四方からの追っ手がおってな
お待たせですー
見覚えがあるような、だけど覚えがない橙色の髪。
赤色に成り切れなかった橙色、そんな橙色の髪をした男の子が、近づいてくる足音に酷く怯えていた。
上の娘、モモちゃんと同じぐらいの歳に見える。
そんなことも相まって、俺は咄嗟に動いていた。纏っていたローブの中に男の子を隠すために動く。
そして数秒後、足音の主たちがやって来た。
「――っ!? おい、この辺で男のガキを見なかったか?」
やって来たのは3人の男。
白い衣装に革の鎧を纏っており、パッと見では一般人らしくない。
一言で言うのなら、荒事を生業としている、そんな印象。
当然、とぼけることを選択する。
「え? 男の子ですか? 見てないですよ?」
「嘘ぶっこいてねえだろうな。ってか、こんな場所で何やってやがる」
「あ、あの、この子がシッコしたいって言って、それでダメだよって途中で」
そう言って抱えているリティを見せる。
よく分からずも、嫌そうな顔をしているリティ。
狼人と知られると面倒そうなので、きちんとフードをかぶせている。
「しょんべんだあ? ふざけんな、こんなところですんじゃねえ」
「だからダメだって言い聞かせてところで、ね、リティちゃん、どこかトイレを探そうね。それまで我慢ね」
下手なことを言わせないように、頬へと頬ずりをする。
『やー』と拒否してくるが、今はそれが狙い。
リティとイチャつく俺を見て、呆れ顔になった男が再度尋ねてきた。
「ちっ、本当に見てねえンだな」
「もし居たら、ここでシッコなんてさせようとしませんよ」
「おい、やっぱここで小便させようとしてたんじゃねえか。オレたちの街を汚そうとしてんじゃねえぞ」
別の男が、そう凄んで胸ぐらを掴もうとしてきた。
しかし最初に話し掛けてきた男が、そんな場合ではないと手で遮る。
「急ぐぞ、こんなのに構ってる場合じゃねえ」
「ちっ」
「通りに紛れたかもしれねえ。目立つ髪の色なんだから見つけるぞ」
「行ったかな? もう出てきても平気だよ」
周囲の気配を探りながら、隠している男の子に教えてやる。
男の子は無言でローブから出てきた。
「……」
何か言うかと思ったが、男の子は無言のまま。
そして座り込んでしまった。
いかにもいじけています、辛いですといった感じ。
「むぅ」
どうしたものかと思いを巡らせる。
このまま放置というわけにはいかないが、どう見ても面倒ごとだ。
面倒ごとは誰かに投げるに限る、ならば――
「よし、交番……はないだろうから、衛兵とか警備兵に保護してもらうか」
「……ヤダ」
「へ? やだ?」
「ヤダ、行ったら……捕まってあそこに戻される」
思ったよりも面倒そうな面倒ごとな予感。
この子の背景は分からないが、単なる迷子ではない様子。
記憶喪失の勇者の俺には荷が重そうだ。
「………………おい、取りあえずここを離れるぞ」
「え?」
不思議そうな顔で俺を見上げる男の子。
その目は不安で揺れており、まさに迷子の子供の瞳。
少し厳しいとは思うが、グズグズしている場合ではないので活を入れる。
「ほら、立て。こっちも迷子なんだから、さっさと行くぞ」
「は? はあ? 何だよ迷子って、アンタ大人なんだろ、だったら何で迷子になってんだよ」
「いいだろ別に、大人だって迷子になっても。ここに来たのは初めてなんだから、ちょっと迷子になって仕方ねえだろ」
「ぷっ、なんだよそれ」
何が面白かったのか、吹き出し笑顔を見せた男の子。
しかしそのとき、リティが妙な反応を見せた。
「ん? どうしたリティ、急にあっちを見て――あっ」
リティが視線を向けた先には、先ほどの男たちの仲間らしき者がいた。
白い衣装に革の鎧。軽装備の男たちがこちらへと向かって来ている。
「急ぐぞ」
「う、うん」
状況を察したのか、真面目な顔で頷く男の子。
俺は彼の手を取り、追っ手らしき者たちとは逆の方向へと駆ける。
「人混みに紛れた方がいいかな」
そう思った矢先、そんなことはさせないと追っ手らしき者たちが居た。
まるでこちらの行動を読んでいるかのようだ。
ただ幸いなことに、まだこちらには気が付いていない。
「ちっ、面倒だな」
何となくだが相手の意図が読めた。
この街の作りはマス目のようになっている。
と言うことは、囲うように通りに対して人を配置すれば、必ず視界に入る。
四方に人を置き、その中を追っ手が探すのだろう。
マス目のように道がある分、逃げやすいのかと思ったが、むしろ逆だった。
常に視界が通るような状況だった。
取りあえず別の道へと向かうことにする。
( ん? なんかこっちはダメな気がするな…… )
確信があるわけではないが、勘が駄目だと言っている。
見るとリティの方も、何だか嫌そうな顔をしている。まるで苦い物でも食べてしまったようなお顔だ。
「くそ、どうしたら……」
左右も確認するが、そちらも駄目だと勘が告げている。
当然、いま来た道を引き返すのも駄目。四方が塞がれてしまった。
「ね、ねえ、行かないの?」
「あ、ああ……」
不安そうに聞いてくる男の子。
何とかしてやりたい、そう思ったそのとき、何故か俺は視線を上へと向けていた。
正確には、建物の屋根へと……
「あ、そうか」
とても不思議な感覚。
そんなことをした覚えはないのに、上に行けば良いと自然に思っていた。
そして驚くことに、身体もそう言っている。
「よし、ここを足場にすれば。ちょっと抱えさせてもらうぞ」
「え? わっ!?」
右腕にリティ、左腕に男の子を抱え、俺は壁の突起となっている所に足を掛けて飛んだ。
当たり前のように身体が動く。
階段を上るかのように、壁を蹴って建物の天井へと駆けていった。
「なんだこれ、スゲェしっくり来たな……」
屋根に上るなんて非常識な行動をしているのに、それが日常、当たり前のような感覚で身体が動いた。
まさかとは思うが、俺は日常的に屋根に上っていたのだろうか。
いや、そんな猿みたいな真似をするはずがないので、きっと気のせいだろう。
緊急事態だから身体が動いたに違いないと納得する。
「静かにな」
「……ぅん」
屋根に上った後、俺たちはそのままそこで身を潜めた。
勘が正しかったか確認したかった。
「……マジか」
結果は、勘は正しかった。
俺たちを包囲するように、四方から追っ手たちがやってきたのだった。