金属の歯車を削る
お待たせしました。
ちょっと長くなりそうだったので、分割!
暗い夜道だが馬車を走らせ、俺たちはネトリ村から離れた。
一時間以上は走らせただろうか、その辺りで馬車を止めた。
まだ森の中だが、辺りに魔物の気配はしない。
「あの、たぶんもう大丈夫かと」
「うん、さすがにこれだけ離れれば追ってこないよね。それに……」
追ってくるほどの気概はないだろう。
最後の脱出時、ラティさんは四人以上の腕を刎ねていた。
その被害を考えるに、これ以上追跡してくるとは考えにくい。
「よし、今日はここで休もうか」
「はい、それではヨーイチさんがお先にどうぞ。見張りはわたしがしますので、馬車の中で子供たちと一緒に休んでください」
「あ、いや、その前にちょっと話をしたいかも。今回の件のことで――」
俺はラティさんと話をした。
それはネトリ村のことを。あの村は異常だった。
あの村ではネトリが正常であり、あの村の住人からしたら俺の方が異常。
【ネトリ】を高尚な行為として称賛していた節が――いや、称賛していた。
少なくとも男連中はネトリを良しとしていた。そんな村だった。
そしてそれを税として納めるまでに……
あまりの認識のズレに困惑する。
ラティさんがネトリを拒否したことから、アレが一般常識でないことは分かる。
じゃあ、あの村が特別なのか、それを彼女に尋ねたのだ。
「――なるほど、そういうことか」
「はい、そうではないかと、わたしはそう推察します」
ラティさんはネトリ村のことを、外部から隔離された村ではないかと言った。
確かに【ネトリ】という勇者の教えはあるが、それは既に廃れたというか、他の勇者たちによって否定されているそうだ。
もしかしたら一部の権力者がまだ嗜んでいるかもしれないが、それでも大々的に行うような行為ではない。
ましてやそれを税として納めさせるようなことはないと。
だからあの村は隔離されていて、当時の古い認識のままではないかと、ラティさんはそう話した。
ラティさんが読んだことがある本の中に、それと似たような事例が書いてあったそうだ。
「でもさ、そんなことあるのかな? そんな隔離するみたいな」
「……あの村は、中央のアルトガルと、西のゼピュロスの境目辺りだと思うのです。だからどの領地にも属していないのかもしれません。村人たちは領主様と言っていましたが、誰も爵位は口にしませんでした」
「ああ、なるほど……」
元の世界でも似たような場所はある。
都心からそこまで離れていないのに、交通の便が悪いことで捨てられた村が。
そしてそういった場所は、大雨の被害などで道路が一本寸断されただけで陸の孤島と化したりする。
この異世界は元の世界ほどインフラは進んでいない。
そして何よりも連絡が乏しい。連絡をするには手紙を届ける街道が必要だ。
一度誰かに忘れられたら、そのまま忘れ去られる可能性は十分にある。
「そっか、何処とも道が繋がってないんだ。だから……」
ネトリ村へと辿り着けたのは偶然だ。
俺が無理矢理ショートカットしたから行けたような道だ。
道が繋がっていなければ人が訪れることは少ない。
( そういや地図にも載っていなかったもんな…… )
「領主さまが居る場所とだけは、繋がっているのでしょうねぇ」
「偶然孤立してできた国みたいな感じかな?」
「はい。……それか、忘れ去られた場所なのかもですねぇ」
「……」
「だからあのような風習が……そのまま……」
「ああ」
この推察が合っているかどうか分からないが、やりたいことができた。
別にやらなくても良いことだが……
「……あの、探しますか? 領主さまがいる場所を」
「ああ」
ラティさんは俺の思いを察してくれていた。
それに、彼女も同じように思っていたのだろう。
「大人は知らん。だけど子供たちは……」
「はい」
ラティさんを捕まえようとした連中は、どうなろうと知らん。
自分たちの税を軽くするために人の嫁を貸せと言ってきたのだ。
召喚された勇者による影響かもしれないが、ヤツらはそれを選択した。
だからどうなろうと知らない。
だが子供たちは別だ。
子供たちには何の罪もない。
あのとき、モモちゃんと同じぐらいの歳の子がいた。
モモちゃん程ではないが、ちょこんと可愛らしい女の子だった。
あの子が大きくなったら、誰かのことを好きになったり、その誰かと恋に落ちたりするのだろう。
もしかしたら、その恋に落ちた人と結婚して結ばれるかもしれない。
そして――税を軽くするための生け贄へと……
「――領主を潰す。そんでもってついでに道を聞く」
俺は、少しだけ勝手なことをすることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二日後、俺たちは領主が居るであろう村を突き止めた。
この周辺にはネトリ村以外にも二つの村があり、そのうちの一つの村に立派な建物が建っていた。【トンの村】にもあった石造りの建物だ。
魔物が来ても十分に籠城ができそうな堅牢さ。
きちんと確認したわけではないが、領主と呼ばれる者がいるだろう。
日が落ちたら行動する予定だ。
「あの、本当にお一人で行くおつもりですか?」
「うん。だって、リティとモモちゃんを見ている人が必要だろ?」
「はい、それは確かにそうですが……」
できることなら二人で行きたいが、子供たちだけを残していく訳にはいかない。
「いっしょ、いくぅ」
「うんうん、いっしょに行きたいねぇ。でも今日はダメだよ、リティちゃん」
何処か楽しい場所にでも連れて行ってもらえると思ったのか、リティちゃんが抱っこを望みお手々を伸ばしてきた。
うっかりそのお手々を取りそうになる。
「ラティさん、頼みます」
「はい、ヨーイチさん。ほら、リティ」
俺の代わりにリティを抱っこしてあげるラティさん。
慣れた手つきでリティを抱っこして、どうぞと言って俺を見送ってくれる。
「モモちゃん、お父さん、ちょっと行ってくるから、イイ子にして待っていてね」
「うん、お母さんといっしょにリティちゃんをみてる」
「じゃあ、行って来る」
「はい」
家族に見送られる中、俺は狼を模した仮面を被る。
( しかし、何でこんな仮面を持っていたんだろ? )
俺たちは領主を懲らしめることにした。
しかしどうやって懲らしめたら良いかと頭を悩ませた。
一番手っ取り早いのは身分を明かすことだろう。
ヤツらは勇者を褒め称えている。
ならば俺のステータスプレートを見せて、どっかの御老公のようなことをすれば良いのだ。ステータスプレートが印籠の代わりだ。
だがこれをやった場合、俺の正体を明かすことになる。
絶対に後でギームルの爺さんに怒られるし、下手をすると進めている計画が駄目になるかもしれない。
もしそうなったら超怒られる。
だから俺たちは、正体を隠したまま懲らしめることにした。
少々野蛮な方法だが、力を見せつけてゴリゴリに脅す。
何もずっと抑えつける必要はない。
あとでギームルに言えば良い。ここに村があることを教えれば良いのだ。
あのジジイならきっと何とかしてくれるはず。
記憶はないのに、あのジジイなら何とかするという確信があった。
「……よし、行くか」
黒い装備を纏った俺は、闇夜に溶けるように歩を進める。
気分は潜入ミッションのアレだ。
俺は、領主がいるであろう村へと潜入したのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字なども……