偽物頑張る
話の流れが変わってきた。
最初の方はこれでもかとチヤホヤする感じだったが、それが変わった。
何というか、後に引かせない的なモノを感じる。
大黒様みたいな好好爺の笑みなのに、妙な圧がある。
「何卒どうか、どうか、町の外にいる魔物を……」
「あ、ああ……魔物ね。ああ、おれは魔王を倒したことがあんだぜ? その辺にいる程度の魔物なんて楽勝だぜ。魔王に比べれば屁でもねえぜ。マジで余裕過ぎ、うん、余裕……」
「なんとぉー!」
「さすがジンナイ様、何と頼もしい」
「おい、聞いたか。ジンナイ様がヤツを倒してくれるってよ」
「誰かぁ、ジンナイ様に一番イイ安い酒を持ってきてくれ。オレの奢りだ」
「それならワイは――」
わっと盛り上がった。まるでお祭り騒ぎのよう。
誰もが勇者ジンナイに絶大の信頼感を抱き、いや、馬鹿みたいに信頼している。
「おい、完全に不自然だろ……」
「そうですよねぇ」
「あおう?」
偽物野郎は明らかに動揺している。
目は泳いでいるし、勢いはあるが先ほどまでの自信は感じさせない。
良く見れば手に持ったジョッキが揺れている。
「で、さ、ちょっと確認なんだけど、その倒して欲しい魔物って、ミドリブタとかかな? そんな感じの魔物だよな?」
「はは、またまたそんなご冗談を。ミドリブタ程度でしたら村の者で倒していますよ。倒して欲しいのはかなりの大物ですが、まあジンナイ様なら余裕ですね」
「へ、へぇ、大物か、は、はは、腕が鳴るな。久々の大物狩りかな? まあ、もっとデカい魔王と戦ったことあるし、余裕かな。確か魔王は50メートルぐらいあったし、それに比べれば全然楽勝だぜ」
――おいっ、50メートルって何だよ!
いくら何でも話を盛りすぎだろう! デカ過ぎんぞ!
話を盛るにも程がある。
50メートルもある魔物なんて居るわけがない。
そもそも50メートルと言ったら、元の世界にあった一番有名な凱旋門ぐらいの大きさだ。かなりデカい。文字通り見上げるデカさだ。
そんな巨体を相手に、いくら勇者とはいえ勝てるわけがない。
ペチペチとぶっ叩かれて速攻で終わりだ。
どう考えても勝てるビジョンが浮かばない。
絶対に勝てるわけがない。
「ったく、いくら何でも話を盛りすぎだろ。普通に考えて50メートルもあるヤツと戦えるかよ。どんな超人だよ。ねえ、ラティさん」
「あの、ヨーイチさんは戦っておられましたよ」
「へ?」
「ヨーイチさんは自ら先陣を切って、そのとても大きな魔王と戦いましたよ」
「いやいやいやいやいやっ、無理でしょ! そんなデカいの相手にって、いくら何でも……ねえ?」
「あの、本当です。しかもその魔王と真っ向から打ち合いもして、本当に凄かったですから」
「マジかぁ……」
記憶を失う前の俺は、マジで勇者だった。
ちょっと想像ができない。そんな巨体を相手に真っ向から戦ったなど。
だが、ちょっと気分が良い。
何故なら、モモちゃんが目をキラキラさせて俺のことを見ているから。
これは完全に尊敬の眼差しだ。
「お母さん、いまのってほんとう? じゃあ、サリオお姉ちゃんが言ってたことはウソだったの?」
「はい、ヨーイチさんは逃げ遅れた人を助けるために身体を張って、魔王の攻撃を全部打ち落としていましたから。あと、サリオさんは何を教えたのでしょうねぇ」
「すごいっ! すごい」
ちょっとニヤニヤが止まらない。
これは父親の威厳がバリバリだ。
「あの、わたしが話を逸らしてしまって申し訳ありませんが、あちらの方を」
「あ、ああ、そっか」
とても心地良い脱線だったが、今は偽物の動向の方が重要だ。
ラティさんに促され、再び偽物野郎を観察する。
( ……ヤツは教会の回し者か? それとも他の勢力か? )
見極める必要がある。
そう考えながら偽物野郎を見ていたら、丁度何かを言うところだった。
「そっか~デカいのか。でもさ、ここの村ってしっかりとした柵があるんだから、そこまで気にする必要もねえんじゃねえかな? な? な~?」
確かにその通りだ。
この村の柵はとても頑丈そうで、ちょっとやそっとじゃ壊れないだろう。
例え自動車が突っ込んできたとしても、あの柵なら止めるだろう。
もしあの柵を壊すのなら、ダンプカーでも突っ込ませる必要がある。
それぐらいしっかりとした作りだ。
そんな頑丈な柵に守られているのだから、そこまで無理する必要は……
「それがですね、その柵を壊しそうなほどの大物でして。だから早急に討伐する必要があるのですよ」
「――は?」
偽物野郎の顔色が変わった。
でもその気持ちは良く分かる。あんな頑丈そうな柵を壊せそうなほどの大物だと言われたら俺だってビビる。
――ってか、絶対に無理だろ?
どんだけデカいんだよその魔物? 怪獣か?
もし本当にそんなのが居んなら……
「勇者ジンナイ様、どうかお願いします」
「え、えっと……その、倒してやりたいのは山々だけど、ちょっと急がないとでな、ほら、おれって忙しいし、そろそろ町を出ようかな~って」
「おや? 先ほどはここの宿に泊まっていく様なことをおっしゃっておりましたが?」
「うっ、それは……」
「ジンナイ様は人格者で、悪いことは一切せず、困っている者が居れば分け隔て無く助けてくれる方だと聞いております。ですので、何卒、何卒、我らをお助けください」
本当は気が付いているんじゃねえかと思えてきた。
何だか煽っているように聞こえてきた。
それに、俺は自分が人格者とは思っていない。
誰だろうと助けるほど優しくはない。
どちらかと言うと身勝手な方だと思う。
記憶を失っているとはいえ、その程度のことは分かる。
「さすがに俺はそこまで聖人じゃねえだろ。理不尽な嫉妬とか妬むとかそう言う下らないことはしないけど、嫌なことがあれば怒るし、ムカつくヤツはムカつくし、それに、困っている人を見たらすぐ助けるってこともないと思うし。ねえ、ラティさん」
「あの、とても返答に困るのですが……」
何故かラティさんが困惑していた。
俺は何か困らせるようなことでも言ったのだろうか。
スッと目まで逸らされてしまった。
俺は慌ててラティさんの機嫌を取る。
目を合わせてくれないのは死ぬほど辛い。
マジで辛い。
「分かったよ! 行ってやるよ! 行って倒してやるさ!」
「おおっ! さすがジンナイ様」
――ん? あれ?
「いいかっ、倒して戻ってきたら絶対に約束守れよ!」
「はい、お約束の報酬ですね。きちんと金貨でお支払い致します」
「あとアレだ! コイツを夜の”瞬迅”にさせろ。風呂でキッチリ可愛がってやるからな。死闘での高ぶりそこで鎮めさせてもらうぜ」
ラティさんとわっちゃわっちゃしているうちに、どうやら話は纏まったようだ。
偽物野郎が、勇者ジンナイとして大物を倒しに行くことなったみたいだ。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら幸いです。
あと、誤字脱字なども……