屋根の上で考察
お待たせですー
息を潜め、建物の屋根から追っ手を窺う。
凄腕の仕事人には見えない。せいぜいゴロツキ程度で、複数相手だと分が悪いが1対1なら対応出来そうだ。
問題は相手が武器を持っていないか。
「得物は……」
派手な武器類は持っておらず、皆が地味な短剣ばかり。
青竜刀みたいな武器を持っているかと思っていたが、よく考えたらここは街中だった。いくら異世界でもその辺は弁えている様子。
そういえば俺も、槍と木刀は置いてきていた。
「異世界だから銃とかないよな? それならギリなんとかなるか」
距離さえ取れば何とかなる。
短剣を投げてくる可能性がないワケではないが、こちらには橙色の髪の子供がいる。なので危険な真似は多分避けてくれるはず、だよね。
( ……ふむ )
横で伏せている橙色の髪の子供を見る。
パッと見でも質の良さが分かる服。痩せこけた感じもない。
良いところのお坊ちゃん、そんな感じ。
「ちっ、あのガキ、ドコに行きやがった」
「なあ、他の派閥のヤツが連れて行ったんじゃねえか?」
「そんなはずはねえ、その辺は話がついている……って話だ」
「じゃあ何で見つからねえんだよ。【索敵】持ちはドコ行ったんだ?」
「だから【索敵】持ちじゃ――」
見つけられないことに苛立ったのか、何か言い争いを始めた。
聞こえてくる内容から、やはりこの子供を探しているみたいだ。
そして派閥という言葉から察するに、探している勢力は一つだけではなさそうな感じ。
( と言うことは、アレな感じか? )
状況を整理して考察してみる。
この橙色髪は、何処からか逃げ出した。
恐らく監禁でもされていたのだろう。
当然、逃げたことを気が付かれ、追っ手を差し向けられた。
しかも追っ手側は複数の人を雇うぐらいの力があり、派閥まである大所帯。
ちょっとした誘拐犯というワケではなさそうだ。
元の世界で似たような展開の漫画を読んだことがある。
確かあれは――
「くそ、他のヤツらに取られたのか。そうなったらオレたちは」
「まだそうと決まったワケじゃねえ!! きっとどっかに居やがるはずだ」
「ああ、そうだ。あのガキには嫌でも継いでもらわねえといけねえンだ。こんな所で逃してたまるかっ」
やはりそうだ。
この橙色頭には、莫大な遺産を相続する権利があるのだ。
資産家の子供なのかもしれない。
だから下にいる連中は、この橙色を捕まえて利用するつもりなのだろう。
カイランとかカイライ何たらでいくつもりだ。
異世界でもテンプレとも言える展開はあるみたいだ。
「……なるほどな」
良いところのお坊ちゃんみたいだとは思ったが、本当にそうだったみたいだ。
もしかすると追っ手側の権力はなかなかで、警察的な組織にも息が掛かっているのかもしれない。昔読んだ漫画もそんな感じだった。だからこの橙色は保護を嫌がったのだろう。
色々と合点がいった。
そして同時に、マジでどうしたら良いか分からなくなった。
解決方法がまったく浮かばない。
確かあの漫画では、助けに入った拳法使いの青年が爆発に巻き込まれて行方不明になった。そんな感じで第一部が完。
行方不明は迷子がクラスチェンジできる上位職だ。絶対に嫌だ。
「おい、もう一度散って探すぞ。絶対どこかにいるはずだ」
「くそが、手間を掛けさせやがって。ってか、手引きしたヤツは何やってんだよ。あんなガキに逃げられやがってよ」
「お? チャンスだ」
クラスチェンジに怯えていたら、下の連中が何処かへ行きそうだ。
だからいって状況が好転するワケではないが、纏まられるよりかはマシだろう。
「さて、どうしたもんか」
もう一度橙色の小僧を見る。
見つからないようにしているのか、口に手を当てて息を潜めている。
この子なりに必死なのだろう。
「ふ、そこまでしなくても見つかったりは――えっ、リティ!?」
脇に抱えていたリティがじたばたと動き出した。
子供特有のグニャリと柔らかいお腹をねじり、俺の腕から逃れようとしている。ビチビチのリティ、必殺のイヤイヤロールだ。
しっかりと掴んでいたはずなのに、リティが腕の中からこぼれそうになる。
まるでウナギだ。
「リティ、今は大人しく――」
「やあああっ、やっ!」
「あ、コラ」
大人しくさせようとしたが、もう遅かった。
張り上げるようなリティの声は、下の追っ手たちに届いてしまった。
「上だ! 上にいるぞ」
「くそが、舐めやがって! おい、とっとと上がるぞ」
「ガキがいたぞ!! 戻って来い」
「他のヤツもいんぞ! 護衛か? そんなの聞いてねえぞ」
堪っていたイラつきを発散でもするように、追っ手たちが動き出した。
とは言え、俺たちがいるのは建物の屋根。それなりの高さがある。
だから簡単に来ることはできない、そう思っていたが、その期待は呆気なく散った。
「うおっ!? そうか、それがあったのか……」
流石は異世界だ。元の世界ではお目にかかれないことをやってのける。
何も無い空間を蹴りながら、一人の男が昇ってきた。
「ラティさんに一度見せてもらったアレか」
確か【天翔】という名前の【固有能力】だった気がする。
空を蹴ることができる能力だ。
俺が屋根に上ったときのように、その男は跳躍を繰り返しながらこちらへと上がってくる。あと一飛びというところ。
「あ~~、悪ぃな」
一瞬見とれてしまったが、跳躍しながらやって来るということは、動きがとても読みやすい。
だからすかさず身を起こして迎撃に走った。
「ごめん」
「うお!?」
申し訳ない気持ちを込めながら、昇って来た男を蹴り落とす。
下から昇ってきた相手だ、ちょっと踏みつけるような感じ十分。
「あっ、うわ、あああああ」
空中でバランスを崩した男は、手をバタつかせながら落ちていった。
空を蹴れる能力といっても、そこまで万能ではなかったみたいで、ズシンと重い嫌な音が響いた。
「おいっ、大丈夫か!」
「が、ぁあが」
「コイツはおれが見る、お前たちは上のヤツを見ろ! 逃がすなよ」
「中に入って上に上がれねえか調べろ」
上手いこと一人排除できたが、追っ手のヤツらはまだ多い。
この建物を包囲するつもりだ。
「くそ、こうなったらヤケだ。リティ、ちょっとごめんよ」
暴れるリティをガッシリ脇に抱え、隣の建物へと移動する。
当然橙色も一緒だ。リティとは逆側に抱え、二人を抱えた状態で屋根から屋根へと飛び移る。
「絶対に逃げ切ってやる! そんで後のことはっ、後で考える!」
こうして、屋根を駆ける逃走劇が始まったのだった。