創作と現実の狭間
お待たせしました。
気取り直して劇の後半を楽しんでいた。
途中まではなかなか面白かったし、正直なところ何度かグッときた。
絶望的状況下にもかかわらず、互いを支え合っているシーンには感動すら覚えた。
さらに役者の演技力も相まって、まるで本当に起きているようだ。
もしこんなことが本当にあったら、生還後二人は結婚するだろう。
そう思わせるほどの勢いと流れだ。
だがこれはお芝居で、こんなことはなかったはず。
こんなサバイバル展開がそうそうあるわけがない。
そもそも、いきなり地面が崩落するのがおかしい。
それで二人だけが落ちるなど都合が良すぎる。いくら何でも御都合主義だ。
そんでもって二人とも生きているなど御都合主義の極みだ。
心の何処かでそう斜に構えながら観ていたのだが……俺は判断を誤った。
勇気を持って休憩時間のときに逃げるべきだった。
『勇気を、私にください……』
『っ!』
( ……俺が欲しかった )
もう完全にチューをする流れだ。
魔物の群に追い詰められ、それでも決して諦めない勇気が欲しい的なことを沙織が言い出したのだ。
その状況を分かっているのか、リティが紅葉のようなお手々で自分の目を塞ぎ、照れているような仕草をみせている。
家族でテレビを観ていたときに、お色気シーンが始まったような感じだ。
『おおぅ~おおっ』っと、たどたどしいオットセイのような声を上げている。
だがこれはチャンスかもしれない。
「えっと、刺激が強いみたいだから、リティを外につれていこうか?」
「お父さん、途中で席を立っちゃダメなんだよ」
リティとは反対側の席、モモちゃんがそう言ってきた。
腰を上げかけた俺だが、その言葉に従い腰を下ろした。
俺としては、まるで浮気現場の映像でも見せられているような気分なので、できることなら立ち去りたい。リティと一緒に……
「ちゃんとみるの」
「はい……」
モモちゃんに叱られ、俺は劇へと視線を向ける。
何かモモちゃんが妙に厳しい。
『陽一さん、お願い……』
『沙織』
身体がムズ痒くて仕方がない。
何なら『ぎゃぼー』と叫び出したいところだ。ついでにのたうち回りたい。
だがそんなことは許されない。俺は喉の奥を振り絞りながら劇を観る。
『沙織……だけど……』
『お願い、します……どうか』
お互いがか細い声で囁き合っている。
これも凄い演技だ。離れている観客席まで聞こえてくるか細い声。
一体どんな風に声を出しているのかわからないが、ここ一番の演技だ。
誰もがこの場面に見入っていることだろう。
それだけ凄いシーンであり、それに劣らぬ凄まじい演技力だ。
ただ俺だけは、もう主人公が魔物の群に特攻して死んでくれねえかなだ。
別に本当に死ぬわけでもないし、物語なんだから別に構わない。マジで死んで欲しい。
物語を台無しにする展開になるが、もうそれで良い。
頼むから主人公は突っ込んで頓死しろ。
「……アイツ死なねえかな」
「しっ」
うっかり漏れた言葉をモモちゃんに叱られてしまう。
でも分かって欲しい、マジでキツイのだ。俺もリティのように目を覆いたい。
もう怖くて言葉の方を向けない。
別の意味で怖くてラティさんの方も……
だから前を向くしかない。
『陽一、さん……』
『――っ』
沙織の唇が少しずつ近づいていっている。
迫りくる顔と唇を、ぐっと堪えて留まり続ける陽一。
前に出ないが後ろにも退かない。
これには凄まじい葛藤を感じさせる。
前に出るということは、相手の受け入れるということ。
一方退くということは、相手を拒否するということだ。
そのどちからを選べない陽一。マジヘタレ野郎。
だが、非常にその心境が分かってしまうし、超ぶっ刺さる。
何なら俺を殺しに来ているとしか思えない気がする。
そして、本当にあと少しというところで沙織が止まった。
ここから先は陽一にゆだねる形。
完全に音が止まった。
比喩ではなく、本当に音が止まっている。
観客全員が息を止めて陽一の次を見守っている。
衣擦れの音さえも聞こえない。
そんな中――
『でえええええい!』
背の低い子が、雄叫びとともに大剣を振り回しながらやって来た。
それに続くように冒険者たちが雪崩のようにやって来る。
『助けにきたよー』
『沙織~』
『サオリ様ーー!』
『ヨウイチ、ついでに助けに来たぞ』
分かれてしまっていた仲間が合流したようだ。
やって来た仲間たちは魔物の群を追い払い、陽一と沙織を助け出そうと奮闘する。
『みんなっ!』
『良かった、来てくれたんだ』
もう卑怯なテンプレだった。
あと少しというところで邪魔が入るという、お約束の展開。
いつもだったら『その逃げを使うな』と言うところだが。今だけは許す、このズルい展開を許してやる。マジで助かった。
『良かったな、これで生きて帰れるぞ。まあ、最初からそのつもりだったけどな』
『はい、そうですね』
先ほどまでの、切なくも甘く、そして張り詰めた雰囲気が霧散した。
お互いに余裕のある表情へと変わった。
『はあ、あとで色々と聞かれそうだなぁ』
助けにきた仲間を眺めながら、陽一が面倒そうにつぶやいた。
それに同意するように沙織も後に続く。
『はい、色々と聞かれそうです。いままで何があったとか……』
『ああ、だな。ったく、別に話すことなんて特にねえのに』
頭を掻きながらそう吐き捨てる陽一。
確かにわざわざ話すようなことはなかった。
そう、人には話せないような展開のオンパレードだった。
だから特に話す必要はない。
いや、話したくないといった感じだろう。
だがそれを根掘り葉掘り聞いてくるだろうから、それに辟易する。
そんな態度だ。まるで自分のことのように分かる。
それを察し、少し困り顔で沙織が言う。
『私も、大変かもです。だから、ちょっとだけ勇気が欲しいかもです』
『いや、勇気って――っ!?』
観客全員が息を呑んだ音がした。
完全に予想外の展開に虚を突かれ、驚きのあまり声がでない。
当然、俺も。
『……勇気、貰いました。これで平気です』
もの凄く恥ずかしそうに、だけどとても嬉しそうな笑みを、そんな表情で重なっていた唇を沙織が離した。
この後、舞台の幕が下りた。
地の底へと落ちていった二人は、ギリギリのところを仲間に助けられてハッピーエンドで物語りを終えた。
だが俺の地獄は、ここから始まった。
「お父さん、浮気した」
「はっ!?」
モモちゃんが涙目になって俺にそう言ってきた。
だが浮気など断じてしていない。だから速攻でそれを否定する。
「いや俺は、お父さんはそんなことしていないよ? どうしたのモモちゃん」
「だって、お芝居でやってた」
そういってモモちゃんは、幕が下りている舞台の方を指差した。
先ほどの劇のことを言っているのだろう。
しかしあれはお芝居であり、本当にあったことではない。
確かに本当のように演じられてはいたが、あれは役者の演技力の賜物であり、実際にあったわけではない。
「お芝居でやっていたもん」
「うっ」
モモちゃんの目は真剣だった。
本当にお芝居を信じている目だ。
「サリオお姉ちゃんが言ってたの、お芝居は嘘っこだけど、本当にあったこともやるって」
「うん? それはどういうこと?」
「えっとね、お芝居で出てくるサリオお姉ちゃんは小さくて嘘だけど、本当は美少女でちゃんと居たから本当だって。だから嘘っこもあるけど、本当もあるって」
少々あやふやだが、大体は把握できた。
劇には真実と嘘が交ざっている的なことを教えてもらったのだろう。
確かに勇者が出て来る演劇は、実際にあった出来事をなぞるように作られていることが多いらしい。
だからモモちゃんは信じている。
ふと、自分がまだ子供だったときのことを思い出す。
ウルトラ的な光の巨人が好きで、その光の巨人のショーを観に行った。
最後は握手ができる時間があったのだが、創作と現実があやふやだった俺は、怪獣をチョップで倒すようなヤツとの握手を怖がった。本気で怖がったのだ。
いまのモモちゃんは、あのときの俺と同じぐらいの歳だ。
だから演劇と現実が一緒になっているのだろう。
「えっとね、あれは――」
この後俺は、モモちゃんに一生懸命説明した。
あれは本当にあったことではなくて、お芝居のために作られたモノだと。
しかし、この説得は困難を極めた。
前回観たお芝居、モモちゃんが生まれた村で起きた騒動の話が本当にあったことなので、なかなか納得してくれなかった。
あっちは本当にあったことで、こっちは無かったことと言っても、まだ幼いモモちゃんには区別が難しいらしい。
そしてその結果、俺は嫌われてしまった。
どうやら葉月から、浮気する男は駄目な人だと教えてもらっていたらしい。
「ヨーイチさん、わたしが説得しますので、少々外でお待ち下さい」
「……はい」
宿に戻った後、ラティさんが説明すると言ってくれた。
こうして俺は閉め出されたのだった。
「はあ、ラティさんに頼むしかないか」
こういった話は、当事者が言っても無駄だ。
ただ否定されるだけ。誰かに諭してもらうしかない。
俺は素直に宿の外で暇を潰すことにした。
「途中からモモちゃんが険しい顔をしていたのは、そういうことだったんだな……。はあ、参った」
「あ、陽一さん」
「へ? 言葉? 何でここに??」
宿の外で待っていたら、劇場で分かれた言葉が居た。
彼女はフードをスッポリと被っており、一目では誰だと判らないようにしていた。
声を掛けられなかったら俺も気が付かなかったかもしれない。
「あの、モモさんは……」
「ああ、いまラティさんが説明ってか、まあ色々と話している感じかな?」
それで追い出され中とは言い難いので、その点は伏せておく。
「そう、ですか……」
「ああ」
シャレにならんぐらい気まずい。
あんな劇を観た後だ。モモちゃんが騒いだので有耶無耶になって解散したが、その後すぐに会うとは思わなかった。
「あの、私からも説明を」
「いや、それは余計に――ん?」
スッと、神官服に身を包んだ男が近寄ってきた。
その男は明らかに言葉へと向かっている。
何故か俺は、言葉を庇うように動いた。
「む、邪魔をしないでいただきたい。私は女神の勇者様に御用があるのです」
胡散臭い澄まし顔をした男が、小声でそう言ってきた。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も……