墓を――
異世界の、しかも小さな村と聞いて居たので、ウルフン夫妻のお墓は小さなものだと思っていた。
だが目の前にそびえ立っている墓石は、元の世界でも見たことがないような立派なものだった。俺の背よりも遥かに高い。
「この下に、この子たちの両親が」
「はい、安らかに……」
「モモちゃん、はい」
「……」
俺は抱っこしていたモモちゃんを下ろそうとした。
しかし彼女は、ギュッとしがみついて降りることを嫌がった。
ものすごく聞き分けが良い子なのに、いまは顔を胸元にくっつけて降りようとしない。一生懸命な拒否だ。
「……」
何と声を掛けたら良いのか全くわからない。
諭すように声を掛けたら良いのか、それとも優しく声を掛けたら良いものなのか。
きっと葉月だったら上手いこと優しく諭してやるのだろう。
これが言葉だったら柔らかく優しく言ってやるのだろう。
だけど今は二人ともいない。
「モモ、ちゃんと決めただろ」
「え?」
少し強い口調が横から飛んできた。
ハッとして声がした方を見ると、いままで無言を通していたロウがいた。
ロウはずっと引き締めるような顔をしていたが、いまは優しくも真剣な目でモモちゃんのことを見つめている。
「モモ、父ちゃんと母ちゃんに、ちゃんとお別れの挨拶をするんだ。昨日の夜そう決めただろ? お兄ちゃんとそう約束しただろ? モモは、ちゃんと約束を守れる子だってところをみせてやれ。父ちゃんと母ちゃんに……」
「……うん」
抱っこちゃん状態だったモモちゃんが手を離した。
そして地面に立つと、ウルフンさんのお墓へと顔を向ける。
その隣に、ロウがそっと寄り添うように立ち、先に口を開いた。
「父ちゃん、母ちゃん、オレは元気にやってる。まあ色々あって、そんでよう、色んな人に助けてもらったり――あっ、助けてやったこともあるぜ? それでさぁ、街で仕事にも就いて、色々とあってそんで近いうちに…………結婚をする」
「――っ!?」
突然の発言に、俺は驚いてロウを見た。
だがロウは、俺の視線など気にせずに、旅についてきた彼女を呼んだ。
そして墓前で彼女を紹介する。
「リーシャって言うんだ。オレの上司の娘さんで、来年結婚するんだ。ただ、まだ結婚は色々あって許してもらってないけど、絶対に許してもらうから。だから、安心してくれ。……父ちゃんみたいになれないかもだけど、絶対に幸せになっからよ」
そう宣言したロウは、『次はモモの番だ』と言ってモモちゃんに前を譲る。
一呼吸した後、モモちゃんが言う。
「おとうさん、おかあさん、わたしも元気です。お父さんとお母さんとハヅキママとコトママが居て、すっごくだいじょうぶです。だから、だから……だか、ら……だか……ら……」
モモちゃんが小さく嗚咽をもらしていた。
墓前で話す内容は、兄のロウと一緒に決めていたのだろう。
だけど……決壊してしまった。
「ひっぐ、うう、おかあさんっ」
記憶になくても覚えている。
まだ小さかったかもしれないけど、たぶん覚えている。
母の温もりをなどと、そんなベタなことをいうつもりはないが、きっとそれだ。
「モモ……」
俺は、涙をボロボロこぼしながらモモちゃんを抱っこしてあげた。
二人して涙をボロボロと流す。
「絶対にこの子を幸せにします。だから、安らかに……」
そう宣言した俺の脳裏に、ウルフンさんの笑顔が映った。
少し疲れたような顔をしているが、それを吹き飛ばすような笑顔。
俺も記憶にないのに覚えていた。あの強い笑顔を。
「――くっ」
その後、俺とモモちゃんは二人して何も言えなくなってしまった。
言わないといけないことがあるのに、口を開くと嗚咽が漏れてしまって駄目だった。
そして最後には、脇目も振らず大泣きをしてしまった。
こうして、多少引かれる形でお墓参りが終わった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ラティさん、まだ目腫れている?」
「あの、まだ……赤いですねぇ」
「くっ」
俺は用意された宿の一室で、濡れたタオルを目に当てて腫れを引かせようとした。
「モモさんは、泣き疲れてリティと一緒に眠りましたよ」
「……うん」
だからもう気にするなということだろう。
子供に泣き顔を見られるというのは、何というか、いままで味わったことのない未知の小っ恥ずかしさだった。
だから二人が寝てくれたことにホッとする。
「あ~、歳取ったから涙腺が弱くなった……」
「……そうですか」
そういってラティさんが尻尾を寄せてくれた。
これに頼れということだろう。だけど今は、尻尾に頼りたくない気分だった。
父親としての意地というべきか、ウルフンさんの墓前でも宣言したのだ。ここで尻尾に頼るのは駄目な気がした。
「……大丈夫」
「はい」
尻尾さんがススッと去って行ってしまった。
しかしここは我慢だ。決して追ってはならない。
だけど――と、そんな葛藤をしていたら、部屋の扉がバンと開いた。
「あ、テイシさん」
勢い良く扉を開けたのは、護衛についてくれていたテイシさんだった。
彼女はゴッツい鈍器を背負ったまま部屋に入ってきた。
そしてドスンと椅子に腰を下ろし、淡々とした口調で言った。
「……ジンナイ、情報もってきた」
「へ?」
「それは、本当のことなんですよね?」
「間違いない。これを使って脅したりもした」
そういってテイシさんは、ゴッツい鈍器を指差した。
何をしたのか聞くのが非常に怖い。
鈍器をどう使ったのか気になるが、たぶん聞かない方が良い系だ。
聞いたら聞かなきゃ良かったと思うヤツだ。
「どうする、ジンナイ」
偵察に行っていたテイシさんは、村を回って情報を集めてくれていた。
そしてその集めてきた情報は、とても水を差された気分になるモノだった。
何とウルフンさんの墓下には、何もないとのことだ。
そう、遺骨がないとのことだった。
「ダンジョンでも使われる浄化魔法ですねぇ」
「それで、骨まで消されたと……?」
この異世界では、人との死体から魔物が発生することがあるらしい。
要は、ゾンビ的な感じのあれだ。
死体魔物によって殺されたウルフン夫妻の死体は、ゾンビ化というか、魔物化するかもしれないと思われたそうだ。
だから焼却した後、残った骨までも消してしまったらしい。
当時の村人は、それほど恐れられていたようだ。
だがここで大きな問題が発生した。
トンの村が行った所業が外へと漏れてしまった。
狼人だからと建物に避難させず、ウルフン夫妻を見殺しにしたことが外へと知れ渡ってしまったのだ。
その結果、トンの村への風当たりが厳しくなった。
そしてそれは、村が立ち行かなくなるほどの事態へと発展した。
当時の村人は心底困ったそうだ。
物を売ってくれる行商人は寄りつかなくなり、村で採れた物を売れなくなったのだとか。
そんな困り果てた中、謎の支援金が送られてきた。
これで村は何とか持ち直せるかもしれないと皆が思った。
しかし不安が解消された訳ではない。
ウルフン夫妻への行いが元凶となっているのだ。
だから村人たちは大きな墓を建てることで、風当たりのキツさを沈静化させた。
狼人の保護も、ある意味ではそれの延長とのことだ。
一応償いではあるが、それが全てという訳ではないとのこと。
「……」
モモちゃんが寝ていて本当に良かった。
こんな話を聞かせる訳にはいかない。
「もう一度聞く、どうするジンナイ?」
「……俺は」
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