相談と名前
すいません、お待たせしましたー
村から逃げ出した日の夜、俺たちは反省会をすることにした。
二人で並んで座り、尻尾を撫でながらの話し合い。ある意味大人の時間。
だから子供たちは馬車の中でお休み中。ゼロゼロも立ったまま寝ている。
とても静かな夜だ。聞こえてくるのは虫の音と吐息ぐらい。
ラティさんが作ってくれた”アカリ”を見つめながら、俺から切り出す。
「ラティさん、今回のことどうしたら良かったと思う? どうしたら穏便にってか、正体がバレないようにやれたかな?」
「んっ……あの、今回の失敗は、そうですねぇ、わたしがトドメを刺したような形になりましたが、目立ちすぎたのが良くなかったのかと、んぅ」
「うん、ちょっと目立ちすぎたかな? でも、放置できなかったからな~あれは。あの偽物の素性は、どうしても確認しておきたかったし」
「はい、それは避けられなかったことかと。だから仕方なかったと言えば、仕方のなかったことのですが……」
「うん、なにか他の方法もあったと思って」
偽物野郎の後をつける必要があった。
しかしその結果がアレだった。俺たちの素性がバレてしまった。
もうちょっと上手いやり方があったかもしれない。
「あとは…………モモちゃんかな? モモちゃんって俺たちが呼んでいたから、それで女将さんは怪しいって思ったみたいなことを言っていたし。でも……」
俺たちの都合でモモちゃんに偽名なんて使わせたくない。
あの子の名前はキチンと名前で呼んであげたい。
いや、名前で呼んであげないと絶対に駄目だ。
「どうすっかなぁ」
「取りあえずは、呼ぶときはできるだけ声を小さくするとかでしょうか?」
「そうだね、隣は仕方ないとしても、少し離れた場所には聞こえない程度にしないとだね」
「はい、【鑑定】などは防ぐことはできませんが、それぐらいの対策は必要ですねぇ」
「逆に【鑑定】してくるヤツが居たら注意か」
「はい、要注意かと。わたしもしっかりと見ておきますねぇ」
「あとは――」
俺たちは注意点を挙げながら色々と話し合った。
( 不思議だけど、スゴいなこれ…… )
ラティさんの尻尾は本当に不思議なモノで、撫でながら話すと、口にした言葉以上のモノが伝わっている気がする。齟齬や誤解などが一切ない。
例えるのならば、事前に通告書を出して、それを読み上げているかのよう。
本当にスムーズに進む。
色々と話しているはずなのに、たぶん30分も経っていない。
前に言っていたことは本当なのだと実感する。
尻尾込みのコミュニケーションは本当に素晴らしい。
手触りも最高で言うことなし、ラティさんの反応も色々と色々を刺激する。
ここが屋外であることが非常に残念でならない。
「……あの、記憶はなくても覚えているものなのですねぇ」
「うん……なんでか分かるんだよね」
ラティさんが言っていることは、尻尾の撫で方のことだろう。
記憶を失う前の俺は余程撫でていたのか、撫で方が身体に染みついている。
尻尾を梳くように撫でつつも、指先を絶妙に毛に絡める撫で方。
俺はそんなに器用な方ではないが、複雑で難しい動きを難なくこなしている。
異様に器用度が上がった気がする。
「あ、あの、そろそろ……その……あ、のっ」
「うん、あとちょっとだけ」
ラティさんが眉をハの字に落とし、弱々しく困り顔で言ってきた。
そろそろ尻尾を解放して欲しいといった感じ。
自分では実感できないが、俺の撫ではとても心地良いらしい。それはもうシャレにならんほどに。
だがしかし、その心地良さも行き過ぎるとなかなかアレであれだとか。
まあ何となく想像がつく。
だが俺としては、もうちょっとだけ撫でていたい。
具体的に言うとあと一時間ぐらい。できることならあと二時間、いや三時間。
なので俺は、ここで引き延ばし作戦へと出る。
「えっと、北の方なら良いんだよね?」
「あの、それは行き先のことですか?」
「うん」
「ん、ぅ……。はい、南を抜かすと、ボレアスの街が一番安全かと」
「再度確認なんだけど、西と東は……危険なんだよね?」
「……はい」
次の行き先を決めるとき、俺はラティさんから助言というか注意を受けていた。
どうやら俺は、東西南北、どの領地でもそれなりにやらかしたらしい。
特に北と東では、領主の屋敷に乗り込んで暴れたことがあるのだとか。
ボレアスでは他の勇者たちと一緒にカチ込みに。
エウロスでは浚われた言葉を救出するために潜入。
しかも東に至っては、その領地の嫡男を殴ったとかどうだとか。
そしてその騒動が切っ掛けでその嫡男は処刑。
その後は後継者争いで殺し合い暗殺し合いに発展。
最終的には、一人残して全員亡くなったらしい。
一応俺が悪いわけではないが、心情としては最悪だとか。
だから何かある危険性がある。勇者だからと安全ではない。
記憶を失っていない万全な状態ならともかく、護衛もいない今は避けるべきだとラティさんは言った。
「でもさ、北でも乗り込んだんだよね? その一番偉い人のところに」
「んっ…………はい、他の勇者さまとご一緒でしたが、ヨーイチさんは行かれましたねぇ。それはもう凄い大立ち回りでしたよ。あの、そろそろ」
「そのときは、その……軋轢ってか、遺恨的なヤツは残らなかったの?」
「エウロスの町のときとは状況が違いましたのっ、……で、逆に英雄扱いに近いかと。それに現ボレアス公爵とは共に戦った仲間でもありますし」
「ふむぅ」
「あの、思い返してみると、本当に全ての領地で大暴れなさっていたのですねぇ、ヨーイチさんは。それで、あの、そろそろ本当に……あの」
「……」
全方に喧嘩売っていたようすの俺。
記憶を失う前の俺は何をやっていたのだとツッコミを入れたい。
もしかすると、俺は一度も穏便に事を済ませたことがないのかもしれない。
そして尻尾の手触りは最高だ。
「ん?」
「あら?」
キイっと音がして、馬車の扉がゆっくりと開いた。
中で寝ていた娘が起きたようす。
俺は尻尾からサッと手を引いて解放してあげる。
「おトイレ」
「モモさん、一緒について行ってあげますねぇ。いまアカリを用意します」
コクリと頷くモモちゃん。
ここは外だし、馬車から離れたら真っ暗だ。
少し恥ずかしそうにしているが、やはり心細いのだろう。
「あの、ちょっと行ってきます」
「はい」
二人は馬車の裏側へと消えていった。
俺はそれを座ったままで見送る。
そして3分ほど経った頃、二人が奥から戻って来た。
「あ、お帰り」
「はい、戻りました」
「……」
戻って来た二人に無難な声を掛けた。
こういった場合、なんと言って迎えるのが正解なのだろうか。
そんなことを考えていたら、モモちゃんが少し暗い顔を言ってきた。
「お父さん、わたし、大丈夫だよ」
「へ? え?」
「名前じゃなくても、大丈夫だよ」
「――っ!?」
「……モモさん」
どうやらモモちゃんは、先ほどの会話を聞いていたようだ。
そしていつものお利口さん、聞き分けの良い子であろうしてきた。
「モモちゃん……」
俺は腕を広げでこっちにおいでやる。
その意図を察し、モモちゃんはトトトッとやって来て、おずおずとした後、腕の中へと収まってくれる。
「モモちゃん、そんなことは気にしなくていいからね。モモちゃんはモモちゃんなんだから」
「でも……」
「大丈夫だから。今度行く予定の場所は安全だし、だから大丈夫」
「はい……」
俺はモモちゃんを少しでも安心させるため、彼女の頭を優しく撫でてやる。
くてんと身体を預けてくるモモちゃん。子供特有の体温の高さを感じる。
「平気だからね、そんなことは気にしないでいいから」
「……はい」
「うん、イイ子イイ子」
「……」
ラティさんとは少し違う柔らかさの髪を梳いてやる。
獣耳の裏側の方を、爪で優しく掻くように梳く。
――この子はホントにイイ子だな、
本当は嫌なのに、迷惑を掛けるかもしれないからってこんなことを言って、
もっと甘えた年頃なのに、ホントにモモちゃんは……
「…………ん? あれ?」
「ヨーイチさん! 止めてあげてください!!」
「げっ!?」
モモちゃんが危ういことになっていた。
何と形容したら良いかとても悩む、そんな表情をしていた。
その後俺は、ラティさんに超怒られたのだった。
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あと誤字脱字も……