我慢しちゃうの
葉月から状況を説明された。
まず、あの劇を選んだのは偶然で、サリオとモモちゃんが観たいということであれを選んだそうだ。
最初の方は普通だった。モモちゃんは劇をとても楽しんでいた。
だが後半に差し掛かった頃、一緒に観ていたロウに変化が表れたらしい。
ロウはモモちゃんの兄で、その兄の様子から、モモちゃんが何かを感じ取った。
そして後半の見せ場、狼人の両親が亡くなるシーンで決壊した。
ロウが涙を見せたそうだ。
大泣きではないが、涙をこぼしてしまった。
それを見たモモちゃんは色々と察し……
「葉月、さん、それでモモちゃんが落ち込んだと?」
「うん、一応知っていたみたいだからね」
「なるほど……」
モモちゃんには、本当の両親がいたことを話していたそうだ。
しかしその人たちが亡くなってしまったため、俺とラティが引き取ったと。
ただ、そのときの経緯はあまり詳しく話しておらず、事故で亡くなったと濁したようだ。
しかし今回の劇でそれを知ってしまった。
いつかはちゃんと明かすつもりだったそうだが、それがこの様な形で知られることになってしまったのだ。
「モモちゃんは賢い子だから、きっと分かっちゃったんだと思う。そしてすごくすごくイイ子だから、たぶん……我慢しちゃってるの」
「我慢?」
「うん、我慢。本当は色々と聞きたいことがあるのに、それを我慢しているの」
「……それは、俺たちに、気を遣って……?」
「はい、そうです、ヨーイチさん。モモさんは……」
「ラティ」
隣で静かに見守っていたラティさんが肯定した。
彼女は続けて話してくれる。
「モモさんを見れば分かります。あの子が我慢していることを」
「……」
記憶がないことが悔しい。きっと俺にもそれが分かったはずだ。
だけど今の俺には、それを気が付いてあげることができないだろう。
「モモさんは昔からそうでしたから、よく我慢していましたから……。リティが生まれたときも、本当はもっと甘えたいのに我慢してリティを優先させてあげて……」
「~~~っ」
その光景を思い浮かべると涙が出そうになった。
モモちゃんが寂しそうにしている顔を想像して、鼻の奥がツンと痛くなる。
あんな笑顔のモモちゃんが、口をぎゅっと結んで堪えて……
「あっ、陽一君。ちょっと変な方向に想像しているかもだけど、全然そんなことなかったからね? そういったときは必ずどちらかが抱っこしてあげていたから平気だったと思うよ。私もよく抱っこしてあげたし、言葉さんもよく抱いてあげていたよ」
「そ、そうなの?」
心底ほっとした。
そしてよくやったと自分を褒めてやる。
ちゃんとモモちゃんを愛し、決して蔑ろにするようなことはなかった様子。
どうやら想像したようなことは起きていないみたいだ。
「でね、話は戻るんだけど、このままじゃモヤモヤが残ると思うの。たぶんモモちゃんはもっと我慢を覚えちゃうと思うの、まだ小さいのに……」
「ふむ」
具体的に言えと言われたら説明できないが、何となく分かった。
間に深い溝ができるほどではないが、近寄る前に少しだけ気になる溝みたいなモノができるような感じだろう。
それは時間とともに解かれていくかもしれない。
だが、そうでないかもしれない。溜め込むことを覚えてしまうかもしれない。
「だからね、そういったモノを吐き出す意味も込めた、お墓参りなの」
『ほら、丁度ここに来ていることだし』と葉月が言った。
確かに丁度良いかもしれない。普段俺たちは、デカい木が生えた森に住んでいるが、いまはノトスと言う街に出て来ている。
本当に丁度良い。
そして何よりも、モモちゃんのためになる。
「……よし、行こう」
そう決めた俺は、すぐに屋敷に戻ってアムさんにこのことを伝えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
話は意外にもとんとん拍子で進んだ。
最初は少し渋られたが、葉月も一緒に頼み込んでくれたら一変した。
自分も協力すると言った葉月を見て、ギームルが一瞬悪い顔をした。
それは本当に一瞬で、俺じゃなかったら見逃してぐらいの、瞬きの時間。
「も~~~、も~~~~」
葉月が牛のように不満をこぼす。
だが彼女のお陰で俺たちはお墓参りへと行けることになった。
要は、教会の件を葉月が協力することを条件に許可が下りたのだ。
しかも色々と手配までしてくれた。
アムさんからは、説得する手間が省けたと言われた。
一応危険なことはないようなので、俺は取りあえず葉月に感謝した。
「ありがとうな、葉月」
「も~~~~、そう言われちゃったら協力するしかないじゃん。私も一緒に行きたかったのにぃ……」
そう不満をこぼす聖女の勇者葉月さま。
なんともあざとく頬を膨らませているが……
「でもさ、元から無理っぽい感じだったぞ? ほら」
「む~~」
俺たちの視線に先には、彼女の護衛たちが困り顔を並べていた。
そう、葉月はこのイセカイで有名人であり、そしてとても重要な人なのだ。
彼女が動けば護衛が総出で動き、下手にどこかの町や村に行ったら大騒動。
要は、簡単に移動できない立場らしい。
俺たちが住んでいる森に来るのも、事前に色々と手配などをしたからだとか。
元の世界で例えると、大統領とかそういったお偉いさんが移動するようなものだ。
一度、何気なく村に訪れたときに、生け贄として子供を差し出されたことがあったそうだ。
何でもその村では、神には供物として生け贄を差し出すという風習が根付いており、葉月のことを神と崇めてそれを差し出したのだとか。
それはもう大騒ぎだったらしい。
差し出された生け贄の女の子は覚悟が決まっており、どうぞわたしに生き血をと言い出したとかどうだとか。
葉月にとってそれは軽いトラウマになったそうだ。
だから彼女は、自分が迂闊に動けないことを理解しているとのこと。
護衛のシキというイケメンからそう教えてもらった。
「葉月、さん。ありがとうな」
「うん、ちゃんとモモちゃんのことをお願いね。彼女は私たちの娘でもあるんだから。絶対に絶対にお願いね」
「……ああ、任せろ」
こうして俺は、記憶喪失という不安を抱えたままだが、モモちゃんが生まれた村へと向かうことになったのだった。
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あと、誤字脱字も……