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二人目のジンナイ?

「え? 俺?」


 少し離れた奥の席に『おれ』がいた。

 正確には俺じゃないが、この酒場にいる人にとっては(陣内)らしい。


 一体何事か、取りあえず静観する。

 というよりも、正直混乱している。訳が分からない。マジで誰。

 ひょっとするとこれは、異世界風オレオレ詐欺なのかもしれない。

 

 しかしここは冷静に対処を――


「――いや、待て! え? 俺? おれぇぇぇ?」


 落ち着こうと思ったが無理だった。

 なんかドヤ顔がした男が俺のフリをしている。

 しかもご丁寧に槍と木刀といった小道具までも。

 

「えっと……あいつは……えっと?」


 思考が上手く纏まらない。こんな困ったときはラティさんだ。

 俺は記憶を失ってはいるが、困ったらラティさんと魂で解っていた。

 チラリとラティさんの方を見る。


「また、ですか……」

「え? また?」


「あの、前にも一度、似たようなことがあったのです」

「へ? 前って、俺が記憶を失う前だよね? え? 前にも似たようなことが?」


「はい、ヨーイチさんの名を騙る者が現れまして、そのときはヨーイチさんの名を騙ってお金をせびっておられましたねぇ」

「ちょ!? え、それってスゴく迷惑なんじゃ――あっ!」


 ふと、あることが脳裏を過ぎった。

 それは、誰かが偽物を使って俺のことを陥れようとしている。

 

 この予想は案外外れていない気がした。

 俺のことを良く思わない勢力がいて、そんで俺の評判を落とす的な作戦。

 ひょっとするとアイツは、例の教会の回し者かもしれない。

 だが――


「でもさ、【鑑定】で見れば一発でバレるよね? ステータスプレートに名前が書いてあるってか、表示されてんだし」


 そう、この異世界では誰もが【鑑定】という能力を使うことができる。

 稀に使えない者もいるそうだが、そんなのは本当に極少数らしい。この俺でも使えるのだから。


「どうすんだろ、あんなの速攻でバレるよな?」

「そうですよねぇ」


 教会の画策を疑ったが、ちょっと考えたら破綻する程度のモノだった。

 いくら何でもお粗末すぎる。

 

「あの、ジンナイ様。ステータスプレートのお名前なのですが……その」


 ( あ、やっぱそうなるよな )


 偽物に話し掛けていた男が、おずおずと言った感じで尋ねた。

 やはりというべきか、【鑑定】したのだろう。

 

「ああ、名前? これは偽装してんだ」

「え? 偽装とは?」


「ちょっとある仕事を請け負っていてな、それで目立つわけにはいかなくてステプレを偽装したんだ。だから名前のところがニュクルになってんだろ? 付加魔法品アクセサリーを使って名前を変えてんだよ」


 そう言って偽物野郎は、これ見よがし腕輪をチラつかせた。

 それがその付加魔法品アクセサリーだと言外に。

 

 その話を聞いてホッと胸を撫で下ろす中年の男。


「そうですか! だからお名前が違うのですね」

「まあな。外すと効果が切れちまうから外せねえんだ」


 『フッ』としたり顔の偽物野郎。 

 名前を尋ねられることは想定済みだったようだ。

 得意げなタレ目にちょっとイラッとくる。


 しかしこれには説得力がある。

 マジで説得力がある。

 説得力があり過ぎる。


 何故なら、俺《本物》が全く同じことをやっているから。

 これ以上にないぐらいの説得力だ。思わず俺まで納得しかかる。

 ヤツは俺かもしれない。


「……あの、ヨーイチさん。何か突拍子のないことを考えていませんか?」

「あ、いや、えっと……」

「お父さん……」


 ラティさんがジト目で俺のことを見つめてきた。

 そしてその下では、お母さんの真似をしているのか、リティもジト目っぽい感じの目で俺のことを見上げている。モモちゃんからは不安そうな視線。


「うっ……と、取りあえず、どうしようか?」

「そうですねぇ。何とか止めさせたいところですが、迂闊には……」


「うん、下手に目立つわけにはいかないよね」


 俺たちはお忍びで旅に出ている。

 だから目立つわけにはいかないし、俺の正体を明かすのは以ての外。

 やんわりと注意できれば良いのだが、今はそういう雰囲気ではない。 

 偽物の周りにドンドン人が集まって来ている。


 中には偽物野郎に握手を求める者。


「マジでどうしたらいいだ……」


 まだ何かがあった訳ではないが、絶対に面倒ごとが起きるヤツだ。

 例えば俺の名を騙って金を借りたり、借りた金を踏み倒したりなど、やりようはいくらでもある。放置できない案件だ。


 どうしたら良いかと眺めていたら、村の娘らしき子がヤツに話し掛けた。


「あ、あの、ジンナイ様。確かジンナイ様には、瞬迅という相棒の方がいらっしゃったはずですが、その瞬迅は今どこにいらっしゃるのでしょうか? 私、とっても憧れていて」


 俺も有名だが、一緒にいるラティさんもかなり有名人だ。

 だからラティさんが居ないことに違和感を覚えたのか、一人の女性がそんなことを偽物野郎に尋ねた。


「ああ、瞬迅か。彼女とはちょっと別行動中なんだ。いや、もしかしたら……もう一緒に居ることは……」

「えっ……それってまさか……」


 もの凄く含みのある言い方。

 何というか、今の言い方じゃあ『実はもう別れてます』に聞こえてくる。

 マジで止めて欲しい。もし信じる人が出て来たらどうすんだ問題だ。


「あの、そう言えば、前のヨーイチさんの偽物が現れたとき、わたしの役は猫人の冒険者の方でしたねぇ」

「え? 猫人の人がラティさんの偽物を?」


「はい、あれは少々雑でした」

「ラティさんの偽物も居たことがあるんだ」


「わたしたちはいつも一緒でしたので、無理矢理代役をさせた様子でしたねぇ」

「ちょっと見てみたかったな、それ。でも今は」

「はい」


 前の偽物がちょっと気になったが、今は目の前の偽物をどうしたら良いか考える。

 

 放置はできない。

 だが本物のジンナイは俺だと名乗り出ることもできない。

 アイツは偽物だと咎め追求しても、その根拠を示さないとならないし、そうなると色々と面倒そうだ。


 また新たなヤツが話し掛けにいった。

 今度は青年だ。


「あ、それが噂の世界樹の木刀ですね。一度、劇で観たことがあるんですよ」

「ああ、例の劇かぁ。あれってちょっと脚色されてんだよな~。本当はこれ、世界樹の木刀じゃないくて、終焉(ラグナロク)の木刀なんだ」


「なんと!? ラグナロク!」


 衝撃の事実といった感じで驚く男。

 何とも心が躍るワードに惹き込まれ、周りに居る村人たちも『スゴいスゴい』と謎のヨイショを連呼している。


「本当に木刀を使われているんですね、ジンナイ様」

「ま~ね」


 可愛らしい村娘に鼻の下を伸ばす偽物野郎。

 ヤツは得意げに木刀を撫で、そのまま調子に乗り出した。

 

「キミ、可愛いね。どう今夜?」

「――え?」


「今夜、おれの瞬迅にならないか? とっておきの別の木刀も披露するぜ」

「え? え?」


「だからさ、今夜、俺の相棒、俺の瞬迅にならないかい? すげえ木刀をくれてやるぜ? いや、槍かな?」


 ヤツはトンデモねえ下ネタを言いやがった。

 ”瞬迅”とは二つ名であり、瞬くように(はや)いと言う意味だ。

 決して俺の彼女を示す言葉ではない。


「あの、困りましたねぇ」

「くそ」

 

 本当に困った。

 これ以上子供たちに聞かせたくない。

 そろそろ何とかしないといけない。


 だが、どうしたら良いのか……


「あの、ヨーイチさん。わたしが行って止めてきましょうか?」

「え? ラティさんが? でもどうやって止めるの?」


「少々力押しになりますが、捻って懲らしめてやれば良いかと」


 確かにそれは有効な方法だろう。

 サクッと痛めつけてやれば、ヤツが偽物だという証明になる。

 天魔の英雄と呼ばれるヤツが弱いわけがないのだから。 


 しかしそうなると、やはりこちらが目立ってしまう。


 そしてそうなると、俺たちのことを詮索するヤツが出て来るかもしれない。

 そうなるとこの町を早々に立ち去る必要が出て来る。当然、頼んでいる個室の露天風呂は無しだ。


「――くそっ、どうしたらいいんだ」


 個室の露天風呂を諦める訳には絶対にいかない。

 そんな機会は滅多にないし、今さら諦めるのは本当に無理だ。

 家族の団欒を死守したい。


 それに、ラティさんと一緒のお風呂も……


「あ~~、ちょっと頼みがあるんだけどよう」


 偽物野郎が、少しだけ真剣な声で中年の男に話し掛けた。

 今まであった軽薄さ無くなっている。

 それを感じ取ったのか、話し掛けられた中年の男の方も身構えた。


「はい、何でしょうか、ジンナイ様」

「実はな、いま請け負っている仕事で……ちょっと入り用でな。少しだけ金を貸してくれないか? もちろん仕事が終わって報酬を貰ったら倍にして返してやる」


「え? お金を、ですか?」

「ああ、アンタを男と見込んで頼んでいる」


「わ、私をですか?」

「ああ、目を見れば判る。おれには判るんだ、アンタは漢だ。だから、おれの仕事を手伝ってほしい。こんなことを頼めるのは男の中の漢のアンタだけだ」


 何か格好良いことを言っているが、どう考えてもおかしい。

 そもそも目を見れば判るって何だよだ。出会ってから十分程度の仲だろう。

 そんなんで騙されるとは――


「なんとっ、見抜かれてしまわれましたか。ええ、私は男の中の漢」


 ( おいっ! )


 中年の男は、ちょっと良いことを言われて良い気分になってしまっていた。

 あのままコロッと騙されるのではと心配になる。チョロすぎる。


 ( もう無理か、風呂は諦めるしか…… )


 もうこれ以上はマズい。

 個室の露天風呂は諦めるしか……


「――ですが、単にお金を渡してしまっては、ジンナイ様の名に傷がつきます」

「え?」

「へ?」


 ちょっと流れが変わった。

 あっさりと金を渡すと思われたが、何やら少し違う様子。

 中年の男は堂々と言い放つ。


「ジンナイ様に、ご依頼したいことがございます」

「い、依頼?」


「はい、ご依頼です。この町から南に少し行ったところに住み着いた魔物を討伐して頂きたいのです。さすれば、お望みの報酬をお渡しすることができます。ジンナイ様の名前を傷つけることなく、堂々とお渡しすることができます」


読んでいただきありがとうございます。

よろしければ感想などいただけましたら嬉しいです^^


あと、誤字脱字なども……

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― 新着の感想 ―
[一言] ·····あの中年、実は解っててやってね···?
[気になる点] 前にも一度、、、一度? あれ?猫人だっけ? 瞬迅役は狼人だったような? 「尻尾に触れてイイのは、、、」 とか、言ってた 前にも何度かでは、、、?
2021/03/08 20:37 月夜の仔猫
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