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視線の意味

 逃げるように飛び込んだ店は、和風といった感じの内装だった。

 元の世界にも劣らない作りで、小上がりで仕切られたお座敷に通される。

 まさかと思い触れてみると、腰を下ろすところは畳のような手触りだった。


 元の世界を意識して作られている。

 きっと歴代勇者たちの影響だろう。硬くも適度の弾力がある畳のような(とこ)に座布団を敷いて腰を下ろす。


「そっか、畳はともかく座布団は簡単に再現できるもんな」

「あの、こういった席は初めてです。これは草? いえ蔦でしょうか、珍しい作りですねぇ、編み上げたのでしょうか?」


 ラティさんでも初めて見るみたいだ。

 どうやらモモちゃんも同じようで、興味深そうに畳もどきをなぞっている。

 因みにリティは、そのままゴロンと寝かされていた。


 あの寝かし付けの魔法はなかなか強力みたいだ。

 なかなか便利だが、少しだけ心配になる。


「さて、注文をしないとだね。これがメニューかな」


 お品書きらしき板を見つけ、それを手に取って内容を確認する。

 やはりこの板はメニューだった。並とか上とか特上とか書いてある。

 そして下の方には値段が……


「――っ! 金貨だと」


 思ったよりもクソ高い。

 いや、高いだろうとは思ったが、その3倍くらい高え。

 そう言えばここは観光地だった。一般的なお店ではない。


「…………」


 ラティさんに目で合図を送る。

 あの、大丈夫でしょうか? そんな思いを込めて彼女を見る。

 すると、優しくも落ち着いた瞳で『大丈夫です』と返してくれた。


「モモさんはどれぐらい食べられますか?」

「えっと、これぐらい」


 お手手を使って食べられる量を教えてくれるモモちゃん。

 何となくだが一人前の半分ぐらいだろうか、そんな感じの量だった。


「では、こちらにしますか」


 そういって示した先には、上スキヤキ4人前と書いてあった。

 料金は金貨1枚と銀貨20枚。なかなかのお値段。俺の姿絵よりも高い。

 注文が決まったので、ラティさんが木製のベルを鳴らして店員さんを呼ぶ。

 表側は木製だったが、内側には金属の板が張り付けてあるのかコツコツと独特の音が鳴った。


「お客様、お決まりでしょうか」

「はい、これを――」


 店員さんにオーダーを通す。

 さすがにすき焼きだけだとアレなので、白米と卵も注文。

 あと飲み物を3人分。


 異世界で毎度思うことだが、取りあえず生卵が高え。

 この店では卵が一個銀貨3枚だった。 

 


 コトコトと鳴る鍋を囲みながら、先ほど観た”弓の乙女”の話をする。

 俺としては避けたいところだが、モモちゃんが話したくて仕方なかった。

 他のところで観た劇よりもココが凄かったや、役者さんの演技なんかの感想も口にしていた。


「へえ、他のところじゃそうやっているんだ」

「うん、こうやってバーって上に上がってた」


 掘りの上から下へと移る場面(シーン)は、他のところでは、布で出来た背景を上へと釣り上げて表現したみたいだ。

 

 実際に見たワケではないが、それもそれでありだと思う。

 そして驚いたのが、他のところでは本当に矢を放ったりもしたそうだ。

 モモちゃんの話から察するに、WSを本当に放っていそうな感じ。


 大道具として作られた魔物をそれで消し飛ばしていたのだとか。

 それはそれで凄いと感心していたら、急に死球が投げ込まれる。


「ねえ、お父さん。今日のひとってサオトメ様に似てたの?」

「ごふっ」


 危うく吹きかけた。

 何とか堪えたので、鼻から溶き卵汁が出る程度で済んだ。


「よこにいたひとが言ってたの。今日の役者さんはサオトメ様によく似ているって。すごいって」

「あ、ああ……うん。どうだったかなぁ~」


 と、濁しながらラティさんを盗み見る。

 なんか無表情だ。無だ。冷たくもないけど温かくもない、そんな感じ。

 

 俺の視線に気がついているはずなのに、今度は目を合わせてくれない。


――ええ……どういうこと?

 早乙女(あいつ)とラティさんの間に何かあったのか?

 そうでないと説明がつかねえ……



 俺が早乙女のことを口にすると様子がおかしくなる。

 これは嫉妬だと思えば良いのだが、何というか、嫉妬とは違う気がする。


 『嫉妬』とは全く別の感情。

 恐らく『不安』、そんな後ろめたい感情を抱いているような気がする。


「そんなに、似てなかったような? かなぁ」

「そっか、似てないんだ」


「うん? 似てて欲しかったのモモちゃんは」


「うん、だってサオトメ様は見たことがないから。あ、会ったことはあるけど……覚えてないの」

「モモさんはまだ小さかったですからね。それは仕方ないかと」

「ああ、そっか。早乙女は元の世界にすぐに戻ったんだっけ?」


 そう口にした瞬間。

 ラティさんが僅かだが強張った。


 ( ――え? )


 こんな反応を見せるラティさんを知らない。

 ラティさんはいつも凜としていてたおやかで、何事にも動じない人。

 俺がやらかして慌てることもあるが、それは驚くとか感情の起伏。


 しかし今のは、怯えたように見えた。

 感情を律することはできても、もっと奥底の方はどうにもならない。

 そんな、感じがした。


「……あっ、あまり煮ちゃうとせっかくのお肉が固くなっちゃうから。ほら」

「わぁ、キレイ。サリオお姉ちゃんが取ってくれたみたい」


 肉をよそって溶き卵と絡めてあげると、モモちゃんが目を輝かせた。

 まだ子供なのにこれの良さを知っているみたいだ。

 少々強引だが、こうやって話を切り上げる。


 お椀を大事そうに受け取るモモちゃん。 

 俺はやったことのない鍋奉行をすることで、早乙女の話を流すことにした。


 が――


「……」

「……」


「……」

「……」


 現在、とても気まずい沈黙が場を支配していた。

 炭は消され、余熱だけを発している鉄鍋。

 モモちゃんがトイレに行ってしまったため、ラティさんと二人っきりになってしまったのだ。


 一応リティもいるのだが、まだ眠ったまま。

 あの寝かし付け魔法凄すぎる。


 あと、モモちゃんには速く帰ってきて欲しい。

 あ、トイレには店員さんが案内してくれている。

  

「……」


 チラリとラティさんを盗み見る。

 少し思い詰めた顔をしており、いつもの彼女ではない。

 空になった器をいつまでも見つめている。


 ( 何か話し掛けた方がいいのかな…… )


 明らかに不自然なラティさん。

 そしてその不自然さは、自分でももう自覚していると思う。

 それでも尚、取り繕うとしていない。


  ( もう聞くか…… )


 ラティさんこうなったのは、早乙女が話に出たからだ。

 でも、あの劇を観ようと言ったのはラティさんだ。

 だからどうしてもこんがらかってしまう。


「ラ、」

「――あの」


「えっ、はい。何でしょうラティさん」


 どうしたのか聞こうとした瞬間、ラティさんが話し掛けてきた。

 

「……少し、聞いていただけますでしょうか」

「はい」


「もう、わたしの中では折り合いをつけたつもりでした」

「……?」


 何の折り合いなのか、それを尋ねたい衝動に駆られるが我慢する。

 ここで話の腰折らずとも、それはきっと分かるはず。


「不安が、なかったワケではありませんが、信じることができました。ヨーイチさんは絶対に帰らないと、言葉ではなくて行動で示してくれましたから」


 抽象的すぎてよく分からないが、俺は信用を得る行動を取ったみたいだ。

 どんなことをして信用を得たのか覚えていないが、良くやったと昔の自分を褒める。


「そうでしたねぇ。今のヨーイチさんは覚えておりませんでしたねぇ。実は、魔王を倒した直後、ヨーイチさんたちが居た世界に戻れる門のような現れたのです」

「……あれかな、帰還のゲート的な感じかな?」


「はい、そういった認識で正しいかと。…………そして、その門を通りサオトメ様はご自分が居た世界へと帰っていったのです」


 この話は誰からか聞いた覚えがあった。

 その門を通り、勇者のうち何人かは元の世界へと戻って行ったと。


「そしてそのときに、サオトメ様が言ったのです」

「……」


「ヨーイチさんに………………向こうで待っていると」

「へ?」


 話の流れは分かったのだが、そこだけは理解できなかった。

 何故俺にそんなことを言ったのか。


 早乙女とは同じクラスだが、そこまで仲が良かったわけではない。

 確かに席は隣だった覚えはあるが、話をした回数なんて数回程度だ。

 しかも会話といった感じのものではない。そこを退けとか命令ばかり。


 そう、接点なんてそんなもんだ。

 あと覚えていることと言えば、あのきっつい目で何度か睨まれたことぐらい。

 キッとこちらを睨んだと思えば、ぷいっと何処かへ行ってしまう。


 ( ――あ、あとはアイツか )


 早乙女との記憶を探っていたら、荒木のことをふと思い出した。

 アイツはちょくちょく早乙女に話し掛けていたような気がする。


 そんで早乙女がそれをウザそうにしていた。


 ( 荒木って早乙女に気でもあったのかな…… )


 あのときはそこまで気にしなかったが、いま思うとそんな気がする。

 しかし早乙女は、荒木のことを嫌っていたと思う。

 

 そう思える根拠は、荒木を睨むときの視線の鋭さ。

 あれはマジで嫌っているときの目つきだと思うし、そう思えるほどの嫌悪さが滲み出て――


 ( ――あれ? )


 昔のことを思い浮かべていたら、ある違和感に気がついてしまった。

 早乙女からの視線には、それ(・・)がなかった。


 あったのは不満。

 そんな視線を俺に向けていた気がしたのだった。

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