うっかり手があああああ
準備はあっと言う間に整った。
目的地までに必要な物資はすぐに掻き集められ、それらは二台の馬車へと運び込まれた。
モモさんの両親が眠っている【トンの村】までは、馬車で約五日ほどの距離。
飛ばせばもっと早く着くそうだが、その場合は不慮の事故や故障が起きることが多いので、万全を期して五日掛けることにした。
「ジンナイ、大丈夫だとは思うが、気を付けてな」
「は、はい」
アムさんにそう言われ、ついオドオドとしてしまう。
記憶を無くす前の俺は、彼とどんな風に接していたのだろう。
ふとそんなことを考えてしまう。
「あの、護衛まで付けてもらって、ありがとうございます」
「気にしないでくれ、本当はもっと付けたいところだが、あまり多いのは嫌だろう? それに護衛が多すぎると物々しい感じになるしな」
「そうですね」
頭の中でその光景を浮かべてみる。
隊列を組んだ騎士団が村へとやってきて……
――あれ? ちょっと格好いいかも?
こう軍団で行く感じで……いや、さすがにそれはやり過ぎか、
いやでも、やっぱちょっと格好よくない?
「取りあえず、何も事故がないことを祈っているよ。まあ、何となく無理そうな気がするけどな」
「え? それはどういうことでしょうか?」
妄想に耽っていたが、不穏なことが聞こえて意識を戻した。
一体何が『無理』なのだろうか。
「ん、ジンナイが行く先には、トラブルがある。それはみんな把握」
「え? 猫、な人?」
ネコミミを生やした女の人がやってきた。猫人だ。
彼女は軽装でスラッとした体型だが、肩にはとても物々しい鈍器を担いでいる。
斧のように見えなくもないが、それは切るというよりも押し潰すことに適していそう。やはりどう見ても鈍器だ。
「テイシ、ジンナイのことを頼むぞ。今はコイツは」
「わかっている。でも、扱いは変わらない」
「それでいい。ジンナイ、彼女が護衛だ。とても頼りになるからな」
「は、はい。よろしくお願いします」
俺はそういってお辞儀をした。
彼女が付けてくれると言っていた護衛の人だろう。
どことなくラティさんに似た空気を纏った人だ。
「……この状態のジンナイは、なんか気持ち悪い。はやく元に戻れ」
「俺も早く記憶を取り戻したいです」
「頼んだぞテイシ。たぶん、何かしらの厄介があると思うが……」
こうして俺たちはノトスを出発した。
そして何故か、皆何かしらのトラブルが起きると思っている。
まるで俺が騒動でも起こすかのような口ぶりだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「へえ、こっちの方は森とか少ないんだぁ」
現在俺は、御者台に座って景色を楽しんでいた。
視線の先には、先頭を行く馬車が一台がガタガタと揺れている。
その馬車の車内にはロウと、ロウの彼女らしき女性が一人。
テイシさんはその馬車の御者だ。
「東の方は平地が多いですからねぇ。だからとても見通しが良いのです」
隣で手綱を握っているラティがそう言って辺りを見回した。
見通しが良いということは、魔物をすぐに発見できるから良いことだろう。
俺は景色を楽しみながら、魔物がうろついていないか注意することにする。
「また、こんな風に旅ができるとは思いませんでしたねぇ」
「え?」
「ヨーイチさんは立場上、外へ行くことを控えていたので」
「そうなんだ……」
何だか勿体ないと思ってしまう。
折角異世界に来られたのだから、街なんかを観光すべきだと思う。
魔王が居たときにそんなことをしたら不謹慎だが、もう魔王はいないのだ。
だからこんな風に旅行をしても……
「ぁんっ」
「え?」
突然、艶っぽい声が聞こえたような気がした。
しかし横に居るのはラティさんだ。お堅いラティさんのはずがない。
リティとモモちゃんは馬車の中で眠っている。
誰だろうと辺りを見回す。
「何だろ? 妙に色っぽい声が聞こえた気がしたんだけど……」
「――んっ」
「また聞こえた! 結構近い? あれ? でも誰が?」
謎の声がまた聞こえた。
嬌声とか、艶やかなとか、ちょっとエッチな、そんな声だ。
とてもドキドキしてしまう。
「一体、どこから……」
「あ、あのっ――んんっ」
ドンドン声が大きくなってきた。
しかし周りには誰もいない。横に居るのはラティさんだけ。
もう一度見回してみるが、やはり誰もいない。
「ラティさん、ラティさんも聞こえる、よ、ね……?」
「……」
ラティさんが、真っ赤な顔をして上目遣いで俺のことを見ている。
その目は責めているような瞳なのに、妙にアレだ。端的に言えばエロい。
「えっと、どうしました? その、顔が赤くて……」
聞こえてきた謎の声にラティさんも恥ずかしくなってきたのかもしれない。
それで顔が赤いのかも――
「んっ、ぅ」
「え? あれ? まさか……?」
先ほどから聞こえてきた声が、彼女の口からもれるように溢れた。
まさかとは思うが……
「えっと、あれ、ひょっとして……」
「撫でるからです」
「へ?」
そう言って視線で示した先には、彼女の尻尾を撫でる俺の手があった。
いつの間にかラティさんの尻尾を引き寄せ、それを全力で撫でていた。
そう、完全に無意識に撫でていたのだ。それはもうわしゃわしゃと。
「ごめっ、えっと、ごめんなさい」
「……」
うっすらと涙を溜めているラティさん。
ここが御者台でなかったら土下座をしていた。
「あの、えっと……」
何とかここは誤魔化すべきだ。
自分が何をやってしまったのか理解している。
俺は散々注意されていた。俺の手は凶器だと教えられていた。
だから迂闊に撫でてはいけないと言われていた。
これはラティさんだけでなく、葉月と言葉にも言われていた。
大袈裟とは思うが、何でも命に関わるレベルだとかどうだとか……
「えっと……そうだ! あの劇って大袈裟だったよね」
「……あの、あの劇とは『走れナイジーン』のことですか?」
「そう、それ」
強引に話を逸らす。
取りあえず全力で誤魔化すことにする。
僅かに間はあったが、ラティさんが話に乗ってくれた。
少し赤らんだ顔のままだが答えてくれた。
「ほら、もの凄く大袈裟だったから、本当はどうだったのかな~って思って」
「逆だと思いますよ」
「逆? 逆って?」
「もっと凄かったという意味です」
「へ? じゃあ……」
「はい、あの何倍も凄かったですよ、ご主人様のご活躍は」
「~~~っ」
ラティさんが意趣返しのようなことをしてきた。
ここでご主人様と呼ばれたら恥ずかしくて仕方ないことを分かっているのだ。
思わず赤面した顔を手で覆ってしまう。
「ホントに、凄かったんですよ。たった一人で死体魔物を全て倒し、その上……」
「でっかいヤツも?」
「はい、直接見た訳ではないのですが、ヨーイチさんはあっと言う間に倒したそうですよ」
「へえ~、じゃあアレは――」
しばらくの間、劇の感想を交えながら、本当にあったことを聞いた。
どうやら俺は、なかなかの無双っぷりだったようだ。
そして、下元はかなり情けないヤツだった。
ラティさんの話では、劇の方がまだマシで、実際は本当に情けなかったらしい。
下元は終盤の方で怪我を負い、それが原因で動けないことになっていた。
しかし現実の方では、加藤に逆らえずステータスを切り取られ、全く戦力にならないから戦えなかったそうだ。
この部分はあまりに酷かったので、劇では怪我を負ったことにしたのだろう。
「シモモト様、あのときのことを本当に悔やんでおりましたよ」
「そりゃそうだろうな。自分の彼女の我が儘が原因で村が一つ無くなり掛けたんだから。そして……」
「……はい、悲しい事故でした」
しんみりとした空気が流れた。
記憶はないのに、心にツンと痛みが走った。
とても大切なことを忘れてしまっている喪失感が胸を絞める。
「――んっ」
「え? あれ? え!?」
辛さから癒やしを求めたのか、いつの間にか尻尾を確保していた。
そしてそれを愛しむように撫でて……
「もう、ですよ」
「すいません、です」
「……もう少し、優しく撫でてください。それならいいです」
「はぃ、ありがとう、ラティさん」
ラティさんは僕から尻尾を取り上げることはなく、そのまま撫でさせてくれた。
締め付けられていた心がほぐれていく。
「ラティ、本当にありがとう」
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字も……