避けられている理由
い、忙しすぎるー
映画ならともかく、お芝居、演劇を観る機会なんてほとんどなかった。
記憶にあるのは、小学校であったクラスごとのお芝居と、教養の授業として観た有名そうなミージュカルぐらい。
そのミージュカルは、天国に行くためのパスポートの色の話だった気がする。
「――いや、今はそれ関係ねえな」
ラティさんに促されて入った芝居小屋は、演劇をするには小さな建物だった。
だからちょっとだけ『アレ?』って思った。
だが小さかった理由は、建物の部分がロビーだけだったから。
本体となる舞台と客席は、なんと地下に広がっていたのだ。マジで凄い。
地下なのでひんやりとして心地良く、外からの音が全くしない。
もしかするとそれを狙って地下に作ったのかもしれない。
しかしそれらは、劇が始まるとすぐに熱気と歓声で上書きされた。
あと地下だからか、役者の声が響いてよく通る。
「これが本当にあった戦い……」
舞台では、掘りを掘って防衛戦ってのをしていた。
要は、掘りの上から一方的に攻撃する感じの戦いだ。
なんかズルい。
”弓の乙女”は、そんな防衛戦でのお話だった。
当時はこういった戦いが多かったらしく、そのときにあったことを再現しているみたいだ。
そして物語の終盤、色々とトラブルとか騒動とか揉め事があったが、さあ後少しというところで最大の事故が起きた。
掘りの上で戦っていた者が下へと落ちてしまったのだ。
戦っていた場所から落ちてしまった瞬間、カメラワークが下へと流れるみたいな感じで立っていた場所がせり上がり、落ちた先、掘りの底へと舞台のメインへと切り替わる。凄え舞台装置だ。
「これは凄いですねぇ。こうやって見せているのですねぇ」
ラティさんも凄いと感じている様子。
チラリと横に座っているモモちゃんを見ると、そこには真剣なお顔があった。
( すごい好きなんだな…… )
一瞬も見逃さないといった姿勢のモモちゃん。
瞬きすらも惜しいのか、口を横に結んで目を見開いている。
もうちょっとリラックスした方が良いと思うのだが、それだけ真剣に好きということのなのだろう。
ちなみにリティの方は、騒ぐとマズいのでラティさんが眠らせた。
スッと手をかざしたら、まるで気絶でもしたかのように眠ってしまった。
異世界ではこうやって寝かしつけているのかもしれない。
「どうすんだろ、これ」
物語は、掘りへと落ちてしまった3人組がメインになった。
この三人組は嫌なヤツらで、やたらと嫌みを言ってきたり、人の邪魔ばかりするような連中だった。
特に苛立ったのが、ちょっとでも失敗をすると煽ってくるところ。
『カカシの方が仕事するぜ?』って言う台詞には、何故か異様に腹が立った。
薄汚れた格好の槍持ちは、碌に仕事していないのに口だけは一丁前。
そんで次は小さい女の子。
まだ幼い見た目なのに口汚く、槍持ちに便乗する形で暴言を吐くのだ。
『ぎゃぼう』とかワケのわからん奇声を発しながら、重箱の隅をつつくようなことを言ってくる。そんで異様にウザい。とにかくウザい。
そして最後は、ある意味では癒やし枠の獣人の子。
二人の暴言に乗っかることはなく、困り顔で二人のことを見ていた。
そう、見ているだけで止めようとはしないので、あまり良くはない。
でも、その困った顔が何ともいえない味を出しており、正直言って憎めない。
だから癒やし枠となっている。
あと、どこかラティさんに似ているのが、いい。
そんな嫌われ者の三人組が、下に落ちて大惨事。
掘りの底は魔物で一杯なのだ、大して戦えないヤツが居て良い場所ではない。
物語の流れからそれがよく分かる。そんなわけで魔物たちが――
そんな窮地に、舞い降りるように”弓の乙女”が駆けつけた。
これも凄え演出だった。
どうやっているのか分からないが、光の矢が魔物たちを遮り、舞い降りた一振りの剣みたいな感じになっている。
登場に合わせた演奏も相まって、思わず目を奪われた。
「~~~~~~っ!!」
この展開が大好き、これを待っていたとモモちゃんが震えている。
声を抑えている様子だが、本当は叫んだりしたいところなのだろう。
腕をパタパタと上下にさせているのが横目に見える。
「そうはさせないっ!」
早乙女役の凜とした声が舞台に響いた。
この場に居る観客のほとんどが感動とかしていそうな感じ。
ただ俺だけは、早乙女はそんなことを言わないという心境。
舞い降りた演出は凄いのに、台詞が早乙女らくしねえ。
俺の知っている早乙女なら無視してどっかに行く。
なのでちょっとだけ冷めてしまった。
( いや、これはお芝居だからそれでいいのか )
なので気持ちを切り替え、感じた違和感は横に置いておく。
「っはあああああ!」
これまた早乙女らしくねえ。
気合いを入れた雄叫びと共に、迫りくる魔物(役者)を追い払う。
「誰であろうと死なせたりしないっ! アタシが絶対に守る」
三人組を守るために立ち塞がる弓の乙女。
しかしここで、守られている三人組の一人、薄汚れた姿の槍持ちがやらかす。
マジでやらかすっ。
「たっ、たすけてくれーーー」
「あっ、こらっ!? 離れてっ」
「ぎゃぼー! あたしもデスー」
薄汚れた槍持ちの男が、なんと早乙女役の脚に縋りついたのだ。
恐怖のあまりパニクって、何でも良いから縋りついたみたいな感じだ。
そしてそれを追うように小さい子の方まで。
そうなると早乙女が動けなくなる。
いくら弓持ちとはいえ、身動きが取れなくては不利だ。
足を止めて戦うことを強制された。
「くっ!? このっ!!」
引き離すことを諦め、迫りくる魔物たちへと矢を放った。
1体、2体と魔物たちがやられていくが、その数は多く窮地は変わらない。
そして――
「きゃああっ」
とうとう魔物の接近を許し、魔物の攻撃が届いてしまった。
早乙女役は薙ぎ払われ、槍持ち共々投げ出されてしまう。
劇だと分かっているのに、観客からは悲鳴が上がった。
モモちゃんも『ひぅ』と息を呑んだ。
「た、たたたた、たすけてくれ」
「いっやーーっ、こっちに来るなデス~~!」
ただ情けなく狼狽えるだけの二人。
かと思ったが、ここで更に最低な行動をかます。
「お、おいっ、ちゃんとオレらを助けろよ! やられてんじゃねえよ!」
「そうデス!! ちゃんと助けないと役立たずデス!」
「くそっ、こっちに来んな! オレはまだ死にたくねえ!!」
「ぎゃぼー! あたしもデス-」
誰も声を出していないが、ほぼ全員が眉をひそめている気配がする。
マジで凄え嫌われ者役だ。
ああ、これは劇だと分かっているってのに、この三人組を本気で嫌いになっていく。それはもうマジで感心するレベル。
「……なんか、教育に良くない気がしてきたな」
あまりにも酷いので、これは子供に見せてはいけない気がしてきた。
残虐性があるわけではないが、それに近いものがある。
「くそ、あの三人組、すげえ嫌なヤツらだな」
まわりには聞こえぬよう、小さな声で感想をつぶやいた。
すると――
「ええ、わたしもそう思います」
「え? ラティさん??」
「……そして、あの三人組はわたし達だそうですよ」
「――っ!!???」
思わず声が出そうになってしまった。
それを抑えた自分を褒めつつ、隣のラティさんへと視線を向ける。
一体全体どういうことだろう。
「説明しても分かり難いと思い、こうして劇を見ていただきました」
「あっ、そういうかこと……か」
俺はコクコクと頷いた。
( マジかぁ……マジかぁ…… )
俺がボレアスで避けられている理由が理解できたのだった。