俺強すぎない?
日が落ちた夜道を全力で駆ける。
ラティさんが作ってくれた”アカリ”を頼りに疾走する。
「いけええ、俺がここであれを止める」
逃げてくる馬車に向かってそう吼えた。
御者の男が『一人でどうすんだ』って顔をしているが、たかがあの程度なんの問題もない。何故かそう確信できる。
「すうぅ、はぁぁ……」
深く息を吐いて気持ちを整える。
生者に引かれる亡者のように魔物たちが寄ってくる。
相手は死体魔物だ。よく考えてみればあながち間違えではないかもしれない。
しかし今は、そんなことはどうでもいい。
「……八つ当たりに、つき合ってもらうぞ」
相手は人形の魔物死体魔物。
少し罰当たりな気がしないでもないが、本当に死体が蘇ってさまよっている訳ではないらしい。
そう形作っているだけで、倒せば黒い霧となって霧散する存在。
「――っらああああ!」
物々しい槍で全力で薙いだ。
まるで枯れ木のように軽く振られた槍は、一体のグールを吹き飛ばした。
どうやら刃の部分で切ったのではなく、穂先の腹で叩いてしまったようだ。
だがそれでも……
「……普通に倒せるんかい」
吹き飛んだグールは、グチャグチャになって黒い霧となって霧散した。
そこには欠片一つ何も残っていない。
「デタラメな強さだな、俺」
今の自分の強さは、モンスターをハントする系のゲームで出てくる重い大剣の武器を、そのゲームで最も振る速度が速い片手剣みたいに扱っている感じだ。
しかも、どのタイミングでも攻撃キャンセルができる仕様。
全くやられる気がしない。
ご武運をと言ったラティさんだが、彼女は微塵も心配していなかった。
これを分かっていたのだ。
「しぃっ!」
今度は勢いよく突いてみる。
頭のイメージではちょっと雑に突きを放ったつもりだった。
しかし身体がそれを勝手に修正し、コンパクトに、そして無駄な動きのない一閃を放つ。
全然意識していないのに、脇を締めながら槍を引き寄せていた。
すぐに次へと動くことが可能だ。
今の突きで、首を刎ねられたグールが黒い霧となって消えた。
今度は何か地面にボトリと落ちたが、いまはそれどころでない。
次々とグールが迫ってきている。
「だあっ!!」
感覚に任せた三連撃。
一瞬にして放たれたそれは、間合いに入った三体を瞬時に黒い霧へと変えた。
まるでどっかの農民侍みたいだ。
「ホント、デタラメだな、この身体……」
魔王と渡り合ったとは聞いていたが、本当に凄い。
凄まじい三連撃を放ったというのに、ほとんどブレずに構えを戻している。
こういった攻撃を放った後は、勢い身体が少し流れるなど、もうちょっと何かあるものだと思う。
しかし身体の記憶がそれを許さない。
「……やべえ、思ったよりも憂さ晴らしにならねえ。どんだけハイスペックなんだ俺の身体」
それから十数秒後、馬車を追っていた魔物を殲滅した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「流石ですっ、流石孤高の独り最前線様! まさにボッチの中のボッチで、たったお一人で……」
魔物を殲滅して村に戻ると、まさに総出で出迎えてくれた。
皆が尊敬の眼差しといったモノを俺に向けている。
その心地良い視線に少しだけ浮かれそうになるが、しっかりと気を引き締めて堂々とした態度を取る。
ラティさんが俺のことを見ているのだ。
「村長さん、ちょっとお話というか、お願いがあります」
「はい、何で御座いましょうか、ボッチライン様」
「まず、ウルフンさんのお墓の下のことです」
「――っ!?」
必死に取り繕うとしたようだが、村長の顔が強張った。
そして『あの』『その……』と、何か言おうとしているが、上手く言葉が見つからず、どんどん声が小さくなっていく。
騒いでいた村人たちも、事態を察したようで静まっていく。
完全に静まった頃合いを見て、俺は続きを紡ぐ。
「そのことについては………………詳しく追求しません」
俺には風格とか威厳とか、そう言ったカリスマ的なものは全くない。ただのクソガキだ。
だけど今なら、尊敬の眼差しを向けられている今なら、俺みたいなクソガキでも深く言葉が残るはず。
だから知ってはいるが、敢えて追求はしないと暗にガンガンに匂わせ、要求を押し通す。
「狼人の保護、これからもお願いします。もし罪の意識があるのでしたら、これからもズッとお願いします」
俺は、見つからなかった『答え』をそれにした。
もうウルフンさんみたいな人は出て欲しくない。もうそれだけでいい。
あれは十分に防ぐことができた事件だ。誰かが守ろうと思えば……
そう、村人たちが馬車を助けようとしたように、誰かが動いてくれたらどうにかなったのだ。
曖昧な記憶と、劇で観たことでしかしらないことだが、きっとそうだ。
「……はい、ボッチライン様。その願い、必ずお守りします」
とても真剣な顔で村長が頭を下げた。
それに続くように、後ろに居る村人たちも一斉に頭を下げた。
頭を下げていないのはラティさんとテイシさんだけ。
何故かモモちゃんとロウまでも頭を下げている。
あとリティちゃんも……
リティちゃんは、お姉ちゃんの真似をしているだけだろう。
「それと、一つ忠告を」
「はい、何で御座いますでしょうか?」
「貴方の息子が、次の支援金を盗んで村を出るかもです」
「――なっ!?」
頭をばっと上げて、村長さんが自分の息子のことを探し始めた。
取りあえず釘を刺すというか、ちょっと重めの爆弾は落としておいた。
息子をどうするかは彼次第だ。そこは様子を見ることにした。
これだけの人の前で言ったのだ、下手な恩情などはないだろう。
俺は、これ以上親よりも年上の村長さんにへりくだった敬語を使われるのが嫌なので、さっさとこの場を後にする。
何か大騒ぎが勃発しそうな空気だが、ラティさんと一緒に泊まっている家へと戻ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、俺たちは早朝に出発することにした。
何というか、俺たち全員がそういう空気だった。
特にそう決めた訳ではないのに、皆が黙々と準備をした。
「あの、ボッチライン様よろしいでしょうか」
昨日は雰囲気でスルーしていたが、村長はジンナイと呼ばずに二つ名でまた呼んできた。
馬車に荷物を運ぶ手を止めて、俺は村長さんへと顔を向ける。
「こちらを、ボッチライン様に献上したく……」
「あっ……」
うやうやしく差し出された物は、少し薄汚れた二つの装飾品だった。
一つは緑色と茶色のミサンガのような腕輪と、もう一つは藍色の髪留め。
「もうご存じだと思いますが、これが遺骨の代わりに納められていた物です」
「……」
テイシさんからの情報は、遺骨がないだけだったが、どうやら少し違ったようだ。
遺骨の代わりとなる物が納められていたようだ。
「どうか、これを」
「……はい、ありがとうございます」
俺はそれを敷き布ごと受け取り、大事に馬車へと運んだ。
「本当に、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる村長さん。
後ろについてきた村人も続いて頭を下げた。
「もう出ますので、お見送りとは良いですから、約束だけは」
「はい、必ずや」
もう一度釘を刺してから村を出た。
まだ日が昇り切らぬような早朝だったにも関わらず、それなりの村人が見送りに来ていた。
一応確認してみたが、その中には村長の息子は居なかった。
あとでテイシさんから聞かされたことだが、村長の息子は、あの日の夜のうちに村から追放されたとのことだった。
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ちょっとネタバレになりますが、今回の一件があることに影響します!!