まるで再現
浮気と言えばあれですね、逃走
「ワタシの名前はキャノスと申します。勇者様コトノハ様、どうか私と来ていただけませんでしょうか?」
その男はそう言って恭しく頭を下げた。
その姿は敬意に満ち溢れ、まさに神へと頭を垂れているよう。
しかしその男を見て、言葉が強張ったのが分かった。
怯え、ほどではないが、何か不快な気持ちを抱いている様子。
それを感じ取った俺は、その神官服を着た男から言葉を遮る。
「……退いて、いただけませんか?」
「……」
当然、退くつもりはない。
右腕を少しだけ広げて、退くつもりはない通さないとの意思を示す。
それを見て、神官服の男が訝しげに眉を下げた。
「どなたか存じませんが、我らユグドラシル教の邪魔をするおつもりですか?」
「ゆぐど……らしる教? ――あっ!?」
思わず驚き声を上げてしまった。
俺の反応を見て、神官服の男がニタリと笑みを浮かべた。
きっとこの男は、俺がユグドラシル教という看板に怯えたと思ったのだろう。
男の瞳が三日月に歪んだ。巨大な組織にさあ屈しろと目が語っている。
だがそれは少し違う。
俺が怯えたのは、ギームルというジジイが言ったことだ。
あのジジイは、教会には絶対に接触するなと言っていた。
下手に事を大きくすると、進めている計画に支障をきたす。
俺はそう注意されていた。
そして接触しないことを条件に旅が許されたのだ。
「さあ、どうか。早くしないと周りの者が女神様に気が付くかもしれません。そうなると女神の勇者様もお困りになるでしょう?」
神官服の男は、そういって右手を差し出してきた。
言葉に手を取れということだろう。凄え自信だ。
俺はその隙を逃さず、言葉の手を引いてその場から駆け出した。
「――なっ!?」
神官服の男が驚き声を上げたのが聞こえた。
だがそれは駆けるごとに遠ざかっていく。
「悪い、言葉。逃げるぞ」
「は、はい」
言葉は素直に従い、手を引かれるがままに走ってくれた。
何の疑問も抱かず、かぶっているフードを押えながら一生懸命について来る。
( やべえ、俺だってバレたらマズいんだよな? )
顔を見られてしまったが、認識阻害の効果で簡単にはバレないはず。
だが、あまり長い間見られているとバレる恐れがある。
取りあえず今は逃げの一手を取った。
「なあ、言葉、さん。今のヤツって……」
「はい、ユグドラシル教の人で――」
走りながら言葉から事情を聞いた。
どうやら言葉は、ユグドラシル教から勧誘を受けていたようだ。
教会の女神になって欲しいと、そう打診されていた。
このことは俺も少しだけ把握していた。
聖女の勇者葉月から断られ続けているユグドラシル教が、葉月と双璧をなす言葉を勧誘する動きがあると。
要は、ユグドラシル教の権威を増したいのだろう。
元の世界の政界でも似たようなことが行われている。
非常に有効な策なのだろう。
「何度もお断りしているのですが……」
「なるほどね」
簡単に諦めるようなヤツらではない。そういうことなのだ。
多分だが、普段は三雲や仲間の冒険者たちが言葉を守っている。
だけど今回は一人で出歩いていた。だからあのようにやって来たのだろう。
チャンスがあれば多少の強引も辞さない。
そんな方針だ。
「ん? ってか、何で言葉さんは一人で? あれ? 護衛とかは?」
ふと疑問に思った。
一応素性がバレないようにフードをかぶっているが、それでも危険だ。
最初から張っている相手には通用しない。
現に、教会のヤツが接触してきた。
「……その、モモさんが心配で」
「あ、ああ……」
そりゃそうだった。
劇場ではモモちゃんが騒いだため、俺たちは早々に劇場を後にした。
原因の一端が自分にあると考えた言葉が、モモちゃんを心配してやって来るのは自然の流れだった。
「あ~、うん。いまラティさんが説明してる。誤解だよって感じで」
「そうですか。じゃあ、私が行くとダメですよね……」
シュンと俯いてしまう言葉。
俺は何とか慰めの言葉を探す。
「いや、そんなことはないと思うが……うん」
正直、どっちか分からない。
モモちゃんは言葉に懐いている。
だから会っても平気だとは思うが、騒動の原因が原因だ。
( ふむ、どうしたら…… )
ちょっと想像してみた。
俺が言葉を連れて宿へと一緒に戻る。
それを見てモモちゃんは……
――駄目だろ!
おい、それ絶対に駄目なヤツやん!?
つか、いまの状況もヤバいんじゃ?
とても胸を張れる状態じゃない。
後ろめたいことは何もないつもりだが、誤解される危険性が高すぎる。二人で手を繋いで走っているなんて誤解しかされない。
これはとっとと言葉を三雲たちのもとに帰すべきだ。
「なあ、言葉さん――っ!?」
「え?」
色々と考え事をしていて周囲を疎かにしていた。
そのツケがやってきた。
「囲まれて……いる?」
言葉のペースに合わせて走っていたのだ。そこまで速くはない。
だからだろうか、いつの間にか包囲網が出来ている。
「言葉、さん。三雲たちが泊まっている宿ってあっちの方?」
「え? あ、はい。そうです」
俺が示した方を見て、言葉がそう答えた。
これで確信した。追っ手は三雲たちから遠ざけように動いている。
包囲網にわざと穴を開け、そちらへと俺たちが逃げるように仕組んでいる。
( アイツと、アイツ…… )
不自然な視線が突き刺さる。
走っている俺たちを『何だ?』という感じではなく、明らかに何か意図を持って見ている者たちがいる。しかも数が異様に多い。
「くそっ」
「陽一さん」
このままでは振り切れない。
そして振り切れぬままでは相手の思うツボだ。
実力でどうこうできないわけではないが、そうなると俺の正体がバレる恐れがある。
そしてそうなると俺は超怒られる。
あのジジイは容赦なく俺を責めるだろうし、そうなると計画が頓挫する可能性もある。
「どうしたら……」
大立ち回りはできない。
何とか穏便にやり過ごすしかない。何処かに身を隠すなどして。
しかしそのためには一度振り切る必要がある。
「何とか一度振り切るしか……あっ!」
良い方法が浮かんだ。
これと似たような状況をつい先ほど見たのだ。
いや、観たのだ。
「言葉、さん。ちょっとの間だけだから」
「はい? え? えええええ!?」
俺は言葉を横抱きに、お姫様抱っこをした。
突然のことに戸惑いを見せる言葉だが、今は我慢してもらう。
「一気に振り切るっ」
俺は、昼間に観た劇のように言葉を横抱きにして駆けたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字も……