の世界の方が快適だ。
娯楽だってあっちの方が遥かに多い。
だが、元の世界にはラティさんたちがいない。
その一点で比ぶべくもない。
両親のことを軽く見ているワケではないが、俺にはもう家族がいる。
だから未練なんてこれっぽっちも――
「ヨーイチさんは、サオトメ様に……もう一度会いたいとは思いませんか?」
「へ?」
また理解できない言葉が出てきた。
いや、全く分からないというワケではないが、ラティさんの必死さと全然結び付かない。首を傾げるばかり。
「……ヨーイチさんは、サオトメ様を追おうとは思わないの、ですか。あの方を追って、元の世界へと戻りたいと――」
「――ないっ。俺はこの異世界に留まり続ける。絶対に戻ることはない」
腹の底から、心の奥底――いや、俺の全部がそう言った。
記憶を失って不完全な俺なのに、絶対にそれはないと断言できた。
驚くほどあっさりと言葉にできた。
「ヨーイチ、さん」
「絶対にないからっ、早乙女と何があったのか知らないけど、アイツを追うために、ラティさんたちを置いて元の世界に戻るなんて絶対にない」
「……はい」
「そもそも、一度だって戻ろうなんて考えたことはないし、それに、それに……」
なんかもうグチャグチャだ。
突然感情が溢れ出して纏まらない。
自分の中でもう一人の自分が憤っているような感覚。
「サオトメ様は、ヨーイチさんに想いを伝え、負けたくないと帰って行きました」
「何だよ負けたくないって、アイツは一体何と戦って――え!?」
もの凄く強がっている早乙女の顔が浮かんだ。
そんな表情なんて一度も見たことがないはずなのに、何故か思い浮かび、負けたくない相手が誰なのか分かった――いや、思い出した。
「はは、そっか。そういうことか」
唐突にある場面を思い出した。
それは、魔王を倒した直後のことだった。
何故か急の思い出せた。
負けたくないと宣言して行ってしまったポンコツ。
いつもクールに見えていたアイツは、実はとんでもないポンコツで、そんで意外と弱虫。
そんなアイツが腹をくくって勝負に出た。
いや、勝負というよりも暴走か。勝手に一人で盛り上がって突っ走り、制止も聞かずに行っちまいやがった。
帰還ゲートへと消えていった。
「……そうか。何でラティさんがそんなに不安だったのか分かったよ」
「え? あの……」
「記憶を失っている状態の今の俺なら、万が一戻ってしまうかもしれないって不安だったんだね。うん、ごめんよ」
僅かだが記憶が戻って理解できた。
記憶を失う前の俺なら、絶対に戻ることはないと確信が持てた。
だがしかし、今の俺は記憶を失って曖昧な状態。
だからラティさんはどうしても不安だったのだろう。
「……あの、疑っていたワケではないのです。きっと戻らない、そう信じています。でも、どうしても……」
「あ、ごめん。別に責めているわけじゃない。ただ、急に不安になっちゃったんだよな。……うん、今の俺は正直頼りないから、そう感じてもおかしくないと思う」
そう思いを伝えながらも、どうにも腑に落ちない。
「……ねえ、ラティさん。なんでそんなに怖がっていたの? あっ、いや、えっと、俺が戻らないって分かっていたのに、なんで早乙女の名前が出てきたのかな~って」
そう、この事が不可解だった。
何かを隠している、もしくは何かを知っている。そんな気がした。
「…………あの、これはもう失ってしまった力なのですが」
「んん? 力?」
「はい、わたしは人の感情の色が視ることができたのです」
「え? それって考えていることが読めるってヤツ?」
「いえ、少し違います。感情の色が視えるだけなので、その人が考えていることを読み取れるワケではないのです。でも、感情の色を視ることができるので、その人の言葉や行動からある程度は推し測ることができたのです」
なんか凄い言葉がでてきた。
ラティさんはマジでエスパーさんだった。
「えっと……それって、例えば嘘とか見抜けたり、好きとか嫌いとか、そういったことなら判断できるみたいな感じかな?」
「はい、そういったことなら可能です。ええ、得意な分野でした」
「へえ、そんな凄い力があったんだ」
「はい、【蒼狼】という【固有能力】の力です。今はもうその力を失っておりますが」
「フェンリル!? それはまた凄い名前だな。確かなんたら神話に出てくる巨大な狼――って、話が逸れそうになった。その力と早乙女に何の関係が?」
「はい。……ですから、その力で、何となくですが分かってしまったのです。サオトメ様が前からヨーイチさんのことを慕っていたということを」
「へ? 慕っていたって――はい!? アイツが俺のことを好きだったってこと? ちょっと意味というか、色々と理解というか納得というか」
今度は別のことで混乱する。
そんなことを言われても、そうだったんだと納得できない。
「あ、えっと……疑っているわけじゃないけど、その、なんて言うか……」
「……分かってしまったのです。例に出してしまって申し訳ないのですが、ハヅキ様とコトノハ様は、この異世界でヨーイチさんに好意を抱くようになりました」
「えっ!? それも判るの??」
「はい、感情の色の変化などから察することができました。ですが、サオトメ様はそのお二人とは違ったのです。サオトメ様のために詳細は伏せますが、あの方は……」
「…………なるほど」
そこまで馬鹿ではないつもりなので、何となく程度だが察することができる。
要は、最初から感情の色が葉月たちとは違うので、最初から好意を抱いていたと推察できたということだろう。
正確な表現ではないかもしれないが、ラティさんは負い目を感じていた。
元の世界でのアイツとの関係を知らないラティさんは、そこに妙な負い目を感じ、帰ってしまったアイツに申し訳ないと思っているのだろう。
だからつい聞いてしまった……
「……」
帰らないという言葉だけでは足りない気がする。
そして同時に自分に納得する。
帰還のゲートを破壊するという馬鹿なやらかしは、とても俺らしいと。
ああ、とても俺らしい。
「よし、モモちゃんが戻ったらドンドン行こう」
「え? あの……?」
「俺がどれだけこの異世界に留まりたいか証明する。そんで色々見て回って記憶を取り戻す。ああ、そうだな。色んなことを見て回れば、さっきみたいにまた思い出すかもだから、ドンドン行こう」
「……はい、ヨーイチさん」
俺の中の目的に、もう一つの目的が追加された。
ラティさんを安心させる。
これを達成することが、現在の俺の最大の目的となったのだった。