すげええヤツが現れた!
あれです、温泉編です!
負の遺産を作った俺は、アキイシの街を逃げるように出立した。
これにはちゃんと理由がある。俺がフラフラしていることを教会のヤツらに知られてはいけないのだ。
そう、ギームルとの約束だ。
俺がフラフラしていることを知られると葉月に迷惑が掛かるらしい。
決してジジイが怖い訳はない。
そして、気まずくて言葉から逃げた訳でもない。
だってほらね、モモちゃんからの視線が何だかアレだし、そこに言葉が来た日にはマジでアレがアレだ。ホントにアレだ。
三雲のお陰で何とか誤解は解けたのだ。
また再発されて困るし、誤解は完全に解けた訳ではない。
いつもよりも距離を感じさせるのだ。
そんな様々な理由があってアキイシの街を後にした。
そして逃げた先ではなく、目指した先はナンセイの村。
その村はアキイシの街から馬車で半日ほど走らせた場所にあり、とてものんびりとした穏やかな村らしい。
聞いた話によるとその村には、秘湯のようなモノがあり、知る人ぞ知る的な村だとか。要は、ゆっくりと落ち着ける隠れ里だ。
取りあえず俺は、その秘湯でまったりすることにした。
そしてあわよくばアレだ。
俺は期待を胸に馬車を走らせたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ナンセイの村に、予定通り辿り着くことができた。
村は丸太で組まれた柵で囲まれており、ちょっと前に迷い込んだネトリ村よりもしっかりとした作り。とても頑丈そうだ。
パッと見の感想は、何となく金が掛かっていそうな感じ。
そしてこういった場所は。
「……ここって、入るのにお金とか掛かるかな?」
「あの、どうでしょう。あ、必要みたいですねぇ」
そう言って示された先には、入園料みたいな看板があった。
示されている金額は一人銀貨1枚。
安くはないが高くもない。だけど4人だと高く感じてしまう料金。
俺は四人分の銀貨を払い、馬車に乗ったまま村へと入る。
「まずは、宿を決めるか」
「そうですねぇ、ゼロゼロも早く休ませてあげたいですし」
「ああ」
うちのゼロゼロはとても優秀なお馬さんだ。
八本脚のオレンジ色のスレイプニール。
ゼロゼロは他のスレイプニールよりも小柄だが、とても力強くその上軽快。
そして賢くてイイ子。
本来馬車は、ゆっくり進む荷馬車以外は複数の馬で引くものだ。
だかウチのゼロゼロは一頭なのに余裕で引いてくれる。
買ったときの記憶はないが、とても良い買い物をしたと思う。
「ゼロゼロ、すぐに休ませてやるからな」
そう語りかけながら、辺りを見回して宿屋を探す。
今までの経験上、宿屋はあまり奥の方にはない。わりと手前の方にあることが多い。
「あ、あった」
「すぐに見つかりましたねぇ」
どうやらこの村も例に漏れず、宿屋は入り口の近くにあった。
そしてその宿屋をよく観察すると、宿の奥の方に湯煙が立ち昇っていた。
俺の中で期待値が跳ね上がる。
「よし、ここにしよう」
「はい」
俺たちは宿屋へと向かい、馬車を預けて部屋を借りる。
宿代は思ったよりも高く、ゆったりできるようだがお財布には厳しい様子。
しかも風呂代も高い。
だが、個室の露店風呂が借りられるようなので良しとする。
これはとても大事なことだ。
そう、お風呂でモモちゃんとコミュニケーション取って誤解を完全に解くのだ。
家族で風呂に入るのだ。
「あの、この個室風呂ってのをお願いしたいのですが」
「こちらですね。確認しますので少々お待ちください」
宿の女将さんらしき人にそう尋ねると、彼女は奥へと確認に向かった。
そして申し訳なさそうな顔をして戻って来た。
「申し訳ありません。いま湯を用意しているので、御用意できるのは二時間後になります。それでもよろしいでしょうか?」
「ん? 湯の用意? ん?」
湯の用意のことを尋ねた。
温泉なのだからお湯は沸いているはずだ。
だから湯の用意という言葉に少し違和感を覚えた。
もしかする風呂場の掃除のことかもしれないと。
しかしその予想は、裏切られる形でハズレた。
「……ラティさん、温泉ってさ、地面からお湯が湧き出してくるヤツのことを言うんだ。確かマグマで地下水が温められてだっけかな?」
「あの、マグマですか」
「まぐぅ?」
リティを抱っこしたラティさんが、不思議そうに首を傾げた。
それを真似っこするようにリティもコテンと首を傾げる。まあ可愛い。
「うん、マグマ」
どうやらマグマを知らないようだ。
それもそのはず、この異世界にはマグマが無かった。
ここには火山と呼べる山がなかったのだ。
だからこの宿にある温泉とは、ただの湧き水。
その湧き水に焼いた石を放り込んで温めているとのこと。
これは俺の憶測だが、たぶん過去の勇者が温泉を求めて工夫したのだろう。
温泉が無ければ、それに近いモノを作れば良い的な考えで。
「まあ、そっちの方がいいか。硫黄臭くなさそうだし」
俺は別に温泉の効能を求めてはいない。
求めているのは、家族で一緒に入れる言い訳だ。
だから個室風呂に入れるのなら問題ない。
それに湯が濁っていることもないだろうし、むしろプラスだ。
問題があるとすれば、みんなで入れる大きさかどうか。
そこを女将さんに確認したところ、彼女からは良い返答が返ってきた。
全員が余裕で浸かることができるサイズで、もっと人数が増えても問題ないとのことだ。
なので俺は、個室の露天風呂をお願いした。
お湯が温まるまで時間があるので、食事を先に取ることにする。
「この廊下を行った先に、お食事ができる場所が御用意しております」
「はい、ありがとうございます。行こう、ラティさん、モモちゃん、リティ」
俺はラティさんたちと案内された場所へ向かう。
そして向かった先は、何故か酒場だった。
「あの、どうやら宿屋に併設されたお店のようですねぇ」
「なるほど……」
異世界での宿屋は、大体が一階が食堂か酒場で、二階が泊まる部屋になっていることが多い。
だがこの宿屋は、一階は入浴施設。
だから横に併設したのだろう。
「宿泊客以外も多いな……」
「この町の方ですかねぇ」
見慣れた作りの酒場。
併設された施設だから、もっと気取ったものかと思ったがそうではなかった。
農作業を終えたような格好の人が一番多い。
冒険者らしき者は、俺たちを除いて一人だけ。
槍をテーブルに立てかけた黒髪の冒険者らしき男が奥の方に居た。
良く見ると、その男は腰に木刀らしきモノを佩いている。
何となく不思議な既視感を覚えるが、取りあえず席を決めることにした。
「席はここでいいかな」
特に案内とかなかったので、俺たちは近くの席に座った。
そしてさり気なくモモちゃんの横を取ってみたが、少しだけ離れられてしまった。
実は今日、モモちゃんと一度も話せていない。
「どれにしますかねぇ」
ラティさんはリティを膝の上に乗せながらメニューを見る。
俺もメニューを見ながら、それとなくモモちゃんに何を頼みたいか聞き、少しでも会話を試みる。
「モモちゃん、モモちゃんは何を食べたいかな? 好きなので頼んでいいよ」
「…………お父さんと一緒の食べる」
「――っ!?」
モモちゃんから挑戦状がきた。
彼女の真意は分からないが、これは多分だが試されている。
もしかするとだが、少しだけ歩み寄ってくれたのかもしれないが……
この選択は非常に大事だ。
ここは絶対にガッカリさせてはならない。
俺の父親力が試されるとき。
「……ならば、ここは鉄板でっ、すいません、このすき焼き上っての二人前お願いします。もちろん生卵も付けて」
この異世界ではすき焼きが人気だと聞いている。
サリオから聞いた話だが、何でもお誕生日すき焼きなるものあるだとか。
だから俺は手堅くいった。
「おいしい」
「うん、良かった」
はふはふとすき焼きを頬張るモモちゃん。
一緒に鍋をつつくことでわだかまりが解けてきた気がする。
あとは一緒に温泉に入れば完璧だ。
そうすればいつもの明るいモモちゃんに戻ってくれるはず。
その為なら、すき焼き代銀貨42枚など安いものだ。
「はい、お肉」
「ありがとう、お父さん」
全力で甘やかす。
子供に野菜をすすめる必要はない。
肉は全てを解決する。
「おい、本当にここに居るのか?」
「うん、絶対そう。さっきチラッと言ってたもん」
「本当だろうな!?」
( ――ん? 何だろ? )
中年の男性と村娘の会話が耳に入ってきた。
聞き耳を立てていた訳ではないが、聞こえてきた声音に抑え切れない興奮のようなモノがあったのだ。
だから少しだけ気になってしまった。
「この村に、ここに勇者ジンナイ様が来ているのだな!」
「来てるって、ほら、あの人」
「――っ!?」
思わず固まってしまった。
俺のステータスプレートは付加魔法品で改ざんされている。
宿の台帳にだって『ジン』と偽名で書いた。
だから簡単にバレるはずがない。
――くそ、どこでバレた!?
まさか、改ざんを見破ることができるヤツが居るとか?
マズいな、まさかバレるとは…………ん?
勇者ジンナイを探している中年の男性は、俺の方ではなく奥の方へと向かって行った。
そしてその先に居るのは――
「……失礼します。あの、もしかして貴方さまは、天魔の英雄こと勇者ジンナイ様ですか?」
中年の男性は、奥の席に居た黒髪の冒険者にそう尋ねた。
俺は何とも言えない鼓動を刻みながらそれを見守る。
「ふ、バレたか」
「おおっ!! やはり!!」
「ああ、そうさ、おれは勇者じんない。あの魔王を討伐した勇者じんないさ」
俺の目の前に、何故か勇者ジンナイが現れたのだった。
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