これが良いです
ちょっと急がしてく更新が滞っておりました;
「そうか、サバイバルものか……」
いま観ている劇は、ダンジョンの下層という極限化での物語。
元の世界で例えると、海で漂流して無人島に辿り着いたような感じだ。
そしてそのような状況以下で男女の仲が深まっていく……
よくありそうな物語であり、ありきたりな展開だ。
だが決して嫌いではない。どちらかと言う好きな方の部類だ。
主人公のモデルが自分じゃなかったら。
浮気現場のような物語じゃなかったら。
ラティさんと言葉が横に居なかったら。
きっと素直に楽しめたことだろう。
「のぉぉぉ……」
針のむしろのような中、物語は中盤へと移っていた。
落ちた二人は救助を待ちながら、襲ってくる魔物から逃げ回っていた。
ただ沙織の方はまだ麻痺が抜け切っておらず。
『陽一さん、ごめんなさい、足手纏いになって』
『ん? 気にすんな』
沙織は陽一に背負われていた。
最初は抱き抱えていたのだが、それだと歩き難かったのだろう。
陽一の首に腕を絡ませ、身を完全に任せていた。
『それによう、アレは俺も悪かった。スライムが来てたのに気付けなかったんだから。……俺に【索敵】があれば、あんなことには』
『ううん、私が悪いの。ちょっと驚いてボ~っとしていたから』
『だから気にすんな、取りあえず今は……行こう』
『うん……』
背負われている沙織が目の前の肩に顔を沈めた。
何ともいじらしい仕草だ。俺だけでなく離れた席の方からも吐息が漏れる音がする。
観客ほぼ全員が魅入っていると言っても過言ではない。
沙織役の俳優はとても良い演技をしている。
ちょっとした仕草や、愛らしくもいじらしい表情などは秀逸だ。
きっとみんな沙織に釘付けだろう。
だが俺は……
――ちょっとおおおおおおおおお!!
え? 何で? 何で俺があそこにいんの?
マジで? あれってマジで俺じゃねえ???
俺役のヤツの演技が半端ない。
ハッキリ言って沙織役のヤツよりも数段上だ。
『まるで俺が居るような』じゃない、マジで俺だ。俺がいる。
いま俺役は沙織を背負っている。
そう、背負っているということは、そういうことだ。
緊急事態だから仕方なく風を装ってはいるが、背中に押し当たる柔らかさを密かに堪能している、そんな細かい演技を見せていた。
表情はキリッとしているが、鼻の穴がつい広がってしまっている、そんな絶妙な演技をこなしている。
本当にマジで上手い。
同じシチュエーションだったら俺も絶対に似たような顔をしているだろう。
まるで俺のことをずっと観察してきたような演技力だ。
俺が居ると錯覚してしまう程。
「マジで凄ぇな……って、ん? んん?」
何となくだが、俺役のヤツに見覚えがある気がした。
俺に似せるため、目の下に隈のような化粧をしているが、何処か見覚えのある顔だった。
「あれ? 誰だっけか――って!? おい!」
陽一が沙織を背負ったまま水溜まりへと落ちた。
芝居なので実際に落ちたわけではないが、バシャーンという水音と、青い光を使った演出でそう見えた。
『く、スマン。足を取られた』
『いえ、それよりも大丈夫ですか?』
『大丈夫だ。沙織の方は……あっ』
本当に服を濡らしてきた。劇だがそこまでやっている。
ゆったりとしたローブが水を吸い、沙織の身体へとへばり付いてしまった。
ただでさえ押し上げるようにたわわっていたモノが、濡れてしまったことでより明確に浮き上がっていた。
『あっ……あの……』
『わ、わりい』
目であまり見ないで下さいと訴える沙織。
それを汲み取りつつも、こっそりと横目で盗み見る陽一。
『ベタなラブコメかよっ』と、そうツッコミたくなる展開だ。
『あ~~あれだな、ちょっとここで服を乾かすか。周りに魔物の気配はないしたぶん平気だろ? 濡れたままだと風邪を引くかもだし、体力も持って行かれるだろ?』
『は、はい、そうですね』
何という都合の良い展開でしょう。
あれだけ逃げ回っていたのに、ずぶ濡れになったら急に襲われないとのこと。
服を乾かすのまでの間は平気そうな展開になった。
本当に都合の良い展開で流れだ。
そして思う、これって本当にあったことなのかと。
こういった劇は、実際にあったことを元に作ることが多いのは知っている。
多少は話を盛ることはあるみたいだが、それでも史実に基づいて。
――がああああああっ
何処まで本当なんだ!? どっから何処まで……
え? まさか全部あったこととかじゃないよね?
舞台の上に居る陽一のように、言葉を横目で盗み見る。
彼女の反応が知りたい。多分だが、彼女と俺はこうやって落ちたことが本当にあるのだろうと思う。
「……」
彼女は頬を赤らめ、瞳を潤ませながら劇の方を集中していた。
これは俺と同じように、羞恥で悶え苦しんでいるのだろうか。
「ぱぱ、あのしと、おっきぃ」
「リティ!?」
「ことままみたいにおっきいよ」
「ちょっ!? リティ!!!」
言葉とは反対側に座っているリティがとんでもないことを言った。
確かにその通りだと思う。水を吸ってより明確になったのだから。
だけど今は勘弁してくださいだ。速攻で口を塞いだ。
「シ~~、シ~~、ね?」
「し~~?」
「うん、シ~~、ね」
自分の両手で口を押さえてコクコクと頷くリティ。
この子はとてもお利口さんだ。俺はホッと胸を撫で下ろす――が、やはり気が気じゃない。これは完全に浮気現場にしか見えない。
そしてちょっとよそ見をしているうちにトンデモナイことになっていた。
陽一と言葉が背中合わせに座って暖をとっていた。
『……温かいですね』
『あ、ああ……』
とても良いシーンなのだろうけどマジで勘弁して欲しい。
俺は心の中でのたうち回る。背中に嫌な汗が滝のように噴き出す。
『きゃっ!?』
『どうした!?』
『す、スライムが』
『何!?』
一瞬で向きを変えて、庇うように沙織を腕の中に入れる陽一。
後ろから彼女を抱き抱えているような体勢だ。
『あ……、見間違えでした』
『へ? あ、そうか。良かった――って!?』
自身の体勢に気が付き、陽一はすぐに離れようとした。
だが彼女が。
『このままで、良いです』
『へ? え、いや、これだと……』
『……温かいです。とっても……』
そう言って回された右腕に頬を寄せる沙織。
彼女は陽一の右腕を、愛おしそうに抱き抱えた。
沙織の想いがよく分かるシーンだ。
『あ、ああ……確かに温かいな』
『はい、温かいです。だから、このままじゃ駄目ですか?』
『ん、んんっ、沙織がそれでいいなら、それでいいが……いいのか?』
『はい、これが良いです』
口の中に砂糖を目一杯ぶち込まれるような展開。
もう恐ろしくて言葉のことを盗み見ることができない。
これを俺一人だけで観ていたのならば悶えるだけで済むが、言葉と一緒だと破壊力が尋常じゃない。
さらに言うと、ラティさんも居るので……
――くそおおおお!!
あのイケメン野郎っ、これ絶対に知っていただろ!
絶対に面白がっていやがるっ、クソッタレ、騙された……
あり得ない程の怒りが込み上げてきた。
心の中の俺が、50メートルぐらい穴を掘って埋めてやろうと囁いている。
悶えと怒りが同時に来るという不思議な心境。
『取りあえず、眠ろう。体力を回復させるんだ』
『はい……』
そのセリフの後、舞台が暗転したのだった。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら嬉しいです。