え? ここで?
暗転の後、休憩時間となった。
飲み物が提供されているので、そのためのトイレ休憩というヤツだ。
20分間の休憩とアナウンスがされた。
照明が点けられていく中、俺は歓喜する。
( よしっ、チャンスだ! )
言葉に訊きたいことが山ほどある。
この劇の話はどこまでが本当で、どこまでが作られたモノなのか、それを確認したくてしかたなかった。
マジでもう胃に穴が開きそうで開きそうで開きそう開きそうで。
――よし、訊くぞ!
言葉に話……を? え? あれ?
ちょっと待った! なんて訊けばいい?
言葉に物語の真偽を尋ねようと思った。
だが次の瞬間、俺は固まってしまった。
俺が言葉に尋ねようと思っていることは、彼女を背負ってふわふわ様を堪能したことや、彼女を抱えたままスッ転んでビシャビシャに濡らしてしまったこと。
そして、あの甘い空気のこと……
とても尋ねられる内容じゃねし、そんな度胸もねえ。
こんなことを素で訊けるようなヤツは、小山のような勇者だけだ。
とても俺には無理だ。
――いやいやいやいやっ!
ちゃんと訊かないと駄目だろ! ひよってる場合じゃねえぞ俺ぇ?
えっと、この劇であったことは本当にあったことなのか……
って、やっぱ訊けるかーーーーーーーーーーーーーー!!
思わず頭を抱えてしまう。
訊かなければならないことがあるのに、気まず過ぎて訊けない。
俺のそんな葛藤など知らず、言葉が席を立った。
「あの、少し席を外しますね」
「あ、ちょっと待って。えっと………………もの凄い劇だな、これ」
ここで逃がすわけにはいかず、俺はふんわりと抽象的なことを言ってみた。
明確に訊くのは無理だ。もうグダグダでも良いから取りあえずといった一手。
届くか届かないかは彼女次第。
「えっと……」
「っ!」
言葉の顔は赤いままだった。瞳も潤んでいるように見える。
俺はそんな彼女を見て、焦燥感に駆られ息が止まりそうになった。
もしかすると本当にあったことなのかもしれない。
いや、よく考えてみればヒントはあった。あのときがそうだ。
森の中にある俺の家で、言葉があられもない姿で迫ってきた。
しかもトラブル的なハプニングがあり、俺はトラブってパプっちまった。
大人しい言葉があんな風に迫ってきたぐらいだ。
きっとこの劇で演じられたようなことが実際にあって、俺と言葉は距離を縮めていたのかもしれない。
もしそうなら俺は――
「……びっくりしましたね」
「あ、ああ……」
「色々と話が作られているみたいで。本当は落ちた場所には小さな小部屋だけあって、そこで幽霊みたいな人にヨウちゃんをもらって」
「~~っぷぁあああ」
不安とか緊張とか気まずさとか、もう色々と混じった息を吐き出した。
本当に良かった。俺は浮気などしていなかったし、まるで漫画のような展開もなかった。
冷静になってみれば当たり前のことだった。
あんなベタでテンプレ満載なことが一度に起きるはずがない。
それに俺はそういったことからは遠い存在だ。
不安で一杯だった心が一気に軽くなった気がする。
重かった口も軽くなった。
「だ、だよな、現実で起こるわけねえよな。水で濡れて冷えたからって……その、身体を寄せて温めるとか、そんなベタな話があるわけねえよな。雪山じゃあるまいし」
「あの、ありますよ」
「へ?」
「正確には、『ありました』ですねぇ」
反対側に居たラティさんがそんなことを言ってきた。
ちょっと理解が追い付かない。たった今、言葉がそんなことは無かったと言ってくれたのに、何故かラティさんが肯定した。
「え、いや、だって言葉は無かったって……」
「はい、ですから、わたしとありましたよ。ヨーイチさんが濡れて身体を冷やしてしまったため、身を添わせて温めたことが」
「えっ……」
たぶん俺の目は点になっているだろう。
それぐらい衝撃的な発言だった。
この俺が、この俺が、そんなラブコメ染みた真似をしていたとは。
「ええ、確かあのときもヨーイチさんは落ちていかれましたねぇ。本当にちょっと目を離した隙に魔法攻撃を受けて、そのまま谷底へと落ちていかれたのですよ」
「えっと、それでその谷底の下で……えっと、そんなことを?」
「はい、まだあのときはお互いに心を確かめる前でしたので、少々恥ずかしかったですねぇ」
「~~~~~っ」
顔から火が出そうと同時に、言いようのない幸福感に心が満たされた。
ラティさんは何気なしに言ってのけているが、谷底へと落ちて行った俺を救うために飛び込んだと言っているのだ。
それだけ俺のことを想っていてくれて――
「あの、そういえばあのとき、初めて肌で触れ合ったのでしたねぇ」
「っ!???」
「っ!」
俺だけなく、言葉も驚いたのが分かった。
まあ確かに驚くだろう。ラティさんにしては珍しい発言な気がする。
そしてそれはまるで牽制のようだ。
「た、谷底ほどではないですけど、私も掘りの下で、陽一君に回復魔法を掛けてあげて、その、えっと……膝枕ならしたことがあります」
「えっ!? 張り合うところ!?」
謎のマウント取り。
今度は別のことで冷や汗が流れる。
火花を散らすような展開ではないが、このままでは非常によろしくない。
具体的には気まずくて俺が死ぬ。
「あ~~、言葉、何か用事があったんじゃ? 早くしないと休憩時間終わっちゃうし、急いだ方がいいんじゃ? あ、モモちゃんとリティも」
トイレにいっといれと暗に促す。
俺に出来ることはこれぐらいが限界だ。
「モモさん、リティ、トイレに行っておきましょう。劇の途中で行きたくなると困るでしょう?」
「う~ん? なんでぇ?」
「……」
何故トイレに行かなくてはいけないか分かっていない様子のリティ。
不思議そうに首を傾げるも、ラティさんに手を差し出されると、嬉しそうにその腕の中へと収まった。母の抱っこにはあらがえない様子。
一方モモちゃんの方は、無言で難しい顔をしていた。
いままで一度も見たことない顔だ。
「モモさん?」
「……うん、行く」
こうして女性陣は席を外してお花を摘みに行った。
俺はダラリと席にもたれ、大きく息を吐いてリラックスした。
「はあ、取りあえず回避できたかな……」
休憩時間が開ければ劇が再開する。
物語の流れ的にまだ気まずい思いはするだろう。
だが作り話と分かったのだ。もうそこまで気を揉む必要はないだろうし、後ろめたい気持ちになることもない。
取りあえず純粋に物語を楽しむことはできるはずだ。たぶん。
俺は気を取り直し、物語の後半を楽しむことした。
とても気まずい劇だが、物語自体は好きな部類だし、役者の演技も秀逸だ。
だからこのまま観ることにした。
そして、ここで無理矢理にでも切り上げなかったことを後悔するのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字なども……




