顛末だー
ネトリ編ラストです。
俺たちは、攫ってきたクソ領主をヤツの息子のところに突き出した。
もちろん事前に接触と連絡は取った。
ラティさんにこっそりと会いに行ってもらい、クソ領主が身に付けていた物を証拠として見せたのだ。
本当は俺が行きたいところだった。
だが、見つかって大事になるのも避けたかった。
今回のことで自覚した。俺は潜入任務に向いていないと……
「あの、ヨーイチさん」
「うん?」
ゼロゼロの手綱を握っている俺に、ラティさんがおずおずと話し掛けてきた。
いま俺たちはゼピュロスへと向かっている途中。俺たちは御者台並んで座り、子供たちは馬車の中だ。
「引き渡し領主のことですが、多分ですが、その……」
「あ~~、うん。分かった」
そう言って手のひらを見せて彼女の言葉を遮る。
言い淀んだことで察した。クソ領主はきっと殺されるのだろう。
ラティさんから聞いた話では、領主の息子は反乱を起こすつもりだったようだ。
自分こそが領主に相応しい、欲に溺れた父は降りるべきだと。
そんな息子のもとへと送りつけられたのだ。
数日は生きていられるかもしれないが、それは数日だろう。
自分の嫁を奪い、そして自殺へと追い込んだのだ。
まともな扱いをされることは……
「……まぁ、自業自得だよな」
あのクソ領主がどんな末路を辿ろうと同情はしない。
それだけのことをしてきた、そう確信ができる。
最初は『ネトリなどするな』と、そう釘を刺すだけのつもりだった。
だがヤツのネトリの話を聞いて、コイツはこれ以上野放しにはできない、そう考えて予定を変更してクソ領主を攫った。
その結果、クソ領主が死ぬことになったとしても自業自得だ。
決断はヤツの息子に託すことにしたのだ。
「……仕方ねえよな」
俺はぼんやりと景色を眺めながら、領主に尋問したときのことを思い出す。
あのクソ領主は俺に尋問されていたとき、やって来たラティさんを見た瞬間、目の色が変わった。
本人は上手く隠していたつもりなのかもしれないが、俺にはバレバレだった。
明らかに目つきが変わっていた。
取り繕おうとしていた視線だってそうだ。
俺の方へと視線を向けていたが、瞬きなどをして誤魔化しながら、ラティさんの顔を目に焼き付けようとしていた。鼻の穴も若干広がっていた。
しかも最後の方は、碌でもない考えが顔に滲み出ていた。
断言できる。クソ領主は絶対にラティさんでゲスなことを思い浮かべていた。
あれやこれやを……
ふと思い出す。
ネトリ村でもそうだったが、俺は害意や悪意を向けられると何故か冷静になる。
最初はぶわっと怒りや憤りが噴き出すのだが、その噴き上がった赤黒い感情がドンドン鋭くなって、とても鋭利な刃物のように研ぎ澄まされる。
集中力が高まるとはまた別な感覚だ。
それのもっと上、少し漫画っぽい表現になるが『ゾーンに入った』みたいな感覚だ。裏の明鏡止水とも言えるかもしれない。
そんな状態だからよく分かった。
クソ領主がゲスなことを思い浮かべた後、命乞いが無駄だと察した瞬間逃げ出そうとしたことが。
あれは何とも不思議な感覚だった。
本当にスルッと槍が出た。別に刺すつもりはなかったのに、何故か自然と槍が前に出て、障子に穴を開けるよりも気楽に突き刺していた。
そして驚くことに、クソ領主の脚の付け根を刺しても何も思わなかった。
淡々と冷たい言葉が出た。
この一連の流れで、俺は嫌なことが分かってしまった。
記憶を失う前の俺は、悪意や害意を向けられることに慣れてしまっている。
だから裏の明鏡止水のような状態になり、様々なことを対処してきたのだろうと。
脚の付け根刺しだってそうだ。
アレは速やかな無力化を目的としたモノで、そういった無力化が必要な場面に何度も出くわしたことがあるから出来たのだ。
自己嫌悪に陥るわけではないが、『マジで何をやってきた俺』と言いたくなる。
全く記憶はないが、いくら何でも修羅場を超えすぎだろう。
「はぁぁ……」
「あの、ヨーイチさん。どうなされたのですか?」
深い溜息をついた俺に、ラティさんが眉をハの字に落として心配そうに窺ってきた。
「ん? いや、何でもないですよ。ちょっと色々と思うところがあって……」
誰かに吐き出しづらい話だ。俺は咄嗟に言葉を濁す。
「…………そうですか」
「う、うん。え? あ、ありがとう」
ラティさんが尻尾をスッと差し出してくれた。
これを撫でてリラッスクでもしてくださいということだろう。
俺はその厚意に甘え、彼女の尻尾へと指を這わす。
「ふあぁぁ……」
指先がとても温かく、それが全身へと広がっていくようだ。
まるで肩まで温泉に浸かったような心地良い至福感。漏れ出すような声がつい出てしまった。ちょっとだけ恥ずかしい。
やはりラティさんの尻尾は凄い。
極上の手触りもそうだが、疲れとか嫌なことがすっ飛んでいく。
この尻尾様には本当に癒やされる。
「……あの、色々とは何でしょうか?」
尻尾を堪能している俺に、ラティさんが優しい口調で尋ねてきた。
「あ、えっと…………召喚された勇者は碌でもないモンを遺していったなって思って。ほら、あの村は酷かったし」
「あの……はい、確かにそうかもですねぇ」
素直に明かし難くて、俺は咄嗟に別のことを言う。
一応、勇者が遺した【ネトリ】には色々と思うところがあるので、全く嘘を言っている訳ではない。ちょっと誤魔化しただけ。
俺はさらに誤魔化し続ける。
「本当ならさ、勇者なんて召喚されない方が良かったんだろうな。そしたら変に汚染されることもなかったし、あんな無茶苦茶なことがまかり通るもこともなかったんだろうな~って思って」
「あの、ヨーイチさん」
「うん?」
俺の名前を呼ぶ声に、凜とした真剣さがあった。
ほわほわしていた気持ちを引き締めて、言葉の続きを待つ。
彼女が瞳に強さを込め。
「わたしは、勇者召喚があって良かったと思っています。魔王の討伐もそうですが、それ以上に……」
「それ以上に?」
「ヨーイチさんに出会えたことが」
「――っ!」
その先を聞かなくても分かる。
彼女の真剣な顔が、光を宿した瞳が、そして尻尾がその先を雄弁に語っている。
強い感情がドクドクと心に流れ込んでくる。
「あ、ありがとう。ラティさん」
「いえ。――それと、ヨーイチさんの気概があったから、わたしたちはどんな時でも無事でいられました。ですから、御自分を責めることはなさらずに。どうか……」
「あっ、ああ……」
尻尾による繋がりは一方通行ではない。
お互いの気持ちと感情が行き来するのだ。
俺が考えていたことは全部垂れ流しだった。
端的に言うと、ラティさん超策士だ。
俺はモロに引っ掛かってしまっていたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次回はとうとう、言葉様との浮気回?です。