みんなで観る、現場
暗転。
――から数十秒、ほうっと一つの明かりが灯った。
そのか細い光に照らされたのは、黒ずくめと地味なローブを纏った男女。
『ぐっ、大丈夫か沙織。どこか痛え場所はあるか?』
『は、はい、陽一さん。私は何とも――えっ? え、えええええええっ!? あの、私……あの』
沙織は陽一を下敷きにした状態で抱き抱えられていた。
そのあまりの状況に驚き声を上げ、どうしたら良いのかとワタワタと狼狽える。
『……良かった、本当にどこも痛い場所はないんだな?』
『は、はぃ……』
消え入りそうな声で何とか返事をする沙織。
彼女は少し躊躇った素振りを見せた後、陽一の胸板にそっと頭を預けた。
とても甘ったるい雰囲気。まるで一夜の後のよう。
『わ、悪ぃ、ちょっと身体を起こすぞ』
『はぃ』
沙織は身体を起こし、陽一はそのまま辺りを見回した。
その動作はとてもわざとらしく、照れ隠しであることがよく分かる。
顔を隠すようにして見回しているのだから。
『ここは……』
――『ここは……』じゃねええっ!?
何だよこれ、何だよあれ、マジで見てらんねえっ
マジで何なのこれ!? マジでええええええええ!!
心の中で大絶叫。
ここが劇場じゃなかったら吠え散らしていた。
劇に夢中のモモちゃんの邪魔をしたくなかった。
耐え切った俺を褒めてやりたい。
( くそっ、何だよアイツは…… )
黒ずくめの男には何とも言えない既視感があった。
目つきは異様に悪く、二~三人は殺っていそうな感じ。
髪はさっとやったようなボサついた黒髪で、それが目つきの悪さを引き立てている。
そして手には、とても物々しい槍を握っている
マジで既視感しかない。
『ありがとうございます。陽一さん』
陽一の上に乗っかるように倒れていた沙織が、身体を起こして離れた。
そのときに豊かな胸元がふるりと揺れる。
元から大きいのか、それとも衣装の下に何か詰め物でもしているのか、それはとても大きくて柔らかそうなものだった。
そしてそれは、ある人物をとても彷彿させる。
「……」
できるだけさり気なく、本当にさり気なく右へと視線を滑らせる。
するとそこには、泣きそうな程顔を赤らめている言葉がいた。
俺は少しだけ視線を下げて確認する。
( やっぱり、あの沙織って役の元は…… )
どう考えても1人しかいない。
絶対に意図的にやっているし、よく見れば髪型も全く一緒だ。
誰が何と言おうとあの沙織と言う役は――
「――っ!?」
ジトリとした視線が突き刺さった。
俺はマッハで反対側の左へと視線を向けると、そこにはラティさんがいた。
彼女は俺の視線に気が付いた様子はなく、舞台の方だけを見ている。
そう、ラティさんが俺の視線に気が付かずに前だけを。
「うう……」
察しが良い方ではないが、そこまで悪い方でもない。
今のジトリとした視線はたぶんラティさんだ。絶対にそうだ。
別に悪いことをした訳ではないが、とても後ろめたい気持ちになる。
そしてどうしたら良いのか全く分からない。
やはりあのときの予感は正しかった。
そんな逃げ出したい気持ちの中、目の前の物語は粛々と進んでいく。
『取りあえず、ここで助けを待とう。きっと誰か来てくれるはずだ』
『はい、きっとみんなが――きゃあ!?』
『沙織! くそ、スライムか! 気付くのが遅れた』
音も無く地を這ってきたスライムが、スルリと沙織の足首に纏わり付いた。
それを即座に切り払う陽一。だが――
『あっ、か、らだ……がっ』
『しまった、麻痺毒か!?』
『……っ……』
もう声を発することができないのか、沙織はコクコクと頷くだけ。
スライムの一撫でで彼女は無力化されてしまったようだ。
実際にそんな魔物が居るのかどうか分からないが、何とも厄介な魔物だ。
『くそ、他のも集まって来やがった。沙織、ちょっとの間だけ我慢してくれ』
『――っ』
迷わず沙織を抱き抱える陽一。
状況に対する決断と対応が素晴らしく、すぐに窮地を脱した。
陽一は沙織を抱えたまま舞台袖へと消えていく。
ここでまたも暗転、そして十数秒後、闇が開けた。
『――大丈夫か?』
『は、はい、少しですが、良くなってきました』
『良かった』
暗転して変わった場面は、先ほどとは違う場所になっていた。
要は、逃げた先という演出だろう。
地面に沙織を寝かし、それを陽一が心配そうに覗き込んでいる。
『……手を、取ってもらえませんか?』
『ん? 手を?』
『はい、痺れていて何も感じられなくて、怖いんです』
『そ、そうか、分かった、じゃあ、手を……』
自身の腰辺りでゴシゴシと拭ったあと、恐る恐る彼女の手を取る陽一。
何というか、自分も超やりそうな仕草と行動に恥ずかしくなってくる。
たぶん今の行動は、手汗がついていないか、それを思って拭ったのだろう。
お前は小手をしてんだろうが、とツッコミたくなる。
『あり、がとうございます。すごく落ち着きます』
『お、おう、それなら良かった。……悪いな、俺が魔法とか使えたら治せんのに、そしたらお前の麻痺も』
『…………魔法です。だって、こんなにも不安感がなくなったんですから、陽一さんの手は魔法です』
( ――っがああああああああああああああああああああああ )
俺は心の中でちゃぶ台を千個ひっくり返す。
どう考えてもこれは俺への精神攻撃だ。
必死に気が付かないフリをしていたがもう無理だ。
この劇の登場人物は、俺と言葉だ。
多分だが、前にあった出来事を再現というか、芝居にしているのだろう。
ノンフィクション的なあれだ。
あと、俺の役の演技が上手すぎる。
お前は俺かと言いたくなる。
「くそ、やっぱりそうなのか」
この異世界では、実際にあったことを劇にする風習がある。
前に見た劇もそうだった。だからこれもそうなのだろ――
――ちょっと待てえええええええええ!?
待った、え? 待って? これって実際にあったことなの?
え? マジで? マジで? オオマジで?
トンデモない事実に気が付いてしまった。
いきなりデカいドラゴンとか出てきたから、この芝居《話》は創り物なのだろうと決めつけていた。
だってどう考えてそうだ。
10メートル以上はありそうなドラゴンと戦えるわけがない。
まして勝つことなど……
もしかすると実際はもっと小さく、この劇がドラゴンの大きさを盛っただけかもしれないが、それでも最初は、この劇はフィクションで、そんで俺には何も関係のない話だと思っていた。
記憶が無いから気付けなかったのだ。
最初はワクワクしながら観ていた劇だが、この物語は――
「ん? ちょっと待てよ?」
改めてとんでもないことに気が付いてしまった。
俺は、いや、俺たちはいま――
「ちょっ!?」
さり気なさなど捨て去って、俺は言葉の方を見た。
真っ赤な顔をして目を潤ませている。どっちなのか判断がつかない。
「っ」
次はラティさんの方を見ると、少し眠そうにも見えるジト目。
取りあえず話を聞きたいところだが、今はまだ観劇中。
邪魔をすることができない。
俺は、祈るような思いで続きを観ることにした。
まるで浮気現場を再現しているような劇を……
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も……