走れナイジーン
「はあ、簡単に引き受けちまった……かな?」
与えられた部屋に戻ったあと、先ほどあったことを思い起こす。
冷静になって落ち着いて考えてみると、結構危険な橋を渡る仕事だ。
要は、敵陣のど真ん中に行って姿を見せて、そんで相手の動揺を誘う作戦だ。
後のことはあの二人がやってくれる風だったが、その敵陣からの脱出は自分でやれ的なニュアンスだった気がする。いや、そうだった。
「……あれ? 俺って上手く丸め込まれてねえ?」
何と言ったら良いのか、相手の思惑通りに進められた気がする。
これは言い訳になるが、何故かそうなってしまっただ。
頭の中では警戒しろと警鐘がガンガン鳴っているのに、それでも任せれば大丈夫だろうと何かに囁かれていた。
信用できないヤツだが、利害が一致すれば信用できるヤツ。
何故かあのジジイを信用できると思ってしまった。
「あと、アムさんって人も上手いよなぁ……」
自分よりも5歳ぐらい年上に見えるアムさん。
彼は人を安心させる空気とでも言うべきか、そういった雰囲気を纏った人で、妙に安心感を覚えてしまった。
しかも絶妙なタイミングで合いの手を入れてくる。
だからだろうか、あの二人が一緒にいると良い塩梅というべきか、上手いこと丸め込まれてしまった。
どちらかと言うとコミュ障の俺には太刀打ちできない感じ。
「うん、やっぱ上手いことやられたって感じか……ん?」
達観に似た諦めをしていると、バタバタと足音が近づいてきた。
そしてその足音は扉の前で止まり、ノックのあと扉が開かれる。
「陽一君、お墓参りに行ってあげよう」
「へ? え? お墓参りって、ここは異世界だからどうやって田舎に?」
「もう、陽一君の家のじゃないよ。モモちゃんとロウ君のお墓参りだよ」
「あ、あのハヅキ様、ヨーイチさんが混乱しておりますので……」
「じゃあ、さっきの劇を観に行こう」
何が『じゃあ』なのか分からないが、俺は部屋を引っ張り出された。
そして地味な色のローブを頭から羽織わされ、三人で屋敷を後にした。
「ここ……?」
連れて行かれた先は、派手な看板が掲げられた大きめな建物だった。
その建物には続々と人が入っていく。
「はい、チケット。一緒に観よ」
「あ、ああ……」
ほとんど連行されるように建物の中へと入る。
事前の説明から、ここが演劇の劇場であるということは分かっていた。
これから俺たちは、中で演じられる劇を観るのだろう。
( んん、分からん…… )
だが、それがどうしてお墓参りに繋がるのか、それがさっぱり分からない。
劇とお墓参りがまったく繋がらない。
「な、なあ、葉月……さん? 何で劇を?」
「しっ、名前を呼んじゃダメ。また大騒ぎになっちゃうでしょ」
「……はい」
何故か叱られてしまった。
一応理由は分かる。葉月はとても有名な勇者さまであり、早い話が超人気のアイドルのような存在だ。
だから俺と同じようにローブを被って顔を隠している。
ラティさんもローブを被っていることから、彼女も同じように有名人なのだろう。
そんなラティさんが、きゅっと手を掴んで言ってきた。
「あの、ヨーイチさん、すみません……」
「あ、いや、平気だから。取りあえず、これからやる劇を観ればイイんだよね? 確か『走れナイジーン』だっけ?」
「はい。それが一番伝わりやすいと、ハヅキ様が仰って」
取りあえず俺は、席に座って劇を観ることにした。
状況はよく分からないが、観れば分かることのだ。
それとラティさんの手がとても温かい。
「――ぉぉぉおおおおっ」
超燃えて超熱い展開だ。
様々ないざこざや諍いがあったが、主人公のナイジーンが疾走した。
俺は声を抑えながら吼えてしまう。
『俺は先に行く』
『任せろナイジーンっ、ここは僕が止める。皆っ、良いか!』
『はいっ、アカギ様!』
『行け、ナイジーン』
舞台の登場人物たちが、皆主人公を送り出す。
この物語は、魔物から村や町を守る防衛戦の話だった。
一人の迷惑女がワガママを言い、それに周りが振り回されて物語が進んだ。
今までは多少のゴタゴタ程度で済んでいたが、とうとう大きな事件が起きてしまった。
迷惑女がワガママを言ったため、防衛隊を配置する場所にミスが生じた。
伝達ミスで、一つの村が無防備になってしまったのだ。
それに気が付いた主人公のナイジーンが、皆に協力してもらってその村へと駆けていく。
「よしっ、よしっ、よしっ!!」
俺はこの物語にどっぷりとのめり込んだ。
もうこの劇の主人公に、これでもかという程同調していた。
俺だったらこう言いたいや、俺だったらこうしたなど、行動の一つ一つに共感できて、まるで自分が居るかのよう。
「――えっ」
場面が変わり、ナイジーンが問題の村へと到着した。
そして村の前に、一人の男が血塗れになって倒れていた。
その男の人はウルフ~という人で、ナイジーンが出会った狼人。
家族のために奮闘し、ありとあらゆる迫害から家族を守る父親だ。
ナイジーンはそのウルフ~の父親としての偉大さに触れ、とても慕っている風に演じられていた。
かく言う俺も、同じ父親として共感し、そして理想像を見た気がした。
そんなウルフ~さんが血塗れで倒れている。
そこにナイジーンが駆け寄る。
『ウルフ~さんっ、ウルフ~さん!!』
『ぁ、ああ……ナイジーンか。すまない、守り切れなかった。わたしではヤツらを――かはっ!?』
『ウルフ~さん、喋っちゃダメだっ。くそ、回復魔法が使えたら……』
『ナイジーン、そんなことはどうでもいい。それよりもわたしの家族を、どうか家族を守って欲しい。わたしではヤツらをここに誘導するのが精一杯で、しかもこの有様だ。だけどキミなら、わたしの家族を――』
かくりと事切れたウルフ~さん。
胸の奥が痛いほど締め付けられる。
『ウルフ~さんっ!! ウルフ~さっ――くっ!!』
泣くように叫んでいたナイジーンが、きっと顔を上げた。
ここで喚いているよりもやることがある、そういった顔で村の方を見た。
凄まじい演技力だ。主人公の激情がとても良く伝わってくる。思わず涙がこぼれそうになってしまう。
「……行け、ナイジーン」
俺はさらに物語へとのめり込んだ。
まるで自分がその場にいるようだ。いや、主人公になったような気分。
一緒にラティと葉月が居るが、人目など気にする余裕がない。
周りなど気にせず劇へと集中し、ラストではボロボロと涙を流した。
しかも最後には、『俺が遺された子供を引き取る』と言い出したほど。
作られたお芝居だというのに、俺はそんなことを口走るほどのめり込み、そして共感していた。
本当に素晴らしい劇だった……
「ねえ、陽一君。どうだったかな?」
「控え目に言って最高だった。何だよこれ、すげえ熱くて燃えて、そんで悲しいじゃねえか……。くそ、思い出したらまた涙が出そうだぞ」
そういって俺は、ズズッと鼻をすすった。
誤魔化すための冗談ではなく、本当にまた涙が出そうだ。
何といったら良いのか、俺の琴線をビンビンに掻き鳴らす感じだ。
劇場を出た俺は、少し薄暗くなった空を見上げて涙を堪えた。
「ああ、アレだな。聖地巡礼をする人の気持ちが分かったかもだ……」
元の世界であったことだ。
アニメが映画などで使われた舞台に行ってみる的なアレ。
いまならその気持ちがよく分かる。
「そっかぁ。だったら良かった、話が早くて」
「へ? 話が早いって、どういうことだ?」
葉月が不思議なことを言ってきた。
話が早いとは何のことだろう。
「あ、マジでいい劇を教えてくれてありがとうな。演劇とかって、小学校のときに一回だけ観た程度だったけど、マジで良いモンだな。これはハマるわ」
「あの、ヨーイチ様。最初に言われたことを覚えておりますか?」
「へ?」
ラティさんの言葉に首を傾げる。
最初に言われたこととは何のことだろうと。
それよりも今は、ラティさんが今の劇に出ていたヒロインに似ていたことの方が気になった。
容姿が似ている訳ではないが、雰囲気とか喋り方が似ていた。
狼人というところもそうだ。
「陽一君、これは実際にあったことなの」
「へ? あ、ああ、そういやそんな紹介があったような気が……。で、それが?」
「うん、だからね。ナイジーンのモデルは陽一君なの。それで最後に引き取られた子供が、モモちゃんとロウ君なの」
「は!? え? モモちゃんが……あ、そういやそんな話を聞いたことあるけど……え? それじゃあ……」
「今日ね、これをモモちゃんが観ちゃったの。だから、モモちゃんたちにお墓参りをさせてあげたいの。本当の両親に、お別れの挨拶をさせてあげたいの」
読んでいただきありがとうございます。
止まっていました、更新再開を~のつもりです。