高速村長
【トンの村】に近づくと、門番らしき男が手を振りながらやってきた。
その顔はとても和やかで、警戒心といったものはほぼ皆無。見方によってはとても門番らしくない。
そんな門番らしき男が話し掛けてきた。
「どうもです~、馬車の中は、貴族さまですか?」
門番らしき男は、俺たちの馬車を見て貴族だと判断した様子。
確かに二台とも立派な馬車だ。そう見えてもおかしくないのかもしれない。
「あの、俺たちは貴族ってわけでは」
「ありゃ? 違ったのです、か……ぃ――ってえええええ! まさか孤高の独り最前線さま!? ボッチさまがとうとうウチの村に、ボッチさまが! ボッチが来たぞおおおおお!!」
俺の顔を見た途端、門番らしき男が声を張り上げた。
そして俺の方を見て『ボッチボッチ』と連呼する。
どうやら喧嘩を売ってきているようだ。イラッとする。
「あ、あの、ヨーイチ様、落ち着いてください」
「ほへええええええええ!! まさか”瞬迅”さままで!!」
ラティさんを見て再び声を張り上げた。
これだけの絶叫だ。何だ何だと村の人たちが集まってきた。
そして――
「ボッチラインしゃまじゃああああ」
「ボッチじゃあああ」
「誰か、村長を呼んで来いっ、ボッチさまがとうとう来られたぞ」
「やっぱあれか? アレのあの劇のおかげか?」
「おい、ボッチ様が――」
村を挙げて喧嘩を売ってきた。
確かに昔はボッチと言われてもおかしくない学園生活を送っていたが、いまは百パーセント違う。いや千パーセント違う。断じてボッチではない。ボッチに子供はできない。
「あの、ヨーイチ様、どうしましょう……」
「取りあえず、話ができるヤツを待つか」
まるで前を塞ぐように村人が群がってきた。
「それにしても、これはどういうことでしょうか?」
「記憶がないから分からないけど、前はこんな感じじゃなかったってこと?」
「はい。どちらかと言うと、疎まれていた方かと……劇でもあったように」
「う~ん」
それからしばらくすると、絵に描いたような村長がやってきた。
白髪で杖をついてヨボヨボで、いかにも村長ですといった出で立ち。
村長は俺たちを家へ案内すると言い、家へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
案内された村長の家は、石積みで作られた強固な建物だった。
何十人も入れそうな建物で、俺たちが全員入っても広々としている。
用意された椅子に腰を掛け、俺は村長の言葉を待った。
「ようこそ、ボッチラインさま。訪れるのを心よりお待ちしておりました」
「あの、ボッチっての止めてください。俺のことは陣内でいいですから」
恭しく頭を下げながら、軽いジャブを放ってくる村長さん。
『ボッチ』という言葉が、元の世界の『ボッチ』とは違う意味を指していることは知っているが、どうしても抵抗がある。
どうしても馬鹿にされているような気分になってしまう。
「そ、そうでしたか。それではジンナイ様で」
「あ、はい。それでお願いします」
「ジンナイ様、毎年毎年、多くの援助金を本当にありがとうございます。その援助金のおかげで我が村は立て直すことが出来ました。しかも立派な柵を作ることも出来て、アレのおかげで魔物に襲われることもなく、本当に何とお礼を申し上げたら良いことか」
「へ? 援助金? え?」
すぐにラティさんを見た。
しかし彼女は小さく首を振った。
その仕草から、援助金など出していないということだろう。
「えっと、あの……たぶん、それ俺じゃないです。何かすいません」
「ふぉ!? そ、うでしたか……。毎年多額の援助金が送られて来ており、我が村のことを思っていただけたとばかり……」
「……」
「……」
気まずい沈黙。話の流れと村人の様子から察するに、俺が今日やって来た理由は、援助金を本人自ら持ってきたと思ったのだろう。
だからあんな風に大歓迎で、皆が異様なほど好意的だった。
「あの、ジンナイ様。今日この村に来られた理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
切り込むように村長が尋ねてきた。
少し構えたような気がする。先ほどあった、手放しで喜ぶような雰囲気はない。
「今日この村に来た理由は、この子たちの墓参りです」
「――ま、まさか!? もしやとは思っておりましたが……ウルフンの?」
俺がそう言って同席しているモモちゃんとロウに目を向けると、村長が目を剥いてガン見した。
「この村にあるんですよね? ここに埋葬したと聞いているので」
「はっ、はい、御座います。ええ、それはもう立派なお墓を建てて、ウルフン夫妻にはその下で安らかに眠ってもらっております」
「そうですか。それは良かったです」
一瞬、村長が揺らめいた。
本当に僅かだが、何かを隠すかのように揺らめいた気がする。
すぐに取り繕ったようだが、俺程度でも気が付けるほど。
「では、その立派なお墓がある場所を教えてください」
「は、はいっ。あ、いえ、こちらでご案内致しますので、少々ここでお待ち下さい。すぐ戻ってまいりますので」
そういって村長は外へと飛んでいった。
『杖とか必要ねぇんじゃねえのか?』って思うほどの速度。
実際に杖を置いていっている。
「……なんでしょうねぇ」
「めっちゃ不自然なんだけど」
「ジンナイ、見てくる」
テイシが席を立って外へと出て行った。
多分だが様子を見に、偵察に行ったといった感じだろう。
扉をわずかに開けて抜けるように出ていった。まるで猫のよう。
それから数分後、村長は一人の男と戻って来た。
「では、行きましょう。これはウチの息子ハーイシです。コイツが墓の世話を担当しております。墓石の買い付けもコイツがやりました」
「は、はあ、ありがとうございます。……え? 墓石の買い付け?」
妙な言葉が出て来た。
墓の世話とは掃除とか管理とか、そういった感じのことだろう。
だが、墓石の買い付けという言葉が妙に引っ掛かった。
「はい、送られてきた援助金で立派な墓石を注文したのです」
「えっと、それは……それだけ丁重に扱われているってことですか?」
「はい、それはもう。この村で一番丁重に扱っております」
「そうですか、じゃあ、案内をお願いします」
村長の家を出ると、多くの村人に囲まれた。
あのとき村を救ってくれてありがとうや、ジンナイ様のおかげで子供も元気ですなど、感謝の言葉を次々と浴びせてくる。
助けた記憶がない俺には全く実感できず、ただ困惑しか浮かんでこない。
ここにいる村人たちがモモちゃんの両親を見殺したのだ。そう思うと賛辞の言葉がどうしても薄ら寒く感じてしまう。
きっとラティさんもそうだろう。
「ラティさん、あれ? どうかしましたか?」
「あの、狼人の方が多いな、と思いまして」
「え?」
言われて見渡してみると、少し離れた場所に狼人らしき人たちが居た。
パッと見でも5人以上いる。探せばもっと居るのかもしれない。
「あの者たちは、わたしどもが呼び寄せた者です。狼人への迫害は確かに減りましたが、東ではまだ忌まわしき風習が根強く残っております。ですので、せめてもの罪滅ぼしにと……」
「それで、保護的なことを?」
「はい、村の者は皆恥じております。あの後、我が村は……」
「取りあえず行きましょう。このままだと大変そうなので」
とても立ち話をできるような状況ではない。
子供を連れた母親が次々とやって来て、俺とラティに撫でてやって欲しいと言ってくる。
何でも強い者に撫でてもらうと、病気や怪我をしなくなるのだとか。
元の世界でもあった、力士に抱っこしてもらうとかそういうノリだろう。
このまま立ち止まっていると、そのうち行列でも出来そうな勢いだ。
決して子供が嫌いな訳ではないが、モモちゃんの前では嫌だ。
不安そうな顔をしているモモちゃんを抱っこして、俺はウルフンさんたちが眠る墓地へと向かった。
そして向かった先には、俺よりも背の高い石碑が、ウルフンさんの墓が建っていたのだった。
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あと、誤字脱字なども……