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禁句かも

 物語は――

 窮地に立たされた早乙女が奮い立ち、傷つくことを恐れずに魔物を退けた。


 なかなか感動する場面(シーン)だった。

 俺たちを守れという罵倒を受けながらも、早乙女は腐らずに守り切った。


 だがしかし、新たに魔物たちが押し寄せた。


 流石にこれ以上は無理だ。数が多すぎる。

 誰もがそう思った瞬間、頭上から援軍がやってきた。

 下に降りたら危険だというのに、上で戦っていた冒険者たちが押し寄せてきたのだ。


 これはお芝居だと分かっているに感動する場面だった。

 危険を顧みず、早乙女の行動に胸を打たれて降りてきたと叫んでいた。


 その後は無事に討伐を終え、万雷の拍手の中、幕が閉じた。


 ああ、とても良い劇だったと思う、が――


「ねえ、ラティさん、俺ってあんなに酷いことをしたの?」


 多少は脚色されていると思うが、それを抜きにしても酷かった。

 恐ろしいぐらいに身勝手なヤツら、そんな感想を抱かせるヤツらだった。


 そしてそんなヤツらが俺たちだったというのだ。

 記憶を失っているから判らないが、自分があんなことしたとは思えない。

 だから何かの間違い、そんな思いでラティさんに尋ねた。


「あの、似たようなことがあったそうですよ」

「…………マジかぁ」


 無かったと言って欲しかった。あんなことはなかったと。

 しかしラティさんからのお言葉は、似たようなことがあった(・・・)だった。

 これはかなり落ち込む。横を歩くモモちゃんに申し訳ない。


「ごめんなさい、ヨーイチさん。少しだけ意地悪な言い方をしてしまいました」

「へ? どういうこと?」


「あの、確かに似たようなことはありましたが、実際は逆だったのです」

「うん? 逆? えっと……逆?」


 ラティさんの言っている意味が良く分からない。

 逆ということは、落ちなかったということだろうか。

 だけどそれだと、実際にあったことにはならない。


「えっと、下へと落ちてしまったのはサオトメ様で、それを助けに行ったのがヨーイチさんなのです」

「はっ!? 逆ってそういうこと!? ちょっと待って、それだと俺がアイツを助けたってこと? そんで、えっと……あれ?」


「伝聞も交じっておりますが、ご説明しますねぇ」


 本当にあったことを教えてくれた。

 まず、ラティさんが言うように、先に落ちたのは早乙女で、それを追う形で俺が助けに行ったそうだ。


 そしてそのときに、早乙女が取り乱して弓を乱射。

 何発かは俺に当たってしまったらしい。

 特に酷かったのは脇腹辺りで、かなり酷い怪我だったみたいだ。


 しかし俺はそれでも倒れることなく、援軍が来るまで早乙女を守り切った。

 ラティさん曰く、本当にボロボロだったそうだ。


 

「――そうだったのか」

「ええ、本当に肝を冷やしました。居ないと思ったら下に降りて戦っていたのですから、急いで駆けつけました。もう、どうしてこの人はって思いましたよ」


「そんなことがあったんだ。それが何故か、配置が逆になって演じられていると」

「はい。当時、ヨーイチさんを恨む人がおりまして、その方の指示かと」


「ああ、陥れよう的な感じかな?」

「はい、その認識で正しいかと」


「じゃあ、早乙女はある意味利用された感じか。あの早乙女にしてはおかしいって思っていたんだよな。でも、なんか可哀想な――」


 ここでふっと違和感を覚える。

 快晴の空に雲が差すような、そんな寒気に似た違和感。

 

「えっと……」


 抱っこしているリティが目を覚ましたのかと思った。

 だがスヤスヤと眠ったまま。空の方も良い天気だ。


「……取りあえず、なんで俺が避けられているのか分かったよ。そんで、早乙女とか勇者が好かれているいる理由もね」


 ああ言った劇を観た後だから分かる。

 あんな物語を見たら、誰もが主役に好感を持つだろう。

 しかも異世界を救った勇者様だ。その効果は絶大だ。


 この異世界にはテレビやネットといった情報媒体がない。

 新聞みたいなものはあると思うが、新聞のように毎日届けられているとは思えない。


 だから世の中の情報を得るには、誰かに話を聞くや、ああいった劇がメインなのだろう。後はファンタジーらしく吟遊詩人だろうか。


「吟遊詩人か、ひょっとして早乙女の歌とか――っ!?」


 またも違和感を覚えた。

 いや、今度のは違和感というよりも明確な寒気。

 さっきの違和感が雲が差した感じなら、今度のは雨雲が覆った感じ。暗雲がゴロゴロってヤツだ。


 明らかにおかしい。


「……」


 うん、ここまで来れば鈍感な俺でも分かる。

 ああ、分かるとも。うん、それはもう分かるし、ええ、ちょっと怖い。


「あの、ラティさん」

「…………はい、何でしょうか」


 こんな怖い『なんでしょうか』があるなんて知らなかった。

 え? 聞きますか? そんな副音声が聞こえてくる程の『なんでしょうか』だった。


「えっと……どこかで食事でも、と」 

「そうですねぇ、もう丁度良い時間ですし、どこかお店に入りましょう。モモさんもそれで良いですか?」

「うん、行きたい。……えっと、スキヤキがいい。サリオ様も、おしばいをみた後はスキヤキがあうって言ってた」


「スキヤキって」


 予想外の要望が出てきた。しかもその理由も凄かった。

 スキヤキが合うってどんな状況だよとツッコミを入れたくなる。


「スキヤキですか……」


 少し難しそうな顔をするラティさん。

 だが俺には丁度良いように感じた。

 

 今は(・・)、少々ぶっ飛んだ流れの方が良い。

 さっきまでの雰囲気を吹き飛ばすような、そんな流れがとても好ましい。

 なので俺は同意することにする。


「よし、じゃあスキヤキにしようか。どこかにあると……あっ、あった」


 タイミング良くスキヤキの看板を掲げている店があった。

 少し高そうな気がするが、たぶん大丈夫だろう。


 俺は見つけたスキヤキ屋を指差し、すぐに逃げ込むのであった。

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