浮気編? プロローグ
浮気編には飯○ 武也ですよね
「くそったれ、数が多すぎるっ」
薄暗いダンジョンの中、黒を基調とした戦装束に身を包んだ男が、吐き捨てるように言った。
その男が睨みつける先には、おびただしい数の魔物が、獲物に向かって這うようにやって来ていた。魔物は疲れ知らず、獲物を淡々と追い続けていた。
その魔物が狙う獲物とは、戦装束を纏った男と――
「陽一さん、あんなに魔物が……」
落ち着いた青色の法服姿の女だった。
魔物は二人を完全に捕捉しており、ジワリジワリと距離を詰めてきている。
背後は切り立った崖で退路はない。
「沙織、下がってろ」
「陽一さんっ」
沙織と呼ばれたローブ姿の女が、豊かな胸元の前で指を組み、不安そうな声で愛しき人の名前を呼んだ。
「沙織、安心しろ。――お前だけは絶対に守る」
「――っ」
陽一と呼ばれた男の言葉に、彼女が目を瞠る。
一瞬、感激にも似た嬉しさを見せるが、それはすぐに消え失せて悲痛なものへと変わった。
うっすらと涙を浮かべ、縋るように声をあげる。
「イヤですっ、一緒に……一緒に生きて帰りましょう。……そうじゃないとイヤです。一人じゃ……」
「あ、ああ……そうだな。こんな所でやられてる場合じゃねえよな」
「はい」
瞳を瞬かせ、嬉しそうに返事をする沙織。
だが状況は非常に厳しく見える。たった二人で何とか出来る状況ではない。
魔物の数は圧倒的で、一度切り込めば囲まれてしまう。
距離を取りながら戦えれば何とかなるかもしれないが、背後の切り立った崖がそれを許さない。
陽一は覚悟を決め、沙織を守るために前へ征こうとする。
「陽一さんっ!」
「沙織……。安心しろ、絶対に倒し切ってみせる。だからお前は後ろで援護に徹してくれ、そうすりゃ俺は無敵だ」
「でもっ、私の援護だけじゃ」
「何とかなる。いや、何とかしてみせるから」
「……だったら、勇気が欲しいです」
「へ?」
「勇気が、勇気が出るおまじないが欲しいです」
そう言って胸元へと流し束ねている髪を握り込む沙織。
僅かに視線を逸らしたが、すぐに前を見る。愛しい人の瞳を。
「勇気が出るおまじないが欲しいです」
「『勇気が出るおまじない』って、何だよ……」
本当は察しがついているのに、全く分からない振りをする陽一。
自分の口からは恥ずかしくて言えないのだ。
彼女の瞳を見れば一目瞭然、沙織が何を求めているのか……
「勇気を、私にください……」
「っ!」
先ほどまで雄弁に語っていた瞳を閉じて、彼女は少しだけ顔を上げた。
それによって陽一の視線は、花びらを丁寧に重ねたような、愛らしく形の良い桜色の唇へと惹きつけられる。
何を求めているのか分からぬほど莫迦ではない。
いや、ここで分からぬヤツは死んだ方が良いほどの愚か者だ。
陽一はそっと自分の唇をそれに近づける。
それは『勇気が出るおまじない』のためだけでなく、二人で帰る誓いを果たすための行為。
いま二人の唇が、竜の巣の奥底を舞台にして重なろうとした――
読んでいただきありがとうございます。
今回はちょっとプロローグ的なヤツから始めてみましたー