見つけろ
お待たせしましたーー
「ん? やっと減ってきたか?」
辺りを見渡すと、追っ手のが激減していた。
追っ手のヤツらは途中から自棄になったのか、恐らく総出で追ってきた。
たぶん見張り役、そんな普段着のヤツらも増えていたのだ。
何人か建物の上へと上がってきた。
こちらが建物に上にいるのだから、登ってくるのは当然の流れ。
なので俺は、登って来ようとしたヤツらを踏み落として回った。
二人ほど落とす前に登られたが、屋根の上で鬼ごっこした場合、追われる側が圧倒的に有利。何故かそれを俺は知っていた。
建物から建物に飛び移り、それを追ってきた相手を蹴れば良い。
反撃されるなんて考えてなかったのだろう。止めてくれ、そんな顔をしながらヤツらは落ちていった。文字通り蹴落とした。
それなりの高さがあるので心が痛んだが、そんな同情をしていては逃げ切れない。なので容赦なく落としてやった。これも何故か理解していた。
落ちた後、もがいていたので死んだりはしていないはず。
全く以て理解できないことなのだが、何故か俺は上手く落とすコツを知っていた。頭から落ちない絶妙な力加減ができた。
それがマジで理解できない。
人を屋根から落とすなんて恐ろしいことなのに、まるで日常動作のようにやってのけた自分が少し怖い。
何というか、本当に自然とやってのけたのだ。
記憶を失う前の俺は本当に勇者だったのだろうかと疑問に思う。
泥棒とか快盗、そんな逃げ足と手際の良さだ。
「マジで何者なんだ俺は――って、リティ!? 落っこちちゃうから」
「やあああっ」
そんな風に思いの耽っていたら、ビチビチと暴れるリティさん。
途中までは眠ってくれていたのに、起きた途端これだ。
暴れる藻掻く捻れる。俺の腕の中から逃げようと我儘さんだ。
正直言って、ここまで嫌われるとかなり落ち込む。
さっきから顔も合わせてくれず、プイッと明後日の方向を向いている。
そしてまた、ぐい~っと仰け反って腕の中から抜け出そうとする。
「ちょ!? 落ちちゃうから。……何だかこっちの方が大変だぜ」
もう追っ手よりもリティの方が断然手強い。
だるんとした水袋を持っているような気分だ。
ちょっとでも重心がズレると落としてしまいそうで怖い。
と言うか、いま落としそうだった。
「はぁ、ジャンの方は大人しくて楽なのに」
ジャンはリティよりも二回りほど大きいけれど、しっかりと腰に手を回してくれるのでズレず、走行の邪魔にならないよう大人しくしてくれている。
意外と分かってくれている子だ。
「わっ!?」
ジャンの方を見ていたら、またリティが激しくうねった。
ちょっとでも気を抜くと落としてしまいそうだ。
ローブではなくて、もっとしっかりとした服装だったら掴めたのに。
「ふう、ちょっと休憩」
追っ手の気配は大分なくなった。
ただ、こちらを囲う壁のような気配はなくなっていない。
一定の距離を保ちつつ、隙間なくこちらを包囲している。
「……くそ」
この街には監視塔のようなモノがいくつも建っている。
だから建物の上を走っている俺に気がついているはずだ。
だと言うのに、そちらの方からは何の反応がない。
「やっぱりアイツらの息が掛かってんのかなぁ」
見て見ぬ振りというヤツだろう。
追っ手側と衛兵側が繋がっていると見るべきだ。絶対にそうだ。
権力がチラついてくる物語ではよくあるヤツだ。
( そうなると、アレは頼れないよな )
離れたところにある監視塔。
あの塔から街の景色を観てみたいと思っていたが、今は胡散臭いの近寄りたくない。
明確に敵と断定できるわけではないが、この様な状況を傍観している。
きっと碌でもないヤツらだ。
「……って、リティ?」
何故かリティがペチペチと叩いてきた。
抗議なのか、それとも虫の居所が悪いのか、俺の脇腹あたりを叩いている。
痛くはないが非常に心が痛い。これは新手の精神攻撃かと思えてくる。
「ほら、お手手が痛くなるから、ね?」
「むぅ」
叩かれても痛くないが(精神は別だが)、叩いている方のお手手は別だ。
子供の力とはいえ、いつまでもやっていたら痛くなるだろう。
そう思い、リティのお手手を掴んだが、彼女はとても不服そうなお顔をした。
「もうホントに」
これが反抗期なのだろう。マジで色々と大変だ。
だが、プイっと横を向きながらも身体はこちらに寄せているので、本気で嫌がっていないことが分かる。マジで可愛い。ツンデレをもうマスターしている。
「な、なあ。そいつってアンタの子供なのか? あ、いや、本当の子供ってことじゃない。えっと……そういうのあるんだろ? ほんとうの親じゃないけど親になるみたいな。それなんだろ?」
俺とリティのやり取りを見て、そんなことをジャンが尋ねてきた。
「…………そういうの、本当の親じゃないって、里親のことか?」
「たぶん、そう。それ」
「里親かどうかは置いておいて、俺はこの子の父親だ。あ、言っちゃダメだったんだ」
「ふん、そんなワガママなヤツでも大事なんだ、里親でも」
ちょっとカチンと来る言い方だが、寂しそうな顔がそれを拭い取った。
何かある、何かあったのだろう。
( あ~アレかな? 金持ちの親だから、物だけ与えとけばいい的な )
よくあるテンプレシチュエーションを思い浮かべる。
金持ちの子供が、仕事にかまけて忙しい親の愛情に飢えている的なアレを。
それで拗ねているように見える。
何か言ってやった方がいいのかもしれない。
( ……いや、ないな )
そのテンプレを踏まえ、心に響く良い話でもしようと思った。
だが、何も思い浮かばなかった。
と言うか、非常にデリケートな問題だと思う。
何か慰めるようなことを言っても、たぶん伝わらないだろうし、そんな言葉きっと軽い上辺だけになる。
愛情に飢えている子供に、何を言ったら良いのか本気で分からない。
「なあ、なにもいわねえのかよ」
「何をだよ」
「子供のことを馬鹿にしたんだぞ。里親でも怒るところなんだろ」
「……」
下っ手くそな挑発だ。
ジャンの表情から分かる。これは怒っているのではなくて、嫉妬、拗ねている、そんな子供じみた感情から湧き上がった挑発なのだと。
「なあ、あんまり時間があるわけじゃねえけど、ちょっと話してみねえか?」
正直言って時間があるワケではない。
だがしかし、何か出来る状況でもなかった。
依然として囲うような気配は消えていないが、追っ手の気配はない。
要は、下手に動くと罠に嵌まってしまいそう、そんな感じ。
なので今は、休憩がてら話を聞くのも良いと思えた。
周囲を警戒しながら、ジャンの出方を待つ。
「…………話すことなんてねえよ」
「んじゃ、言いたいことは?」
「ない、けど……」
静かに続きを待つ。
空気を読めるのか、それとももがき疲れてしまったのかリティが大人しい。
「…………なあ、おれっていらない子なのかな」
「ぐっ」
くっそ重い話が出てきた。
そんな予感はしていたが、分かっていてもスゲェ重い。
「あ~~、そのいらない子の定義がって――いや、そのいらないって思う理由は何だ? なんでそう思うんだ?」
「………………………………お母さ、ははに、イヤだっていわれた」
長い沈黙の後、ジャンが絞り出すようにつぶやいた。
心底辛そうな言葉だった。子供が出してよい声音ではない。
「そうか……」
ジャンの様子から、何かの弾みで言った言葉でないことが察せられる。
イタズラなどをした後に、『も~この子は』って感じじゃなくて、もっと手酷い感じで言われたのだろう。
そう、こんな顔をさせてしまうぐらい……
「泣きながらイヤがられた。こっちに来ないでって泣かれて」
「~~~~っ」
最初は、遺産とかそういうのに巻き込まれた子供だと思っていた。
だが話を聞くに、そういう単純なことではないみたいだ。
( くそっ )
どういう状況なのか想像してみた。
そして想像した瞬間、絶対に嫌だ、心が苦しくなって堪らない。
母親とは絶対的な味方であり、幼い子供にとって神に等しいと思う。
当然、そんなことはない、違うと否定的なことをいう人もいるだろう。
でも、それでも、そうであって欲しい。
駄目なことをして叱ることはあっても、叱った後ちゃんと見てくれる存在。
それが親というものだと思う。
何があっても絶対に見捨てない、俺はそう思う。
「ふうぅぅ」
大きく息を吐く。心をいったん落ちつける。
( きっと何か理由があったはずだ…… )
子供を拒絶の対象としてしまう何かがあったはず。
そうでないと辛すぎる。
でも、それを子供に理解しろというのは酷だ。
成長して大人になったら解るかもしれないが、今は無理だ。
この子に掛ける言葉が見つからない。
「…………この子が産まれるとき、すっごく大変だったんだって」
「え?」
抱っこしているリティを見つめながら話す。
掛ける言葉は見つからなかったが、伝えたい言葉は何故か浮かんだ。
ゆっくり話した方が良い。
屋根に腰を下ろし、目線を低くしてやる。
そしてリティの頭を撫でながら続きを口にする。
「もう大変だったみたいでな、よく分からないけど回復魔法とか強化魔法? みたいなのを掛けまくってこの子を産んだんだって」
「……」
「そんでな、それだけやっても一時は危なくって。……でも、この子のお母さんはちゃんとリティを産んだんだ。本当に大変な思いをして、まさに命懸けで」
「……」
話がよく分からない。何を言っている。困惑。
でもちゃんと聞かないといけない、そんな顔でジャンが続きを待ってくれる。
「母親ってのは、そんな危険な思いをして子供を産むんだよ。多少の差はあるかもだけど、絶対に安全ってわけじゃないんだ。中には亡くなる人だっている」
「………………うん」
「そう、だからさ。お前の母親だってそんな思いでお前のことを産んだんだ。だから絶対に要らない子なんかじゃない。俺が断言してやる」
「でもっ、お母さんは、おれのことイヤだって言って死んじゃったんだ! だからおれは……いらない、子で」
「それでもだ。それでも、お前は愛されて産まれたはずだ。絶対に」
「なんで、なんでそうゆえるんだよ。なんで絶対なんてゆえるんだよ」
「絶対にそうだからだよ。そうじゃなかったら嫌だろ……。俺は絶対に嫌だ、そんなの絶対に認めたくない。だからジャン、お前は愛されて産まれて、そんで……」
自分でも無茶苦茶なことを言っている自覚がある。
俺が口にしていることは独善であり願望。――そして願い。
こんなので納得して貰えるとは思わない。
でも、これで押し通す。
いや、願い続ける。そうでないと俺が嫌だから。
「そんで、そんで……見つけろ」
「え? みつけろ?」
「ああ、そうだ。見つけろ。何でもいいから見つけろ」
「なんだよそれ、ぜんぜんわからないよ」
「そうだよ、簡単に分からないから大変なんだよ。でも、見つければきっと……」
良い言葉が見つからなかった。
生きろとか、幸せになれとか、もっと前向きな言葉があったはずだ。
でもそれらは、単なる分かり易い答えだ。
そんなモノじゃたぶん何にもならない。誰にでも届いて分かるモノじゃ駄目な気がした。
誰にでもじゃなくて、ジャンじゃないと駄目なモノが必要。
それを自身で見つけて欲しくて、俺は見つけろと言った。
「…………みつ、ける」
言われた言葉を呑み込もうとしている。
まだ幼いのに一生懸命考えている。
「ああ、自分で、自分のために――んん?」
遠くの方に人の姿が見えた。
もう追っ手の気配はなかったのに、誰かが屋根へと上がってきた。
目をこらして確認してみる。
「……男? 追っ手じゃなさそうな……」
遠くの方に見えた男は、遠目でも身なりが整っているのが分かった。
意匠を凝らした装飾に、ゆったりとした偉そうな法衣っぽい服装。
そしてこの異世界では珍しい眼鏡を掛けている。
ただ、その男はヤンキーみたいな赤髪なので、正直似合っていない。
ちょっとチグハグな気がする。
「…………あの人のところに行きたい」
「へ?」
誰だろうと警戒している俺を余所に、ジャンがそんなことを言ったのだった。