ヴォーパル再び
お待たせしましたー
一瞬だった。
横に居たラティさんが跳ねるように駆けて、男の右腕を切り落とした。
そしてこれまた一瞬で隣に戻ってきた。
あまりのキレの良さに誰も気が付いていない。
ベタな言い方になるが、俺じゃなかったら見逃しちゃうねってヤツだ。
ラティさんは一瞬で体格の良い男の腕を短剣で……
「あれ? 何で武器を? 確か馬車に置いてきたんじゃ?」
「これは母の形見ですので」
そう言って肉厚の短剣を見せるラティさん。
彼女にとってこれは武器である前に母親の形見。
だから馬車には置いてこなかったのだろう――と思ったが。
「――それに、武器を全て置いていくのは危険です。最初から全部置いてくるつもりはありませんでした。記憶を失う前のヨーイチさんだったらきっと槍を手放さなかったはずですよ」
「――っ」
そこまで警戒しなくても、と思う。
だがしかし、現状はとても危険でラティさんの方が正しい。
最初は全く害意を感じなかった村人たちだが、いまは違う。
ヤツらは俺のラティさんを奪おうと害意を向けている。
まるで夜の闇が彼らに入り込んだようだ。
元の世界とは違うのだ。ここは俺の常識が通じない異世界。
そして――
( ――なんか見覚えが……ある? )
村中の人の囲まれているという異常事態なのに、何故か見覚えがあった。
普通だったらもっと慌てるべきなのだろう。
だけど心の中では、『またか……』という思いが渦巻いている。
記憶を失って覚えていないが、俺はこの状況を知っている。
何度か体験したことが、これに遭遇したことが、そして追われたことがある。
「……マジか。どんな異世界生活してたんだよ、俺」
記憶を失う前の俺を問い詰めてやりたい。
お前は何をやってきたんだと。勇者は普通、村人全員を敵に回すようなことはしないだろうと。
「わたしが道を作ります。ヨーイチさんは子供たちを」
「わかった」
ゴチャゴチャ考えている場合ではない。
早くこの村から脱出しなくてはならない。
俺は小屋に戻って子供たちに声を掛ける。
「リティ、モモちゃん。行こう」
「うん」
「あいっ」
聡いモモちゃんは状況を察してか、既に出る準備をしていた。
靴を履いて妹のリティにも靴を履かせている。
「よし、行こう。リティは俺が抱っこするから、この荷物だけお願いね」
「うん、わかったお父さん」
子供たちと一緒に小屋を出ると、体格の良い男以外のヤツも腕を切り落とされて蹲っていた。
きっとラティさんに襲い掛かり、それで反撃されたのだろう。
手首を切り落とされ、完全に戦意喪失となっている。
( ――あれ? )
腕を切り落とされ、嗚咽漏らしながら蹲っている男たちを見ても、何も感じない自分に驚きを覚えた。
普通だったらやり過ぎなどの、そういった罪悪感のようなモノが少なからず湧くはずだ。片方の腕を失っているのだ。
しかしそんな罪悪感は微塵も湧かない。
「……そうか、そうだよな」
心の何処からか、この腕の切り落としを肯定する声がした。
『当然の報いだ』『やろうとしたんだ、容赦はいらねえ』などの声が。
俺はそれに同意している。
「はは、身体だけじゃなくて、心も強くなってんな俺……」
目を覆いたくなるような惨状だというのに、全く心が動じない。
それどころか心がドンドン冴えていく。
いま自分がすべきことを、更に更にと自覚させていく。
「モモちゃん、俺から絶対に離れないでね」
「うんっ」
モモちゃんが俺の服の裾をギュッと握った。
本当なら手を繋いであげいたいところだが、リティを抱っこしているのでそれはできない。
何があっても良いように左手をフリーにする。
「ヨーイチさん、行きます」
「任せる」
ラティさんが毅然とした歩みで前を行く。
村人は完全に萎縮しきっているのか、彼女の前を遮るような真似はしない。
人垣がドンドンと割れてゆく。
「コリャ!! 誰かヤツらを止めんか! せっかくの娘が逃げてしまうぞ」
「できるかよ! 容赦なく腕を切り落としてくるんだぞ。頭おかしいんじゃねえか? ホントにアイツらはなんなんだよ」
「アイツら冒険者だったんだ。そうでなきゃこんなの無理だ」
「お、おいっ、押すな死にたくねえ!」
喧々囂々群がるように取り囲んではいるが、誰一人前に出る者はいない。
ジットリとした視線だけが届いている。
「ふんっ、人の嫁を貸せって言うからだ。自分たちの村のことだろ? だったらテメエらの嫁でも差し出せってんだ! そんなことできんのかよ!」
視線が嫌で正論を言ってやる。
人に頼る前に自分たちで何とかしろと。
「……差し出したさ」
「は?」
一人の男がポツリと呟いた。
その隣には、虚ろで無表情の女性が立っている。
「もうこの村にはな、ネトリ税で差し出せる女は残ってねえんだよ。だからおれらに寄越せよ、お前の嫁さんを。それが筋ってもんだろうが!」
「そうだそうだ! それが筋ってもんだ! 勇者様が残してくれたモンだぞ! オマエらは勇者様に刃向かうのか!」
「勇者様は魔王を倒してくれる偉大なお方だぞ!」
「ちょっと貸すだけだろうが。なんで、なんで……ダメなんだよ……」
男たちの言葉を聞いて、俺は唐突に理解できてしまった。
人の嫁を貸せなどと非常識なことを言っているが、この村ではそれが常識で、それを拒む俺たちの方が非常識なのだろう。
前に聞かせられたことを思い出す。
召喚された勇者の言葉は絶対で、この異世界の人たちはそれを是としてしまう。
酷い話だ、勇者によってふざけた常識を擦り込まれたようなものだ。
「くそったれ、こんなの汚染みたいなもんだろ」
これは勇者による汚染だ。
どういう経緯でネトリが広まったのかは知らんが、ガチでろくでもねえ。
吐き気を催す。
「くそっ」
視界に嫌なものが入った。
不安そうな顔で俺たちのことを見ている小さな女の子が居た。
母親の後ろに隠れながら、俺たちの方をジッと見ている。
「ラティ、急ごう」
「はい、急ぎます」
ラティさんが小走りで前を行く。
俺はそれについていく、小さな女の子と同じぐらいの歳のモモちゃんと一緒に。
「ぎゃあああああああっ」
また一人手首を切り落とされた。
何とか隙を突こうとでもしたのだろう。
しかしそんなに甘くはない。ラティさんによってキッチリと切り落とされた。
ウチの嫁さんはヴォーパルさんだ。
男は手首を切り落とされてのたうち回っている。
「前に出たら、女性だろうと切ります」
「ひぃっ」
いま切られた男の奥さんだろうか、一人の女性が麺棒のような物を持って襲い掛かろうとしていた。
それを一喝でラティさんが止める。
女性だろうと容赦なく切り落とす、そんな光景が見えた気がした。
俺たちを守るためならきっと彼女はやる。
「ち、近づくなっ! 近づいたらこの馬の脚を――っぎゃあああああああ!」
「邪魔です」
ゼロゼロを預けている馬小屋には一人の男がいた。
その男はゼロゼロを馬質にしようと立ち塞がったが、刃物をチラつかせた瞬間、その刃物を握っていた方の手首を切り落とされた。
「ヨーイチさん、子供たちを中に」
「あ、ああ。モモちゃん、馬車の中に入って」
「う、うん……」
いまの惨劇に若干怯えながらも、モモちゃんは馬車の中へと入る。
ヨイショヨイショと子供には少し厳しい段差を登りきった。
「モモちゃん、リティを……リティさん? 何をしようとしているのかな?
」
さあ次はこの子だと、リティをモモちゃんに預けようとしたが、何故かこの子は大興奮。
小さな手々をブンブンと振り回して誰かの真似をしている。
「…………モモちゃん、リティをお願いね」
「うん。リティ、お母さんのマネは後でしようね?」
「あいあっ!」
「ヨーイチさんは、ゼロゼロをお願いします」
「了解、殿は任せます」
「はい、馬車の護衛はお任せください」
こうして俺たちは、馬車を走らせネトリ村を後にした。
馬車の行く手を遮ろうとする者が何人もいたが、その人数分の手首が地に落ちたのだった。
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あと、誤字脱字なども……