捜索開始
「……利用、されているってことだよな」
「うん、そう」
「~~~っ」
ギュッと目をつむって天井を仰ぐ。
俺がお墓だと思っていたものは、どちらかと言うと慰霊碑のようなものだった。
沈黙が続く中、目を閉じたまま考える。
騙されたと思う。
だがその一方で、それが全てではないことも分かる。
少なくともウルフンさんに詫びる気持ちはあったはずだ。
墓はしっかりと掃除が行き届いて、雑な扱いはしていないように見えた。
それに、あれだけの墓石を持ってくるのは大変だっただろう。購入するのだってそれなりのお金が掛かったはず。
少なくとも、少なくとも……利用しようという気持ちだけではなかったはずだと信じたい。
ゼロかイチじゃないのだ。
百パーセントの善意ではなく、そこには打算があったかもしれない。
それでも……
「くそっ」
大した人生経験を積んでいない俺には判断できかねない。
記憶を失う前の俺なら何かしらの判断を下せたかもしれないが、いまの俺にはどうすべきか分からない。
「ジンナイ、どうする?」
「どうするって言ったって……こんなの……」
『分からねえよ』と返すのは楽だ。
昨日までの俺だったらそう返していたと思う。
しかし俺は宣言したのだ。
――モモちゃんを幸せにすると。
「テイシさん、ちょっと待ってください」
「ん? ……わかった」
一瞬にして興味を失ったかのように大人しくなったテイシさん。
椅子に座って尻尾をゆらゆらと揺らし始めた。
「……」
天井を見つめ、どうすべきかと頭を悩ませる。
感情を優先させるならば、村長たちを怒鳴り散らしてやりたい。
だけどそんなことをしても意味はない。ただ自分がスッキリするだけ。
場合によってはモモちゃんを傷つけることに繋がるかもしれない。
それだけは絶対に駄目だ。
『じゃあ、どうするべきか?』
自分にそう問いかけてみたが、マジで答えが見つからない。
マジで分からない。
「……あの、ヨーイチさん」
「え? はい、ラティさん?」
「外を、回ってみたらどうでしょうか?」
隣で静かに寄り添っていたラティさんが、いつもよりも静閑な声で言ってきた。
「えっと、外を? 村ってこと?」
「はい。いま知ったことは、テイシさんが聞いて回ったことです。それを否定するつもりではないのですが。ヨーイチさんは、御自分でも見て、そして聞いて回られた方がより良いかと」
「……うん、そうだね。そうだよね」
俺は、日が暮れ始めた村へと出ることにした。
テイシさんが聞けたことが全てではない。もうちょっと何かがあるはず。
それを掴むために、自分で見て、そして聞いて回ることにした。
答えを見つけるために……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「テイシさん、マジで何をやったんだ……」
村人たちの警戒度がMAXになっていた。
表情は何とか取り繕っているが二~三歩は距離を取る、そんな姿勢だった。
村に来たときとは大違いで誰も寄って来ない。中には怯えた目も。
「完全に警戒されているよな……」
これではろくに話を聞けないだろう。
それに。
「ってか、俺って話し上手くねえよな」
聞いてやると息巻いて来てみたが、俺にそんなコミュ力はない。
そもそも、どうやって話を聞くつもりだったのだと自分を問いただしたくなってくる。
「……ひょっとして俺って、テイシさん以下?」
己のコミュ力の低さに嘆きたくなってくる。
しかしそんな泣き言をいっている場合ではない。
答えを探すと自分で決めたのだから。
「もう村長さんに直接聞きに行く――っ?」
ふと、何かに引かれた気がした。
あっちに行った方が良いと、虫の知らせのようなそんな予感がした。
そしてそれが正しい気がする。
「……ウルフンさんのお墓がある……墓地の方?」
予感に従い、俺はウルフンさんのお墓がある方へと向かった。
すると向かう先の方から、苛立ちが混じった声が聞こえてきた。
そっと忍び足で近寄ると、二人の男が会話をしている。
「くそっ、猫人の冒険者が嗅ぎ回っているだと!?」
「はい、なんかほとんど脅しみたいな感じで……色々と、その……」
「チッ、じゃあ、これのこともバレたってのか?」
「そうみたいです」
会話をしていたのは、村長の息子と門番をしていた男だった。
村長の息子が、苛立ちを露わにウルフンさんの墓をバシバシと叩いている。
紹介されたときとは大違いだ。
「これよう、スゲエ高かったんだぞ」
「……はい」
「それがもしバレたら……」
「多分ですが、バレたかと」
「くそがっ」
今度はウルフンさんの墓を蹴飛ばした。
下に遺骨が埋葬されていないとはいえ、とんでもねえ罰当たり。
俺の心の針が、怒鳴り散らすへと大きく片寄る。
「ったく、イチャモンつけられたらどうすんだよ」
「それは……」
「また昔に逆戻りって可能性だってあんだぞ? ちっとは考えろよ。あ~あ~、もうこんな村を出っかな。親父は狼人を保護するとか言ってけど、俺は猫派なんだよな。あと兎人」
「ハーイシさん、またそんなことを言って……」
「大体よう、金を送ってきたのは別のヤツなんだろ? だったら気を遣う必要なんてねえだろ。次の送金があったらそれを持って村を出るか」
「ハーイシさんっ! なんてことを言うんですか! あの支援金があるからやっていけるようなもので」
「知らねえよ。ったく、せっかくいい話で終わらせてやったってのによう」
それなら終わらせてやろう。
怒鳴り散らすなどでは足りない。もっと――
そう思い、動こうとしたそのとき、村の入り口の方からけたたましい音が鳴った。
多分だが、警鐘ようの鐘でも叩いているのだろう。
「おいっ、何だ!? 何があったんだ」
「分かりません、でも、ただ事ではないようです」
「おい、行くぞ」
二人は村の入り口へと駆け出していった。
俺は身を隠してそれを見送り、そのあと彼らの後を追う。
「これは……?」
辿り着いた村の入り口には、村人たちが集まっていた。
ただ子供の姿はなく、集まっているのは皆大人たちだけ。
ガヤガヤと何かを話し合っている。
「トレインだ。馬車が一台追われてこっちに来てる」
見張り台の上から、切羽詰まった声が聞こえてきた。
俺はすぐに梯子を登って見張り台へと上がる。
「お、おいっ!?」
「……暗くてよく見えねえ」
もう日が暮れ始めているので、近くならともかく遠くはよく見えなかった。
ただ、明かりを灯した馬車が走っているのは辛うじて確認できた。
「ボ、ボッチライン様!?」
「なんか緊急事態っぽいけど、トレインって何ですか?」
「トレインは、複数の魔物に追われたときのヤツです」
「ああ、なるほど。それでトレインか」
トレインが何を指しているかすぐに分かった。
要は電車状態だ。複数の魔物に追われているとかそんな感じだろう。
「門を開けっ、馬車が入ったらすぐに閉める用意を」
「なんでもいいっ、武器を持ってこい。あ、クワは無理だぞ。隙間を通るヤツを用意しろ」
「弓を使えるヤツはいなかったか」
「もっとアカリを増やそう。少しでも明るくするんだ」
入り口に集まった村人たちが迎撃の用意を始めた。
誰一人見捨てるといった意見を出さない。
先ほどの会話を聞いていた俺は、心の何処かで見捨てるだろうと思っていた。
ウルフンさんを見捨てたように……
「ヨーイチさん」
「あ、ラティさん」
下から名前を呼ばれ、見張り台から顔を出すと、そこにラティさんが居た。
彼女はリティちゃんを抱っこしていた。そしてその横には、モモちゃんと手を繋いだロウが居る。
「ラティさん、どうしてここに」
「あの、凄い音が鳴って、この子が起きてしまって、それで……」
「ああ、そうか」
「……魔物が向かって来ているようですねぇ。数は……7匹」
「うん、そうみたい。それで馬車が追われていて」
そういって目を向けると、村人たちが配置についていた。
どうやら柵を盾にして槍衾で対抗する様子。
とても頑丈そうな柵だ。確かにとても有効な戦法だ。
村人が一丸となって、逃げてくる馬車を助けるつもりのようだ。
「……貸してもらっていいかな?」
「はい」
ラティさんは、リティちゃんと一緒に物々しい槍も持ってきていた。
それをそれを受け取る。
「行って来る」
「はい、御武運を」
「ワタシも出る」
「いえ、テイシさんはここでリティちゃんとモモちゃんを守ってあげてください」
「ん、了解」
俺は馬車を救うために、一人で村を飛び出した。
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字も……