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時間をありがとう

明けましておめでとうございます

「ジン。そんな気にすんなよ。――へい、ざまぁ」

「そうそう、こんなことはよくあることだ。まあ、飲めよ。――へい、ざまぁ」

「少し時間をおきゃぁ落ち着くっての。――へい、ざまぁ」

「お~い、コイツに一番安い酒を頼む――へい、ざまぁ」


「アンタら、俺をなぐさめる気ゼロでしょう? そうでしょう! あと、何ですかその語尾ってか、語末は!?」

「あん? ちょっとした口癖だ、気にすんな。――へい、ざまぁ」

「そうだぞジン。そんなことを気にするよりも、オマエはモモちゃんのことを考えろよ浮気野郎。――へい、ざまぁ」


「ちくしょーーー」

「「「「「「「へい、ざまぁ」」」」」」」」


 現在俺は、ある酒場に居た。

 周りに居る人たちは、言葉(ことのは)と一緒に居る冒険者の人たちだ。

 朝帰りをしてモモちゃんに嫌われて絶望していた俺を、この人たちが励まそうと酒場へと引っ張り込んだのだ。


 しかしこの人たちは、慰める振りをして俺の不幸を酒の肴にしている。

 バンバンと肩を叩きながら色々と言ってくるが、最後にはきっちりと落としてきやがる。この人たちには人の心がない。


 それでも今は、こうやって話を聞いてくれることが……嬉しい。


「くう、埋められていたからちょっと朝帰りになってしまっただけなのに……。なのにモモちゃんが俺のことを……」

「そっか~~、ちょっとだけ朝帰りだったんだ~。ほ~~ん、そうか~」

「あ~~、ちょっと唇が触れた件はスルーなんだ? え、おい」

「ちょっと事故っちゃった、ってか、おい!」

「死ねよオマエ。お~い、コイツに一番良い毒を一杯頼む。大至急だ」


「い、いや、それは……」


 なんと言葉(ことのは)さんは、チューの件を言ってしまっていた。

 穴に埋められて制裁されている俺を見て、ちょっと唇が触れてしまっただけと、そんな風に擁護したのだ。


 そこからの制裁は苛烈だった。

 最初は三雲の指示で笑いながら土をかぶせていた連中だったが、それを聞いた途端本気(ガチ)になった。汚物と汚水の比率が跳ね上がった。かぶせてくる土の量も激増した。

 

 中には、イワオトコを落とそうなどという声も聞こえた。


 イワオトコがどんなモノなのかは知らないが、その名前から察するに、とても重そうなモノなのだろう。


 取りあえず色々とヤバかった。

 よく生還できたとも思うし、いくら何でもやり過ぎだろうとも思う。

 生き埋めにされる恐怖は半端なかった。どれだけ命乞いをしても土は止まらず、本当にガチでマジで怖かった。


 そんな状況から生還したにもかかわらず……


「うう、モモちゃ~ん……。あの朝帰りは仕方なかったんだよ~。決死の生還だったんだよ~、慰めて欲しかったよ……」

「あ、そういや、瞬迅は何も言ってこないの? チューのこと」


「瞬迅? ああ、ラティさんのことか。ラティさんは……一応許してくれました。でも、もうちょっとモモちゃんを説得するから、また外にって……」

「ちっ、つまらねえ」

「くそが、捨てられろよ」

「腐り落ちろ」


「いま、舌打ちしましたな! あと、絶対に捨てられないですからね!」


 モモちゃんはどっかの誰に、『朝帰りはダメ』って聞いていたらしい。

 朝帰りは浮気の証拠、絶対にダメと……。


「誰だ、余計なことを子供に吹き込むヤツは……」


 二人ほど心当たりがあるが、それが分かったとしても詮無いこと。

 今はそんなことよりも、モモちゃんの機嫌が良くなるのを祈るのみ。

 ラティさんへ願いを託す。

 

「あ、そういやよう。アレが流行っているらしいな。聞いたか?」

「え? アレ? とは?」


 突然の切り替わりに、俺は首を傾げながら話の続きを待つ。


「昨日、オマエがやったことだよ。コトノハ様を抱えて走ったアレだ」

「はああああああああ? なに? それ?」


「だから、街の中を爆走してただろ」

「え? アレが流行った? え? ちょっと待って下さい、理解が追い付かない」


 昨晩の爆走はちょっとした黒歴史だ。

 いくら逃げるためとはいえ、女性を抱えて街の中を走るのはやり過ぎだったと思う。

 もの凄い注目を集めていたのを覚えている。

 だからとは言え……


「あの、流行っているってのは……具体的にどういう風に?」

「うん? ああ、抱えて走っているのを見てな、昨日コトノハ様たちが観た劇と同じだって気が付いたヤツが居てな、それで『爆走(アレ)』は、劇の真似をしたんだろうってなったんだよ。そんでそれからな、ああやって走り切ることが出来たら、その男女は幸せになれるってウワサが広がってな」


「あ~~そういやさっきさ、アレで競争する祭りをやるとかって聞いたぜ」

「聞いた聞いた。そんで一位のヤツに賞金とか出すってヤツだろ? ホント、ここの領主さまはそういうのが好きだよな。これから毎年やるとか言っているらしいぜ?」


 たった一夜にして、俺の黒歴史が街の祭りになりそうだった。

 しかも毎年の恒例行事になりそうな勢い。 

 

「と、止めましょう。さすがにそんな阿呆な祭りは……」


 いくら何でも嫌すぎる。

 その祭りが本当に開催されることになったら、開催されるごとにアレを思い出すことになる。

 

 しかもそれがモモちゃんに知られた日には……


「おいっ、やべえぞ! 昨日抱えられていた人がコトノハ様って特定された! そんで凄え大盛り上がりだ! マジで凄えことになってんぞ」

「詰んだっ」


 駆け込むようにやってきた追加情報に、俺はテーブルへと突っ伏した。

 起き上がる気力が湧かない。そして帰る気力も。


「アンタ、記憶が無くても色々とやらかすのね」

「……三雲」


 いつの間にか三雲が、無い胸を逸らしながら横に立っていた。

 ふんすといった呆れ顔で俺のことを見下ろしている。そしてドカリと横の席に腰を下ろした。


「まったく、アンタは」

「ぐっ」

 

 言いたいこと、言い訳は色々とあった。

 自分の正体を知られるわけにはいかなかった。

 言葉(ことのは)を守るにはああするしかなかった等など。

 だが、それを言っても無意味な視線が突き刺さる。


「ああ、何だって沙織はこんなヤツに」

「……」


 何と応えたら良いか分からない、

 多分どれも不正解で、沈黙が無難といった感じの空気が漂う。


「陣内、あっ、えっと今はジンだっけ? アンタ、沙織を泣かしたら承知しないからね」

「……しねえよ、そんなこと」


「だったらいいけど。……でも、沙織のことをほっといたらもっと承知しないから。絶対に射貫くから。地の果てまで追ってでも射貫くから」

「何だよそれ。無茶苦茶だろ」


「今回ぐらいのことなら許してあげる。あの子も……嬉しそうだったし」


 マジでどんな顔をしたら良いのか分からない。

 この女は、言葉(ことのは)に手を出したら許さないと言いつつも、ある程度のことなら容認すると言ってきた。


 そんなことを言われる方の身になってもらいたい。


 ふと気が付くと、このテーブルには自分と三雲だけだった。

 纏わり付くようにいた連中がいなくなっていた。


「……つか、何て答えたら良いんだよ、俺は」

「ふん、アンタの答えなんて要らないわよ。あの子を泣かすな、でも……」


「難し過ぎんだろそれ」

 

 そんなことをこなせるのは、リア充と呼ばれるようなヤツらだ。

 例えば、三雲の仲間にいるあの男のような……


「ああ、そうそう。アンタに言っておきたいことがあったんだ」

「ん? まだ何かあんのかよ」


「時間をくれて、ありがとう」

「へ? 時間?」


「うん、アンタが元の世界に戻れる門ってのを壊してくれたおかげで、ちゃんと考えられる時間ができたから」

「あ、ああ……」


 元の世界へと戻れるゲートの件は聞いていた。

 どうやら俺がうっかり壊してしまったらしく、いまこの異世界に残っている勇者たちは、それが原因で帰ることができなかった。


 あと何年かすればまたゲートが開くらしいが、そうでなかったら取り返しのつかない事だった。


「どっちが良いか分からなかったの。ううん、決められなかった。戻っても後悔するし、残っても……たぶん後悔した」


 遠くの方を見つめながら、三雲はそう言って飲み物に口をつけた。

 そして仕切り直したあと、続きを口にする。


「だからありがとう。ちゃんと決めることが出来たの。わたしはハーティさんと一緒にここで暮らす」

「――っ!?」


 彼女が口にした名前は、先ほど俺が思い浮かべた人物だった。


 やはりあの人は凄腕のリア充さんだ。

 言葉(ことのは)の番犬、猛犬注意、壮絶なる絶壁と称されている三雲唯に、こんな優しい笑みを浮かべさせているのだから。


 ( はは、マジで凄えな。ナントカ平和賞が貰えるレベルだぞ )


 心の中でハーティさんを絶賛する。

 俺の知っている三雲は猛獣だ。いつも睨みつけるような目をして、言葉(親友)によってくる男を蹴散らすような武士(もののふ)だ。


 そんな殺伐とした彼女が、恋する乙女のような笑みを浮かべている。

 これはマジで凄いことだ。誰にも出来ないと思っていたことを成し遂げた。

 俺は心の中でハーティさんにナントカ平和賞を授与する。まさに快挙だ。


 恭しく頭を下げるハーティさんに、金ピカのメダルを――


「――うお!?」


 こめかみを何かが掠めた。

 もし頭を動かさなかったら、ソレは間違いなく眉間に突き刺さっていた。

 振り返ってそれを確認してみると、それは一本の矢だった。店内の柱に深々と突き刺さっている。


「……アンタ、いま超失礼なことを考えていたでしょ? 次は射貫くからね」

「『射貫くからね』じゃねえよ! 実際に撃っただろ! 避けなかったら刺さってたぞ! マジで死ぬところだったぞ! 見ろよアレを、簡単に引き抜けねえぐらい刺さってんぞ」


「当たらなかったんだからイイでしょ」

「イイわけあるか! 避けたから当たらなかったんだよ! 危ねえだろ!」


「ふん、どうせ避けると思って撃ったのよ。アンタに当てようと思ったら縛ったって足りないわよ。そうでしょ?」

「いや、それは無理だろ? 普通に当たるから」


 何かとんでもないことを言って反論してきた。

 俺は心の中で行っていた授与式を取りやめた。速攻で取り止めだ。

 


 やはり三雲は三雲のままだった。

 平和とはかけ離れて程遠い存在のままだった。

 

 俺はハーティさんからナントカ平和賞を剥奪する。

 授けるはずだった金ピカメダルでハーティさんを殴打する。心の中で。 

 やはりリア充は信用ならん。ヤツらは上辺だけだ。


「アンタ、また下らないことを考えているでしょ。まあいいわ、取りあえずアンタには感謝してるから」

「あ、ああ……」


「んで、そのお返しって訳じゃないけど、わたしが何とかしてあげる」


 三雲はそう言って去って行った後、モモちゃんのところに向かい、モモちゃんを説得してくれた。


 どうやったのかは謎だが、モモちゃんからの誤解は解けたのだった。


読んでいただきありがとうございます。

よろしければ感想などいただけましたら凄い励みになりますっ


あと、誤字脱字なども……

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― 新着の感想 ―
[良い点] 伝統とはこうして作られていくのだろう。 [一言] 三雲はハーティとくっついて言葉を守り続けるんだろうなと思ってましたけど、そうなるようでほっとしました。
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