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見えないはずの染み

 馬車での旅はそろそろ終わろうとしていた。

 ラティさんが言うには、今日の昼過ぎには到着するとのことだ。

 俺はここ四日間のことを思い起こす……


 ( …………うん、全く役に立ってなかったな )


 ここ四日間の馬車旅は、非常に申し訳ない感じだった。

 森からノトスの街までのときは、大勢の人が居たから出番がなかった。

 野営の準備や食事など、本当に手伝うことがなかったのだ。

 

 特に料理に関しては、葉月が【宝箱】から料理を出していたので何の問題もなかった。

 出来立ての物を収納していたらしく、熱々の料理が並んでいた。


 しかし今回は葉月が居ない。

 だから必然的に自分たちで調理する必要があった。

 しかも台所などがない屋外で。


 石を集めてかまどを作ることはできた。

 しかし、そこから先はほとんど何もできなかった。

 いや、やろうとは思った。だが、あまりに役に立たないのであっちに行け状態。


 最終的には、リティちゃんのお守りか、モモちゃんと一緒に食器を出すしか仕事がなかった。それはそれで非常に楽しかったが……


 ( ってか、ロウが思ったよりもスゴかったんだよな )


 モモちゃんの兄であるロウは、ノトスの街の周辺の見回り(パトロール)をしているらしく、野営をする機会が多く非常に慣れていた。


 ラティ、テイシ、ロウの三人がほとんどのことをやってくれた。

 俺はお守りか力仕事のどちらか。あとは撫でるくらい。


「ってか、魔法も便利過ぎるんだよな……」


 俺が役立たずだったもう一つの理由が魔法だ。

 魔法は便利だと思ってはいたが、ガチで便利。何もないところから水を出したり、好きなところにアカリ(照明)を設置できたりと、その点は元の世界よりも快適だった。


 何故俺は魔法が使えないのかとこの世界を恨んだ。

 折角ファンタジーでハイファンタジーなのだ。やはり魔法の一つぐらい使ってみたかった。


 俺にできることは、貫くか消滅させるかの二つだけ。

 あまりに物騒過ぎる。これでは召喚勇者の劣等転移者だ。


「あの、どうしたのですか?」

「いや、ちょっと落ち込んでいただけです……」


 隣に座っているラティさんが心配そうに尋ねてきた。

 そして彼女はソッと尻尾をこちらに流してきた。撫でろということだろう。

 ラティさんは自身の尻尾を安定剤代わりに寄越してくる節がある。


「はぁぁ」

「………………っん」


 荒れていた心が一瞬で凪いでいく。

 何と言ったら良いのか、ラティさんの尻尾を撫でていると、失っているはずの記憶と今の記憶が交ざり合っているような気がする。

 そんなに撫で慣れていないはずなのに、ずっと撫で続けてきたような……

 

「頭は覚えていないけど、身体が覚えているって感じなのかなぁ」


 どうやって撫でたら良いの分からないのに、どう撫でたら喜んでくれるのかが分かる。とても不思議な感覚。


「ああ、いつまでも撫でていられる」

「あ、あの、そろそろ……」


 尻尾を引っ込めたそうにしているラティさん。

 もう落ち着いたのだから、この尻尾は必要ないでしょうということだろう。

 じわりじわりと尻尾を反対側へと引き上げていく。  

 

 それをじわりじわりと追っていく俺。


「あの、もう良いですよねぇ?」

「あと少し、あと少しだけ」


 よく分からない悟りが開けそうな気がする。

 もしくは、種がパーンと弾けるような覚醒ができそうな気が……


「あ、見えてきましたよ。トンの村です」

「え?」


 誤魔化すように振られた視線の先には、うっすらとだが小さな村が見えた。

 まだ遠くなのでハッキリと見えないが、百人程度が住んでいそうな規模だ。

 思ったよりもしっかりとした柵で囲われている。 

 

「あそこが、トンの――っ!??」


 目の奥にズクンと痛みが走った。

 咄嗟に右手で顔を覆う。だけど痛みのようなモノは全く引いてくれない。

 ズクンズクンと目の奥で何が蠢いているような気がする。


「――いっ、まのは……」


 複数のナニかの塊が見えた気がした。

 赤黒い染みが、地面一杯に広がっているように見えた。 

 そしてその中央に、緑と茶色の腕輪をしたナニかが転がっていて――


「――大丈夫ですっ、……もう、大丈夫ですから、だから……」

「……ラティ……」


 ラティさんが俺の頭をしっかりと抱えていた。

 そして『大丈夫』と繰り返し言葉を落としてくれる。

 優しく優しく後ろ髪を手櫛で梳いてくれる。


 彼女の柔らかい心音が、解かすように心を落ち着かせてくれる。


「…………ごめん、何か突然取り乱しちゃって」

「いえ、平気です」


「そっか、本当に起きた出来事だったんだ……」

「はい」


 全く記憶がないのに、何故か見えた気がした。

 赤黒い染みなど広がっていないのに、そこが酷く嫌に感じた。

 彼女の胸に目蓋をすり寄せ、こびり付いた嫌な気持ちを拭い取る。


「不思議だな、全然記憶にないのに、目に焼き付いているんだ……」 

「……」


 馬車は、立派な柵で囲われた村へと近づいていった。

 俺は、その柵に全く見覚えがなかった。


読んでいただきありがとうございます。

よろしければ感想などいただけましたら幸いです。


あと、誤字脱字も……

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― 新着の感想 ―
[良い点] ーーーあとは撫でるくらい。ーーー ちょっと待て!! 言葉様達が居ないんだから、少しは自重しろ!! ららんさんに、撫で抑制腕輪か手袋か、頼んだ方が良くないかな? 安全のために。 [気にな…
[一言] ジンナイは騒動を起こすのが当たり前っと。 その力を葉月と言葉に使えと! とっとと子供作って嫁増やせ! まったく葉月も言葉も弾幕薄いよ。 その素敵なお胸様があるんだからとっとと搾り取りなさい。…
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