死闘
スイマセン、長々とお待たせしました;
偽物野郎が肩を怒らせながら槍を手に取った。
そして『やってやる』と連呼しながら席を立ち、そのまま外へと。
酒場にいる者たちはそれを嘲笑交じりで見送る。
「…………こっそり付いていくか」
「はい、それがよろしいかと、少々よろしくない雰囲気ですし。それと、この子たちはどうしましょう」
「う~ん、連れて行くのは当然危ないから、部屋でお留守番かな?」
「そうですね、では、わたしが部屋に連れていきます。モモさん、リティとお留守番出来ますねぇ?」
「うん、リティちゃんと一緒におるすばんがんばる。イイ子にしてるね」
「……んぅ」
とてもお利口さんな返事をするモモちゃん。
一方リティの方は、ご飯を食べてお腹一杯になったからか、コックリコックリと船を漕いでいた。横になったらすぐに眠ってしまいそう。
愛らしい口元から少しだけヨダレが垂れている。
俺はそれをそっと拭ってやる。
「では、部屋に連れて行きますねぇ」
「うん、お願い。俺はヤツを追う」
ラティさんがリティを抱っこして立ち上がった。
それに付いていくモモちゃん。
俺は料理の支払いを済ませ、出来るだけ目立たぬように酒場を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さてと、あいつは」
偽物野郎は、大物が居る指定された場所へと向かっていた。
そしてその後ろには、俺以外に監視役らしき者が二人。
二人はヤツが逃げないように見張っているのかもしれない。
俺たちは戦いに巻き込まれぬよう、十分な距離を取って後を追う。
「あ~あ、馬鹿なヤツだな」
「ホントそれ、途中で謝ればいいものを、ムキになって後に引けなくなってよ」
「何だってあんな馬鹿なことをやるんだろうな」
「さあ? 馬鹿だからじゃねえの?」
「なるほどな、馬鹿だから馬鹿なことをやるってか、か」
( ……やっぱりか )
監視役の態度と会話を聞いて納得する。
何となくは察していたが、やはりそうだった。
村の連中は、偽物野郎が偽物だと分かっていた。その上で煽ったのだろう。
そして偽物野郎はまんまと釣られてしまった。
これからどういう落し所に持って行くのか分からないが、偽物野郎にとっては碌なことにはならないだろう。
まだ実害は出ていないが、それでも勇者を騙ったのだ。
ひょっとすると重い罪に問われるのかもしれない。
さすがに処刑はないと思うが、この異世界は勇者をやたらめったら大事にするところがある。投獄程度なら普通にありそうだ。
「……まあ、自業自得か」
偽物は俺になりすまして無茶な要求をしたのだ。
同情なんて一切しないし、ちょっと地獄を見て来い程度には思う。
気になることと言えば、ヤツの素性だけ。
最初は教会の回し者かと思ったが、今はただの馬鹿のような気がしてきた。
いくら何でも雑すぎる。それなりの組織だったらそれなりの人間を使うはずだ。
「あっ馬鹿」
「アイツ、なにやってんだ!?」
「ん? 何が――えっ!?」
監視の二人が慌てたので、ひょっとして逃げ出したのかと思い前を見ると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。
偽物野郎の眼前に、そびえ立つような魔物が立っていた。
魔物の大きさは象以上で、見た目はトカゲっぽいが二足歩行で鈍色。
無理矢理例えるなら太ってずんぐりむっくりな恐竜。
一度も見たことがない魔物だ。
その魔物は赤い目をギラつかせながら、迂闊に近づいた偽物野郎を見下ろしていた。完全にヤツの間合いだ。
「マジでデケえ、大物だ……」
中年の男が言っていたことは本当だった。
あの巨体で突進されたら、頑丈そうな村の柵であろうと破壊されかねない。
マジでヤバい魔物だ。
魔物はフンスフンスと息巻いて偽物野郎を威嚇している。
「何やってんだあの馬鹿は、普通気が付くだろう」
「おい、どうすんだよ。魔物を見たら逃げ出すと思ったのに、あの馬鹿、気が付かずに魔物の側まで行きやがったぞ。マジでどうすんだよ」
偽物野郎は足を止めていた。
いや、怯えて動けないのかもしれない。
魔物の前で棒立ちになっていた。
「こりゃ、死んだな」
「おい、どうする? さすがにここまで馬鹿とは思わなかったぞ。オレたちが死体を拾わねえといけねえのか?」
監視役の二人は、頭を掻きながら愚痴のように言った。
どうやら彼らは、魔物を見たら偽物野郎は引き返すと踏んでいたようだ。
実物を見たら俺もそう思う。マジでヤバい。
だが偽物野郎は気が付かずにそのまま近づいてしまった。
ヤツはマジで迂闊すぎた。
「寝覚めが少し悪くなるけど、このまま見殺しか」
「ああ、仕方ねえな。どうやったって助けられねえよ」
「……」
俺は、二人の会話を聞きながら同意する。
大物と呼ばれていた魔物はガチで大物だった。
その辺に居る魔物とはサイズが全然違うし、見た目だってとても強そう。
この前倒した死体魔物とは別格だ。
何となくだが、昔やっていた狩りゲーで乱入してくるモンスターを思い出す。
壮大でおどろおどろしたオーケストラのBGMでやってくるアイツだ。いつも腹を空かせているモンスターだ。
要は、初見じゃとても勝てそうにないだ。
もし倒すのならば、強い仲間を何人も集う必要がある。
とても俺一人では倒すことは出来なさそう。
いま俺に出来ることがあるとすれば――
「…………南無」
祈ることことだけ。
心の中で手を合わせ、俺はそっと身を深く隠した。
横を見れば、俺と同じように監視役の二人も身を隠している。
何とか助けてやりたいところだが、命を賭けてやるほどのことじゃない。
二人が言うように、寝覚めがかなり悪くなるが――
「へ?」
「ん?」
「何だ? どうした――って!?」
何とも言えない気持ちで最後を見取ってやろうと思ったそのとき、ヤツが動き出した。
恐怖に怯え固まっていた身体に活を入れ、偽物野郎が駆け出した。
「おいおいっ、こっち来んぞ!?」
「はあ!? 今さら逃げ出すのかよ!」
偽物野郎は、最後の悪足掻きとばかりに逃げ出した。
しかも嫌なことに、俺たちが潜んでいる方へと走ってくる。
「ヤベえ、このままじゃ巻き添えになんぞ!」
「逃げろ!」
「くそっ」
素直に諦めれば良いものを、偽物野郎は足掻いた。
そしてそれに俺たちは巻き込まれた。
こちらに気が付いた偽物野郎が、必死な半笑いを浮かべながらやって来る。
「た、助けてくれっ! おれはこんな場所で死にたくねえ!」
「ふざけんな! お前は勇者ジンナイなんだろ! だったら一人で倒して死ねよ」
「そうだそうだ、オレらを巻き込むな! 英雄サマなんだから一人で戦って逝けよ。ちくしょう、完全に気がつかれた」
「……」
皮肉交じりの罵倒を上げる監視役の二人。
それはなおも続いた。
「うるせえ! どうせもう気がついてなんだろうが! おれがジンナイ様じゃねえってことを! くそ、ちゃんと謝るから助けてくれよ。見捨てねえでくれよ」
「知るか! 一人で逝け! こっち来んな!」
「ちくしょう! ちくしょうっ」
ぎゃいぎゃいと逃げると一人と二人。
俺は静かにそっと横へと反れる。俺はまだバレていない、セーフだ。
三人が大声でタゲを集めてくれているのだ。
これを利用しないわけにはいかない。俺は彼らを囮にして――
「あ、てめえ、一人で逃げるつもりだな!」
「ちっ!」
「おい! アイツ一人だけで逃げるつもりだぞ! しかも舌打ちしやがった」
「こうなりゃ全員道連れだ!」
「くそ!」
目敏く気がつかれてしまった。
しかも道連れにする気満々で、ヤツらは俺の方へと逃げる向きを変えて来やがった。巻き込みやがった。
三人を追う形で大物の魔物が俺の方へとやってくる。
「くそが! 俺まで巻き込みやがって! 俺はただの客だぞ」
「うるせえ! そんなの関係ねえよ! ってか、アンタ冒険者だろ? 何とかしてくれよ! 無駄にデケえ槍を持ってんだから」
「槍だったらその偽物野郎も持ってんだろ! そいつに頼めよ」
「こんな槍一本で何とかできるように見えんのか! 簡単にヘシ折られるっての。そんでそのままおれが踏み潰されるわ!」
「……」
確かに同意見だ。槍でどうにかなる相手じゃない。
相手は恐竜みたいな魔物だ、大砲とかそういった破壊力があるものが必要だ。
槍で突いたとしても相手の質量に押し潰されてしまうだろう。ダンプカーに棒きれで立ち向かうようなもんだ。
絶対に轢き殺される。
そんなのは絶っ対に嫌だ。
「何が何でもに逃げ切ってやるっ!」
お約束の台詞だが、俺には愛する妻と娘たちがいる。
しかも今日は混浴だ。ラティさんと一緒の家族風呂が待っているのだ。
例え死んでも生還してやる。
「お、おい! 村に逃げ込むんじゃねえぞ!」
「――っ!」
俺は向かっていた方向を確かめ、走っていた方向を変えた。
どうやら無意識に村の方へと走っていた。
危ないところだった。こんな大物の魔物を連れて村へと逃げ込むところだった。
ここは現実で、ゲームのように村へ逃げ込んだら安全というわけではない。
むしろやってはいけないことだ。
リティとモモちゃんを危険にさらすところだった。
「くそっ、ヤケクソだ! やってやるよ!」
「え?」
逃げ回っていた偽物野郎が足を止め、槍を低く構えた。
まさに決死の表情。そして雄々しく吼えた。
「槍WS”ライデーンスラストーン”!」
穂先が白く輝き、それが一条の閃光となって放たれた。
その闇を穿つように放たれた光の刃が、迫りくる大物の魔物の右肩に突き刺さる。
「どうだ!!」
「おお!」
放たれたWSに、俺は大いに期待した。
倒せなくても良い、これで相手が怯んでくれればと――
「あ……」
一瞬も止まらなかった。
まるで何もなかったのように大物の魔物が突進してくる。
「くっ、やべえ!」
「――っ!!!」
WSを放った硬直で動けない偽物野郎を、俺は横から掻っさらうようにして助けてやる。
いくら何でも目の前で死なれるのは勘弁だ。
ドドドと、恐ろしい地響きを鳴らしながら大物の魔物は通り過ぎて行った。
もし巻き込まれたら命は無い。間近で見た魔物はその姿は、俺にそう感じさせるほどの圧倒感があった。本当に恐竜のようだ。
記憶が無いから憶測になるが、この魔物は魔王レベルの魔物だろう。
並の魔物ではない。
「た、助かった。アンタ、ありがとう」
「あ、ああ。だけど、まだ助かったわけじゃない……みたいかな」
通り過ぎて行った魔物が、身体を反転させて再び突進しようとしていた。
逃がすまいと鋭い眼光をこちらに飛ばしてくる。
「くそお、あのバケモノふざけやがって」
「早く立って、次が来る」
俺は無理矢理偽物野郎を立たせ、次の攻撃へと備える。
「何か良い手は……。なあ、アンタたち。この辺に丁度良い感じの穴とか崖ってないかな?」
こう言った大物を相手にするときの定番だ。
パニックモノの映画でちょいちょい見かける例のヤツ。
高さを利用した作戦、相手がデカければデカいほど有効な作戦だ。
「ねえよ、そんな都合のいいもん」
「落とし穴を掘るって案もあったけどよ、あの巨体を落とせるほどの落とし穴なんて簡単に作れ――って、来たぞ!!」
「くそっ」
「ひぃ!!」
俺たちは散開するように散った。
走って逃げ続けるのは無理があるし、走り続けていては体力が持たない。
だから何とか上手く引き付け、俺たちは横へと避けることを自然と選択する。
そして何度も横へと避け続けた。
一度、監視役の男が、護身用に持っていた剣ですれ違いざまに斬りつけたが、その時は表皮と勢いに弾かれ、下手したら突進に巻き込まれるところだった。
それは元の世界でも見たことがあるものだった。
走っている車を横から蹴ったりすると、その勢いに足を取られて転倒。
もし弾かれず剣が深く食い込んでいたら、間違いなく巻き込まれて踏み潰されていたことだろう。
こうして俺たちは完全に手詰まりとなった。
斬撃を飛ばす系のWSはほとんど通じず、横から斬りつけることも危険。
一発で相手を消し去るような攻撃方法があれば良いが、そんな都合の良いモノはない。
ならば隠れられる場所を求めたが、それも無かった。
唯一の救いがあるとすれば、それは魔物の知性が低いこと。
何度も避けられているというのに、攻撃手段が突撃による特攻だけだった。
途中から方向を変えるなどの、そういったフェイントは一切なかった。
とは云え――
「はあ、はぁ……」
「んはぁ、はああ」
「くそ、いつまで続くんだよ、これ」
「……」
俺はまだまだ余裕だが、他のヤツらの体力が尽きかけてきていた。
「馬鹿! ちゃんと立て!」
「はぁ、は、はぁぁ」
偽物野郎が、疲労からか、それとも絶望に心が折れたのかへたり込んだ。
地面に膝を突いて息を荒くしている。
「もぅ、いいよ。どうせ助からねえんだ。だったらもう諦めて一思いに……」
「――っ!?」
処刑執行を待つ罪人のように、偽物野郎が頭を垂れた。
十秒後には大物の魔物によって轢殺されることだろう。
ここで立てと声を掛けて無駄だ。ヤツは完全に諦めている。
「くそがっ!」
見捨てるという選択肢がある。
と言うか、最初はそれを選択していた。
( ――だけど )
目の前で死なれるのは御免だ。
気がつくと俺は、偽物野郎と庇うように前へと出ていた。
「ああああああああっ、くそ! 俺にはラティさんとの混浴が待ってんだ! 絶対に死んで堪るか! 死んでも俺はラティさんと一緒にお風呂に――へ?」
「え?」
「は?」
「……ん?」
こちらへと突進を仕掛けようとしていた大物の魔物が、黒い霧とへ変わった。
ちょっと語彙力が足りない説明になるが、『シュ、シュシュ』って感じでラティさんに首を刎ねられたのだ。
まさに一瞬の出来事だった。
「あの、ヨー、……いえ、ジンさん。あまり恥ずかしいことを叫ばないで下さい」
「あ、え? は、はい」
俺が以外にも全員が呆気に取られていた。
あれだけ恐ろしかった魔物が、本当に一瞬にして狩り取られるように倒されてしまったのだから。
「お、おい、アンタ、あの魔物を倒したのか? あ、いや、倒したところはちゃんと見たんだが、どうにも信じられなくて、いや本当にあり得なくて」
「あ、ああ、そうだ。一体どうやってあの魔物を……」
監視役の二人が、信じられないといった感じでラティへと尋ねた。
目にしたのに信じられないと、そんな感じだ。
「た、すかったのか? おれは……」
倒す瞬間を見ていなかった偽物野郎が、何とも言えない表情で辺りを見回す。
霧散していく黒い霧が魔物を倒した証だが、実はどこかに潜んでいるのではないかといった様子。
「さあ、戻りましょう。あの子たちが待っております」
「う、うん。帰ろう」
ラティさんに手を引かれ、俺はようやく動くことができた。
そして心の中に歓喜が吹き出すように渦巻く。
――そうだ、
俺はこれから混浴さんなんだ!
生きて混浴できるんだ! 人生初の混浴だ! たぶん……
とんでもなく嬉しい。マジで嬉しい。
今の心境を言い表すのならば、『ラ○ァ、ごめんよ。僕には混浴できる所があるんだ。こんな嬉しいことはない』ってヤツだ。
絶対危機的状況から生還した戦士の気分で歩いていたら、後ろから声を掛けられる。
「お、おい、アンタ! アンタ、おれの瞬迅にならねえか? アンタと一緒ならおれはジンナイになれる。今度は絶対にバレねえか――っぶべら!?」
偽物野郎の人中に、俺は深々と拳を叩き込んだ。
マジで何を考えているのか分からんが、コイツはラティさんに瞬迅役をやらせるつもりだ。
本当にふざけたヤツだ。
「おい、アンタたち。このクズのことは任せたぜ」
「あ、ああ……分かった」
少し語気が荒くなってしまったが、今だけは許して欲しい。
俺は偽物野郎のことを監視役の二人に任せ、ラティさんと一緒に混浴が待っている村へと戻ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……あの、ラティさん。そのタオルは? 何でタオルを巻いて入っているの?」
「はい? あの、これですか? 温泉にはタオルを巻いて入るのが当たり前なのでは?」
宿に戻った俺たちは、予約していた個室の温泉へと向かった。
本当は子供たちと一緒の予定だったが、リティとモモちゃんは待っている間に眠ってしまっていたのだ。
だから無理に起こす必要はないとして、俺はラティさんと一緒に温泉に入ったのだった。
つづく
読んでいただきありがとうございます。
今回は本当にお待たせしてしまって申し訳なかったです。
次回はこのまま温泉回です。