舞台の幕が上がる
「え? こんな良い場所、本当にいいの?」
「うん、ここは全席こんな感じだから、そこは気にする必要はないよ」
俺たちが通された場所は、開放感がある個室のような所だった。
左右は壁で仕切られ、後ろの扉を閉めればほぼ個室状態。
だが正面には壁はなく、あるのは落下防止用の柵だけで見通しがとても良い。
そしてその見通しが良い先には、舞台幕が下ろされた舞台が見えた。
「凄ぇな、この前の所とは何から何まで違うし、椅子も良いやつだし」
「おぉー、あっちいくぅ」
「リティ、そっちは落っこちちゃうからこちらへどうぞ」
「モモは? モモはどこ~?」
「モモさん、私の隣に座りますか?」
俺だけなく、リティとモモちゃんもテンションが高い。
忙しく辺りを見回している。
「ねえ、お父さん。ここでモモたちお芝居みるんだよね」
「うん、そうみたいだね。…………しかしここは」
富裕層御用達みたいなことは聞いていたが、本当に豪奢な場所だ。
観劇に集中できるよう、他の観客と目が合うことのない作り。
確かにここなら、勇者である言葉が居ても騒がれることはないはず。
変装をしなくても落ち着いて劇を観ることができる。
「しかし、マジで凄え作りだな」
元の世界でもテレビの中でしか見たことないような場所。
非常に贅沢な観覧席だ。演劇に掛ける情熱と本気度がよく分かる。
この街は本当に演劇へ力を入れているのだろう。
そんな風に感心しながら見ていたら、ふとあることに気が付いた。
「あれ? ここって5席しかないんだけど。どうするの?」
「ああ、僕と唯ちゃんは遠慮するよ」
「へ?」
「僕たちは僕たちで楽しんでおくから、気にしないでいいよ」
「いや、だって、それだと……」
いまの話の流れだと、この豪華な場所で演劇を観るのは、俺たち家族4人と言葉だけになる。
確かに丁度5人だ。
だがしかし、ここに招待されているのは言葉たちの方だ。
俺たちの方が人数が多くなるのは何か違う気がする。
だったらモモちゃんを言葉に任せて、俺たちが他所へと行った方が良い気がするのだが。
「本当に気にしなくていいよ。元々これは、陣内君が招待される予定だったんだから」
「へ? はい? えっと……?」
「なんでもね、この劇の脚本を書いた人が、是非陣内君に見て欲しいって言ってて。でもさ、陣内君はそうひょいひょい来られる立場じゃなかったから、それでもう1人の当事者である沙織ちゃんに白羽の矢が立てられたって感じなのさ」
「もう1人の当事者? なんですかそれ?」
「ああ、本当に白羽の矢が立てられたって感じだ」
「……」
1人で『うんうん』と頻りに頷くハーティ。
とても嫌な予感というべきか、それとも不穏な空気がと言うべきか、そんな感じがヒシヒシと伝わってきた。
しかしここまで来て帰るという選択肢はない。
モモちゃんがとても楽しそうに舞台の方を見ているのだ。
言葉と何かを話している。
「……まあ、命の危険があるわけでもないし、いいか」
「うん、それは保証するよ。ちょっとだけ…………いや、何でもないよ」
露骨に思わせぶりな態度を醸し出すハーティ。
この人は何かを知っている様子。
もしかするとだが、この新作の内容を把握しているのかもしれない。
「あの、ハーティさん」
「――おっと、そろそろ始まるみたいだね」
チリンチリンと優しい鈴の音が鳴った。
そろそろ劇が開演するとの合図だろう。
ざわざわと聞こえていた人の声がスッと静まった。
「じゃあ、僕はこれで」
小声でそう言ってハーティは去っていった。
今さら何を言っても無駄だろう。切り替えることにした。
「取りあえず、席を決めるか」
席の並びは、右から言葉、モモちゃん、俺、リティ、ラティさんとなった。
大人が子供たちを挟む形だ。
最初はリティを膝の上に乗せる案もあったが、そろそろお行儀良く座ることを覚えた方が良いとのことで、リティも席に座ることになった。
ただ、リティはまだ子供なのでぐずる可能性もある。
だからそのときは、魔法で容赦なく眠らせることになった。
ラティさんの提案で……
「ん? そろそろかな?」
照明、もとい”アカリ”が消えていった。
いま光によって照らされているのは舞台の上だけ。
「そういや、これってどんな話なんだろ?」
「あの、そう言えば何も聞かされていませんねぇ」
「あっ、始まったよ、コトママ」
「はい、始まりました――え?」
いきなりクライマックス。
舞台の幕が上がると、そんな衝撃的な場面から始まった。
少し地味なローブを纏った女性が、巨大な竜に喰いつかれんとしていた。
人を一呑み出来そうな程大きな顎が見る者の度肝を抜く。
とても良く出来た大道具だ。遠目には竜にしか見えない。
隣に座っているモモちゃんが息を呑む、その隣に座っている言葉も驚き息を呑んでいる。
当然、俺も。
一瞬にして物語へと引き込まれた。
これからどうなってしまうのか、そんな思いしか浮かばない。
この物語はいきなり惨劇から始まるのか、それとも――
『っらああああああ!!」』
横槍一閃、黒ずくめの男が竜の左目を貫いた。
大きく揺らぐ巨竜。
「かっけええ……」
少年の妄想が詰め込まれたような展開。
女の子があわやというところに颯爽と駆けつけて、救う。
マジで格好いい。
男なら誰もが思い浮かべ、そしてやってみたいシチュエーションだ。
思わずこぶしをグッと握ってしまう。
リティとモモちゃんにもこの良さが分かるのか、感嘆の息が漏れている。
ラティさんと言葉からも息を呑む音が聞こえた。
だがそれは、感嘆というよりも緊張からの音のように思えた。
『こっちに』
『は、はい』
黒ずくめの男が、怯えて動けずにいる地味なローブの女を横から掻っさらうように抱えた。
そして吼えるように――
『――今だ』
そんな号令を上げた。大勢の冒険者が殺到する。
そこからは如何にも劇といった感じの演技が始まる。
皆が踊るように剣や大斧を振るい、人を一呑み出来そうな巨竜を押していく。
物語に合わせた音楽が鳴り響く。
よく出来た演出だ。視覚だけなく聴覚も動員させられる。
そして、最初に槍を突き刺した黒ずくめが、最初に突き刺した槍をさらに奥へと突き刺すことで巨竜を討伐した。
「はぁぁ……」
あまりの熱い展開に息をするのを忘れていた。
そしてそれは俺だけなく、左右からも大きな吐息が聞こえた。
俺はチラリと横をみる。
( 良かった…… )
モモちゃんが瞳を輝かせていた。
物語に夢中、それ以上の瞳を見せている。
さらにその横、言葉は真っ赤な顔をしていた。
( はて? )
少し違和感を覚えた。
顔を赤らめるような展開だっただろうかと。
『大丈夫か、沙織』
『は、はい。陽一さん』
「ん?」
登場人物が名前を呼び合った。
物語の流れとしては何ら問題の無いことだが、妙に、いや、超引っ掛かった。
そう、超引っ掛かったのだ。
気が付いてはいけないことに気が付きそうなる感じ。
俺は無い無いとそれを頭のどっかに追いやる。
『助かったぜ、ナイジーン』
『間に合って良かったよ。取りあえずここから離れよう』
『ああ、そうだな。また次が来るとは――気を付けろ! 何かが』
『きゃああっ!?』
突如舞台に穴が空いて、助けたばかりの女性が落ちていく。
誰もそれに追い付かない中。
『沙織っ!』
落ちていく女性を追うように、黒ずくめの男も穴へと飛び込んだ。
まさに息をつく暇がないとうヤツだ。全く先が予想できない。
再び俺は、この劇へとのめり込んだのだった。
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