へっぽこ潜入
「ふぬらばっ!」
「――がぁ、ぁぁが……っ」
「……よし、バレてない、よな?」
そっと辺りを見回す。
誰かに気が付かれた様子はないし、近づいて来る気配もない。
上手くいったようだ。
「次こそは……」
現在俺は、大絶賛スニーキングミッション中。
要は、こっそり忍び込んでいる途中だ。
寝静まっている村の中を、腰を落としてソロリソロリ進んでいた。
そして、呆気なく見張りに見つかってしまっていた。
俺を目撃した見張りの男は仲間を呼ぼうとした。
大声でも上げようとしたのか、息を吸ってから口を大きく開こうとしやがった。
当然速攻で阻止。一瞬で距離を詰めて顔面鷲掴み。
その後は背後を取って裸絞めでフィニッシュ。
一応息をしているか確認してから潜入を再開する。
「くそ、案外難しいな。ゲームとかだと余裕なのに」
ゲームのように背後を取ってみるも、あと少しというところで見つかってしまっていた。
一応金属音などはしない装備だが、それでも多少の衣擦れの音がしてしまうし、足音も結構するものだった。
それに辺りが静まり返っているからよく聞こえるのだろう。
実のところ、俺はすでに三回見つかっていた。
その都度、アイアンクローからのチョークスリーパーを掛けていた。
取りあえず五メートルまで接近できれば何とかなる。今の俺の脚力ならその距離を一瞬で詰められる。
「ラティさんだったら、もっと華麗に潜入してみせるんだろうな……」
「ん? なんだ? 何か声――がはっ!?」
「ふんぬらばっ!」
ゴキリと音を鳴らしながら、四人目の見張りを無力化する。
どうやら俺は、潜入には向いていないようだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よし、無事潜入成功か?」
扉の鍵を槍で壊し、目的の屋敷へと潜入した。
月明かりが期待できない建物の中は真っ暗で、俺は手探りで中を進んでいく。
――くそっ、何も見えねえ、
ゲームだったら暗視スコープとかあんのに、
……ん? こっちかな?
何となくの勘を頼りに、俺は少しずつ進んでいく。
取りあえず得物の槍が非常に邪魔だ。槍は潜入ミッションに非常に不向き。
気を付けているのに時々ぶつけてしまう。ナイフが重宝される理由がよく分かる。
「これは階段かな?」
壁ではない手触りがした。
それは段差になって上へと続いている。
「よし、権力者ってヤツは上に住んでるもんだよな」
俺は自分の中の常識に従い、音をできるだけ殺して階段を登る。と――
「――しぃっ!」
「がっ!? あがぁ……何故わかっぁ」
階段の上から、飛び降りるように誰かが襲ってきた。
俺はそれを全く気が付けなかったが、寸前でそれを察知することができた。
何故か、分かった。
「――んぬらばっ」
また一人絞め落とした。
もう全部倒す勢いな感じもするが、一応こっそりと行く。
そして、いかにも領主が居そうな部屋へと辿り着いた。
「…………何も聞こえないな」
扉に耳を当てて室内の音を拾ってみる。
扉の奥からは何の音もしない。
「……」
息を殺しながら扉のノブを捻り、ゆっくり扉を開いて中へと入る。
入った部屋には窓があり、その窓から月明かりが差し込んでいた。
月明かりで薄らとだが部屋を見渡せる。
「コイツが領主か?」
3~4人ぐらいは寝られるデカいベッドに、小太りの男が横になっていた。
イビキはかいていないが、ダラしなく大口を開けて眠っている。
俺はそのダラしなく開けている口を塞ぐように、アイアンクロー。
「――ふごっ!? ふが? ふがが??」
「静かにしろ。声を上げたら、オマエを殺す」
俺は槍をチラつかせながら、できるだけドスを利かせた声で脅す。
そして相手が頷くのを確認した後、ゆっくりと手を離す。
もちろん穂先は男へと向けておく。
「アンタがここの領主でいいんだな?」
「そ、そうだ。ワシがここいら一体の領主のヴァンヘルヴだ」
「よし、そうか」
名前がちょっと格好良いと思ってしまった。
だが今はそんなことを考えている場合ではない。
「一つ確認する。税としてネトリをやっていたのはお前だな?」
「……あ、ああ、そうだ。アレは勇者オオヤマ様が遺してくださったモノであり、それを誇り高き我が家が代々が守ってきたのだ」
最初は気弱そうな声だったのに、勇者の名前を出してから一変した。
まるでそれは、正義は我にありとでも言わんとばかりに。
気付けばヴァンなんとかは身体を起こして、俺のことを勝ち誇ったような目で見ていた。
勇者という言葉を出せば、俺が怯えるとでも思っているのだろう。
その証拠に、先ほどのまであった焦りは微塵もなくなっている。
いや、余裕すら感じさせる。
「……そうか、だったらそれを二度とすんな」
「――なっ!? ネトリは勇者様から賜ったモノだぞ! それを夜盗如きに――っ!? …………貴様、息子のヴォルガナッカーに雇われた者だな?」
「あん? う゛ぉるが?」
「アイツはまだ根に持っておるのか、あのようなことを……」
「……なんだよ、それ」
「ふん、しらばっくれおって。フィリシァのことだろう?」
「ふぃり? ん? 誰のことだ?」
「息子の嫁だ。ちと綺麗だったからのう」
薄暗い部屋に、ニタリとした厭らしい笑みが浮かんだ。
当時のことでも思い起こしているのか、その眼にはドロリとした濁りが見える。
不快しか抱かないその顔を見て、俺は最悪なことを察してしまう。
「おい……お前がまさか、自分の息子の嫁を……」
「見目は良かったが、存外に暴れおって本当に苦労したわい。しかも当て付けのように死におるし。まったくあの女は」
「てめっ」
「ぐふぅっ!?」
俺は全力でクソ野郎の顔をベッドへと捩じり込む。
ありったけの力を込めてやった。いかに柔らかいベッドであろうと関係無い。
メキメキとヒビが入る手応えが伝わってくる。
「ぅご、ぅぅご、ぅぅう」
必死に声を出そうしているが、そんな隙間やくれてやらない。
「黙ってろっ」
「――!!!!!???」
体重も乗せてさらに押さえつける。
何もできず手足をバタつかせるクソ野郎。
それが次第に大人しくなっていく。
「運び出すか」
最初の予定では、死ぬほど脅して何もできないようにするつもりだった。
腕の一本でも折ればいい、そうすれば大人しくなる。
そもそも、俺の本来の目的は子供たちの身の安全だ。
だから脅してしばらく間なにもできないようにして、後はギームルの爺さんに任せれば良い、そんな風に考えていた。
だが俺は痛感させられた。
ネトリなんてものを強要させるようなヤツだ。碌でもないヤツだ。
本当に碌でもない下衆でクソ野郎だった。
どういった経緯で息子の嫁を奪ったのかは分からないが、それを行ったのは事実のようだ。自ら自白した。
もうこのクソ野郎は一時でも野放しにできない。
俺は予定を変更して、このクソ野郎を攫うことにしたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字なども……