え? 俺って人気ない?
「はぁ? これが……お、れ?」
「ほ? いま何と? おれ?」
「あ、いや、何でもないです。ちょっと驚いただけで」
あまりのことに動揺してしまった。マジで驚いた。
だが、バレたら色々と大変なのだ。ボレアス公爵様からも、その辺は気をつけろと注意されていた。
「そうでしょう、そうでしょう、これも良い出来ですからね。ええ、会心の作だと思いますよ。どうですか、この勇ましく精悍なお顔、とても素晴らしいでしょう」
少し訝しがられたが、何とか誤魔化すことに成功。
そして店主の目は腐っているのか、ジンナイが描かれている絵画をべた褒め。
俺はジンナイが描かれている絵画をもう一度見る。
うん、やっぱりおかしい。
精悍と言えなくもないが、とにかく目つきがヤバすぎる。
荒み具合がもの凄い。一体何があったらこうなるのだろうか。
これは鋭い目つきというよりも、刃物を突き刺して描いたような目。そんな危うさを感じさせる。
ただ格好の方は、正直言って好みで格好いいと密かに思う。
悪くはない。
そして気がつく、これに似た胴衣をローブの下に着ているということに。
( え? じゃあマジで俺なの? )
確認のためにラティさんへと視線を向ける。
すると彼女がコクンと頷いた。
「たいへん良い出来なんですよ。こんなにも禍々し――ではなくて、勇ましくて猛々しくて、ええ……本当に……」
少しだけテンションが下がる店主。
何というか、哀れみを含んだ目で絵画を見つめている。
これはどういうことだろうか。あと、禍々しいって言った。
それ絶対に褒め言葉じゃない。
「あっ」
改めてその絵画見たら、値札に不自然さがあった。
値札を何度か張り直したのか、妙にこんもりとしている。
思わずガン見してしまう。
「……やはり気がつかれましたか。ええ、そうなんです。何度も値下げ繰り返しているのですが、なかなか買い手がつかず……」
「……これ売れ残ってんだ」
そう呟いた横で、葉月と言葉の姿絵が売れていった。
ホクホクとドヤ顔を混ぜたみたいな顔で、他の店員が売約済みの札を貼っている。
「良い作品なのに……」
売れていったのを寂しそうに見つめる店主。
店としては良いことなのだが、店主としては思うところがあるって感じ。
「どうですか、お客様。ワタシは良い作品だと思うのです。確かにお部屋を彩る華やかさには欠けるかもしれませんが、この絵には他の作品にはない禍々しさがあって……そう、例えば厄除けなどになるかと」
「絵に求める要素じゃねえだろそれ。俺は鬼瓦かよ」
「オニガワラ? オレは?」
「あ、いや――」
思わずツッコミを入れてしまい、またも正体を明かしそうになってしまった。
すると今度は、俺の顔を覗き込むように確認してきた。
「お客さま……よく似ていらっしゃる」
「うっ」
「ひょっとして……勇者ジンナイに憧れておられる方ですか?」
「へ?」
「いま流行のジンナイプレイでしたか? 髪を黒く染めたり、目つきをわざときつめ目にするアレですね。冒険者の間では特に流行っているのだとか」
「…………はい、そうです」
ジンナイプレイがどんなものか知らないが、偽物には会ったことがある。
フラリと寄った村に居たアイツ。俺の名前を騙っていたのを思い出す。
違うと否定したいところだが、否定しない方が穏便に済むだろう。
「どうです、お客さま。ジンナイプレイをする程なのですから、是非これを」
「あ、いや」
厄除けにしかならなそうな絵など要らない。
金貨1枚で格安だとは思うのだが、流石にマジで要らない。
「分かりました。ワタシも腹をくくりましょう。銀貨80枚でどうです? ――いやっ、分かりました、銀貨72枚で」
「値段の問題じゃないからっ」
俺そう叫び、その店を後にした。
ちなみに、俺と店主がやり合っている間に他の絵画は売れていた。
版画と違って大量に生産できないので、需要の方が上回っているみたいだった。
そして、最終的に銀貨50枚まで値下がった。
「……俺ってそんなに人気がないのかな」
落ち込んでいるワケではないが、そんな言葉がつい出てしまう。
でもそうだろう、他の姿絵はドンドン売れていったのに、俺のだけは銀貨50枚でも買い手がいなかったのだから。
「あの、ヨーイチさん。おそらくは土地柄が原因かと」
「へ? 土地柄?」
横を歩くラティさんが疑問に答えてくれた。
「ボレアスでは、ヨーイチ様は英雄視されると同時に、蔑み……蔑視、いえ、軽視の対象でもあったのです」
「……」
気を遣って色々と言い直してくれたが、余程酷かった様子。
一体何があったのだろうか。
「いったい何があったんです? ラティさん」
「そうですねぇ、色々と要因はありますが、一番分かり易いのはアレかもです」
そう示された先には、大きな看板が掲げられた建物があった。
「あれって……芝居小屋かな?」
「はい、お芝居が公演されているところです。えっと……」
辺りを見回すラティさん。
ラティさんと一緒になってモモちゃんもキョロキョロする。
「あ、ありました。あのお芝居を観るのが手っ取り早いかと」
「えっと、弓の……乙女?」
掲げられた看板には、小洒落た文体でそう書かれていた。
公演されている演目のタイトルなのだろうか、演目のイメージ画、大弓を手にした女性も描かれている。
「あれって、まさか早乙女か」
先ほど似たような姿絵を見たのですぐに分かった。
あれは早乙女だ。長い髪をひとつに括り、それを舞うように流している。
ちょっと格好いい。
「あれが関係しているの? よく分からないんだけど」
「あの、見れば分かると思います」
そう言ってモモちゃんの頭を撫でるラティさん。
モモちゃんがキラキラしたお目々でこちらを見上げている。
目は口ほどにものを言う、まさにそれ状態。
「えっと、観たい?」
「はい。このお話、大好きです」
「え? 一度観たことがあるの?」
とても観たそうなので尋ねてみたいが、帰ってきた返答は意外なものだった。
「あの、お芝居は劇団や領地によって内容が異なることが多いので、同じ演目をまた観ることが多いのです。だから……」
「あ、ああ、なるほど……」
元の世界でも、アニメと漫画では展開が違ったりすることがある。
大筋は同じでも、その媒体に合わせた展開に変更される。
後は尺の都合か、原作からカットされたりすることもある。
ヤクザと心を読む妖怪は大事だろうがっ。
「……そうか、それならもう一度観てもいいね」
「~~~っ!」
声は出さなかったが、もの凄く嬉しそうなモモちゃん。
彼女がピョンピョンと飛び跳ね始めた。被っていたフードが落ちそう。
それをそっとラティさんが直す。
「では、アレを観ましょうか」
こうして俺は、俺の人気がない理由を探るべく”弓の乙女”を観るのだった。