据え膳喰わぬは……
わけ分からん、と言いたいが何となく分かる。分かってしまう。
そんな嫌な状況だった。
俺を巡って言い争いをしている男女。
『私のことでケンカなんてしないで~』的なフレーズが浮かんだが、目の前で起きている争いは、欲望とか羨望とかがドロドロした醜いものだった。
どっちも俺のことを利用する気満々だ。
一言で言えば、帰りたい。
勇者というものは、非常に面倒な立場だということは理解していたが、それを真の意味で知った気がする。これ何度目だ。
( ……何だよ、これ…… )
どうして俺が全面的に協力すると思っているのだろう。
女将と中年の男は要求を止まることをしらない、欲の暴走連鎖。
相手が何かを言ったらその上を行きたがっている。
「ジンナイ様には我が家に泊まってもらう。そして、魔王との戦いのことを聞かせてもらうのだ!! 孫もそれを楽しみしておる」
「何度も言っているだろうっ、ウチのお客様を勝手に取っていくんじゃないよ! ジンナイ様にはウチの宿、全室に泊まっていただくのさ! そうすりゃ、全室ジンナイ様が泊まった部屋になる。ああ、この個室温泉も色々と考えないとだね。そうだ、ジンナイ様の銅像を造ってその銅像に浸かってもらおう。ラティ様のも」
「あ、あの……ちょっと……」
「何と強欲な! お優しいジンナイ様を私欲のために利用するようなことを。ジンナイ様、このような強欲な者は捨て置き、我が家へどうぞ。孫が誠心誠意ご奉仕致しますゆえ、どうか、どうか孫にお慈悲を……」
「孫にお慈悲ってまさか、アンタ、ホムラちゃんを使う気かい!?」
わっちゃわっちゃと騒ぎ続ける二人。
監視役だった男も途中から参戦し、それに合わせて他のヤツらまでやってきた。
ほっておくとドンドン増えそうな気がする。
取りあえず俺は、話は後で聞くからいったん引いてくれと頼む。
まずはラティさんたちを部屋に帰してやりたいし、ヒートアップした流れを落ち着けたい。
そして、話の流れ次第では村から逃げることを視野に入れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……くそ、考えが甘かった」
「どうなさいました、ジンナイ様?」
「ジンナイ様、よろしければこちらをどうぞ」
「……いえ、大丈夫です」
頭が頭痛で痛い状態の俺。
そんな俺に、中年の男が甲斐甲斐しく飲み物を差し出してくる。
匂いからそれは酒だと分かったので、俺はやんわりと断った。
気を遣うならもっと別の方法で気を遣ってもらいたい。
「…………逃げよう」
聞こえぬほどの小声で決意を口にする。
話し合いのために用意された部屋には、10人以上の村人たちが集まっていた。
集まっている人たちの目的は俺。
皆が勇者の恩恵を授かろうとしていた。
俺が訪れたことがあるというだけで、凄まじい宣伝効果があるみたいだ。
元の世界で云うところの、有名人御用達的なヤツだろう。
「ほら、お前達がジンナイ様を困らせるから。まったく、気の利かない」
「……」
まるで理解者のように振る舞う中年の男。
彼はこの村の村長みたいな立場で、この話し合いを取り仕切っていた。
何かあるごとに気を遣ってくるが、コイツが一番厄介だった。
この男は、自分の孫を抱いて欲しい的なこと言ってきたのだ。
最初の方は妙な言い回しが理解できず、俺は曖昧な態度で返答していた。
だが会話を続けているうちに段々と分かってきて、この中年の男が何を要求しているのか分かったとき、俺は歴代勇者たちを罵倒したくなった。
孫へのお慈悲とは、要は抱いてくれだ。
もっと具体的にいうと、勇者の子供が欲しいだった。
勇者の子供にはとても価値があり、そのために孫娘を……
しかもその孫娘はまだ12歳だという。
マジで頭痛が痛い。無茶苦茶な要求だ。
だが男の話を聞くに、昔は割とあった事らしい。
今代では居ないと思うが、昔はふらっとやって来た勇者に娘を差し出し、それで運が良ければ子を宿す。マジでどうなってんだ倫理観。
マジで歴代の勇者たちは何をやってんだと思う。抱いてんじゃねえ。
そういった展開を否定するつもりはないが、やっぱりヤルなよと言いたい。
据え膳喰わぬは高楊枝というヤツだろうか。確かそんなことわざだった気がする。
望んで抱かれた娘さんも居るかもだが、そうでなかった人も居ると思う。
差し出されて抱いちまう勇者も勇者だが――
( それを良しとするコイツらも…… )
目の前の村人たちから、尊敬や崇めるといった気持ちは強く伝わってくる。
懸命に讃えようとしてくるし、悪意的なものは感じない。本当に勇者のことを大事に思っているのだろう。
だが同時に、やべえぐらいの欲望を感じる。
「ジンナイ様?」
「どうなさいました、ジンナイさま?」
「……」
勇者を食い物にする気はないが、その名声による恩恵は授かりたい。
そしてその恩恵を、自分たちに与えられた権利のように思っている節がある。
むしろ、恩恵を授からないことが悪いかのよう。
――マジでどうなってんだ?
こんな酷い状況に、葉月や言葉たちも…………――あっ!
そうか、そうだよな……
葉月と言葉には取り巻きのような護衛たちがいた。
あれは単なる護衛ではなくて、こういった欲望から守るためにいるのだろう。
俺の中では、そういった欲望をぶつけてくるのは一部の権力者だけだと思っていたが、そうではなかったみたいだ。
( むしろこっちの方が厄介だな…… )
葉月なら上手く捌き切れそうな感じがするが、言葉の場合は無理だろう。
彼女は困りながらも親身になって聞き、それで一杯一杯になってしまいそう。
三雲は、自力で全部突っぱねそうだが……
「ジンナイ様、どうか我が家に」
「ジンナイさま、このままウチに泊まっていってくださいな」
「ジンナイ様、是非、わたしに稽古を」
「ジンナイサマ、これは歴代の勇者サマから伝えられしクマの木彫りです」
( いや、クマの木彫りってなんだよ…… )
勇者なら何でも受け入れられてしまう世界。
何ともアホらしい戦慄を抱きながら、取りあえず俺は先送りする。
「………………ちょっと、ラティさんと相談してきます」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はあ、面倒だった。ああ、もっとゆっくりしたかったぁ……」
( 温泉とか混浴とか、混浴とか混浴で…… )
現在俺たちは、馬車を走らせ村から遠ざかっていた。
ラティさんは俺と分かれた後、すぐに出立の準備に取りかかっていた。
こうなることを予想していたのだ。
「まさかあそこまでとは思いませんでした。昔は感情の色が見えたので、すぐに分かったのですが」
そう言ってラティさんは、馬車の後方へと視線を向けた。
遠くの方に薄らとだが、さっきまで俺たちが居た村が見える。
いまのところ追っ手の気配はない
「そろそろ眠らせた人が起きる頃ですねぇ」
「眠らせる魔法、めっちゃ便利だな。どこぞの潜入する蛇みたいだ」
ラティさんは逃走の準備をしているとき、邪魔になりそうな人を片っ端から眠らせていた。昔からよくやっていたそうだ。
だからこそ、俺が”逃げ”を選択すると分かっていたのかもしれない。
「あの、何ですか、その潜入する蛇とは?」
「ん~~、めっちゃ有名な……ダンボールとかに隠れるオッサンかな?」
「はぁ? だんぼーる? その方はとても有名な人なのですね? ヨーイチさんみたいに」
「俺が有名ってのにはまだ違和感があるな」
記憶が無いからそうとしかいえない。
羨望の眼差しを向けられても、俺には何もない。
「色んな意味でとても有名ですから、ヨーイチさんは」
「他にも勇者いるだろ?」
「はい、居ますが、ヨーイチさんは普段森に居ますから、滅多に姿を見せない事でも有名なのですよ」
「んん? レアキャラ的な感じか。だから異様に食いついた……こと?」
「あの、それもありますが、お芝居でも有名ですから」
「くっ」
つい最近あった黒歴史を思い出す。
浮気なんてしていないのに、浮気をした気分になったあの劇。
当分の間は言葉と会うことができない。
ひょっとすると、ああ言うのを観た人にとって俺は、節操なしとかに映っているのかもしれない。
だから孫を――
「はあ~、ラティさん。取りあえず、アキイシの街に戻るのは止めよう。もっと俺のことがしられていない場所に……」
こうして俺たちは、南と西側を避け、比較的安全である北へと向かったのだった。
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あと、誤字脱字も……