白いアイツがきた
ヤツが来ます
「きょうも、モモがお水を作るね」
「モモちゃん……なんて、なんてお利口さんなんだ……」
御者台に並んで座っているモモちゃんが、天使のような笑顔でそんなことを言ってきた。
聡く聡明で賢明で賢く賢者のような、要は、すごぉ~く良い子のモモちゃんが、今日もお手伝いをすると言ってきたのだ。
俺は父親として思わず咽び泣いてしまう。
この子は本当に良い子だ。まだ小さいというのに……
( 俺が5~6歳のときなんて…… )
自分はどうだっただろうと思い起こす。
浮かんだ記憶は、親に迷惑掛けた情けない記憶ばかり。
席に着けばコップは倒すし皿は割る。
外へ出かければ迷わず迷子、動物園と遊園地ではぐれなかったことは一度も無い。
そして極めつけは、お手伝いという概念があったかどうかも怪しい。
お手伝いで買い物袋を持つと言ったことはあるが、あれは単に買い物袋を持ってみたかっただけだ。
重くて途中で飽きて、結局母に返した覚えがある。
「モモちゃんは本当にいい子だなぁ。じゃあ、後でお願いね」
「うんっ」
両手を上げて元気に返事をするモモちゃん。
最近の彼女は絶好調だ。それに引き換え俺は……
「……何やってんだろ」
現在俺たちは、サラッと迷子になっていた。
ネトリ領主が治める地域を出て、地図に載っている道まで何とか戻れた。
その後は地図に従い【シャの村】を目指した。
【シャの村】を目指した理由は一番近くだったから。
一応を多めに積んではいたのだが、そろそろ食料が危なくなってきたのだ。
しかし何処をどう間違ったのか、俺たちはその村には辿り着けずにいた。
そしてその結果、水が切れた。
いまはモモちゃんの魔法によって作り出される水が生命線となっていた。
ラティさんは水を作り出す魔法が使えないのだ。
親にできないことを自分ができるからか、モモちゃんは嬉しそうに水を作りだしている。
「何で俺は魔法が使えないんだろうな……」
ついそんな愚痴がこぼれてしまう。
しかし仕方の無いことだ。異世界に来たというのに、異世界の醍醐味である魔法が一切使えないのだから。
俺もババーンと魔法を使ってみたかった。
炎とか出してみたかった。しかし俺に出せるのは槍からの破壊光線だけ。
破壊光線は鉄砲よりも威力はあるが、普通の生活には何の役にも立たない。
ラティさん曰く、俺は戦闘だけに特化された存在らしい。
出来ればもうちょっと汎用性が欲しかった。
「――あっ! まちが見えた」
「えっ!? どこ?? あ、ホントだ」
俯いていて気が付かなかった、顔を上げると遠くに街らしきものが見えた。
中央のアルトガルという街に負けない立派な城壁が見える。
まだ遠くなので街の規模は分からないが、少なくとも村といった小さな集落ではなさそうだ。
「モモちゃん、ラティさんを呼んで。あの街が何処か判ると思うから」
「うんっ」
迷子になってから三日。
俺たちは何処かの街へと辿り着こうとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
辿り着いた街は、アキイシ伯爵が治めるアキイシの街だった。
西側では二番目に大きな街で、この前滞在していたノトスの街よりも大きい。
ラティさんの話によれば、ここは鍛冶と演劇が盛んな街で、俺が持っている物騒で無骨な槍はここで作られたものだとか。
俺は通行税銀貨22枚払い、アキイシの街へと入る。
「すっげえ……」
城壁の門を潜った先は、驚くほど洗練された街並みだった。
一瞬、元の世界の外国かと思ってしまうほど整っており、歩いている人の格好と、物を運ぶために走っている馬車がなかったら勘違いしてしまいそうなほど。
この街に比べると、ノトスの街が田舎くさく思えてきた。
「はあぁ……ちゃんと水路もある」
「はい、西は川が多いので、街の至るところに川がひかれておりますねぇ」
「すごい、すごい! ほら、リティちゃんも見て」
「おおぉ~、おおおぉ」
「ほら、あっちも」
「どこ~?」
モモちゃんに促され、リティもキョロキョロと辺りを見回しだした。
お姉ちゃんが指差す方へと顔を向けてははしゃぎ、また他の場所を見ては身を乗り出して声をあげた。
ちゃんと抱っこしていないと落っこちそうだ。
「あっ、あっちに大きな家がある」
「ん? ここの領主様の屋敷かな? 確かアキイシ伯爵だっけ?」
「はい、あそこはアキイシ伯爵のお屋敷ですね。わたしたちは何度か泊まったことがありますねぇ」
「へえ、そうなんだ。やっぱ、勇者さまだから誘われたとか?」
「……いえ、そうでなくて、ヨーイチさんが勇者様の操るゴーレムと戦って、そのときに酷い怪我を負って、その治療のために……」
「マジで何やってんの俺!? は? ゴーレムと戦った? 色んな意味で無駄にファンタジーを体験してん――っ止まれゼロゼロ!」
呑気に雑談していたが、突如、全身が泡立った。
横から白い獣が飛び出してくる。そんな不可思議な予感がしたのだ。
俺はモモちゃんをしっかりと抱き抱え、勘に従ってゼロゼロの手綱を引いた。
リティを抱き締めるラティさんが横目に見える。
「――来た」
不可思議な予感通り、白い毛玉のようなモノが飛び出してきた。
俺は、それに見覚えがあった。
「この白いヤツって確か――あっ!」
飛び出してきた白い毛玉は、ふわふわとした見た目にそぐわぬ軽快さで御者台を駆け上がり、俺が抱っこしているモモちゃんへとダイブした。
「ヨウちゃん、くすぐったい。あんまり顔をなめないで~」
「ぐっ」
勢い良く駆け上がってきた白い毛玉は、勢いそのままモモちゃんのお顔をペロペロと舐めだした。
なんとも微笑ましい光景なのだが、言葉だけだと非常によろしくない。
なんか俺が捕まりそうな字面だ。
「もうっ」
白い毛玉は脇に手を入れられ、モモちゃんによって捕獲された。
捕まった途端に大人しくなる白い毛玉。
ふわふわな尻尾だけが大きく横に揺れている。
「あれ? ヨウちゃんが居るってことは?」
コテンと首を傾げるモモちゃん。
彼女の疑問に答えるように、その人物は姿を現した。
「ヨウちゃん、あれだけ飛び出したら駄目っていってる……のに」
心配そうな顔をしてやってきた女性は、俺たちを見て表情を一変させた。
一言で言うならば『え?』といった顔だ。
彼女はそんな表情で俺たちのことを見上げた。
そして次の瞬間には、それは満面の笑みへと変わったのだった。
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