なにこの人、怖い
おまたせしましたー
準備ができましたと言われ、俺はメイドさんに案内されていた。
案内される先は、このノトス領の領主、貴族で凄い権力者さんのところだ。
事前に聞いたは話では、元の世界の知事よりも偉い人らしい。
しかしとても心細い。
できることなら誰か一緒に来て欲しかった。だが俺ひとりだけ。
なんでも俺だけに話があるそうだ。
ちなみにラティさんたちは、街へ演劇を観に行った。
これはサリオと約束していたことであり、特にモモちゃんが楽しみにしていた。
リティちゃんはよく分かっていなそうだったが、楽しみにしているモモちゃんを見てきゃっきゃっきゃとはしゃいでいた。
今頃ラティさんは大変だろう。あのテンションの子供が相手だ。
( まぁ、葉月と言葉も一緒だから平気か )
「こちらです」
「あ、はい」
メイドさんがそういって道を空けつつ頭を下げた。
ガチのメイドさんだ。スカートはミニスカではなくて、足首までしっかりと隠している。まさに本場のメイドさんだ。
だからだろうか、扉の向こうに妙な緊張を覚える。
この先に居るのは貴族という権力者だ。
「えっと、失礼します」
ノックをして部屋へと入る。
するとそこには、二人の男性がいた。
( あれ? 若い方が領主さまかな? )
若い方が席についており、高齢の年寄りが立っていた。
その二人を見て、何となくだが相手の立場を察する。
「来たか、ジンナイ。取りあえずかけてくれ。それと、また記憶を失ったと聞いたけど、その格好だけは相変わらずだな」
向かい合わせのソファー席に促され、俺はそこに座った。
ちなみに俺のいまの姿は、黒い胴着と木刀を佩いた姿だ。
どんなときでも油断はできない。
「じゃあ、オレたちもそっちに座るか」
「……はい、アム様」
二人は自己紹介した後、向かい側に座った。
若い方がアムさんという方で、ノトス領の領主様。
高齢の方は部下のような存在で、領地の運営を取り仕切っている人だとか。
何というか、高齢の方の圧が半端ない。
睨んでいる訳ではないが、全てを見通すような目が怖い。
リティちゃんがこの場に居たら、きっと潰しに行ったことだろう。
あの子は鋭い眼光が大好物だ。
「ジンナイ、何かどうでも良いことを考えておらんか?」
「いえ、そんなことはない。はい、ないです」
「ならば良いのだがな」
「……」
超おっかないジジイだ。
声に魂を持っていく効果が付加されているんじゃないかと思う。
この高齢の人は、目だけじゃなくて声まで怖ぇえ。
「ん~、取りあえず話を進めていいかな? この後も予定が色々と詰まっていてね。本当は昨日のうちに終わらせておく案件だったんだよね」
「……はい。迷子になってスイマセンでした……」
「ふんっ、記憶があっても記憶が無くても迷惑だけはしっかりと掛けるヤツだ。……まあ良い、今回は記憶が無い方が都合が良いからな」
「あ、はい……。へ? 記憶が無い方が都合がいい?」
「…………話を進めるぞ」
「はい……」
凄まじい眼圧に押し込まれ、俺は口を閉じて話を聞くことにする。
閑話休題
「――えっと。要は、僕がそこへ行けば良いってことで?」
「そうじゃ、それだけで良い。そしてお前でなくては意味がない」
「と言うことだ。ジンナイ、協力してくれ」
「はぁ……」
二人からの要求は、俺にある場に登場して欲しいとのことだった。
その【ある場】とは、教会が毎年行っているという会合。
そこでは教会の現在の状況や、今後の方針などを話し合うらしい。
そしてそれが開催される場所は、教会の一部の者しか知らない場所だとか。
「……それで、俺――じゃなかった、僕がそこに行ったら教会が分裂ってか、分断するんですね?」
「うむ、正確には我らと、協力者のエルネで根回しして割るのだがな」
どうやら今回の計画は、エルネと呼ばれる協力者から持ちかけられた話らしい。
何でもエルネと言う者の立場は危うく、そのままでは自分が危ない。
だから教会を派閥ごとに割ることで、自分の立場を守るとのことだった。
教会を割ると何故助かるのかイマイチ理解できなかったが、割ってしまえば安全になるらしい。
ハッキリ言って謀反だ。己のために所属している組織に害をなすのだ。
しかし目の前の二人には都合が良いらしく、その提案に乗ることにしたそうだ。
異世界でも権力闘争はあるようだ。
「でも、何で僕がその場に居るだけで……そんなに……?」
「まったく、先ほど説明しただろう。教会にとってお前は忌むべき存在、天敵よりもタチが悪い存在じゃ。そんなお前がその秘密の会合に姿を現せば、ヤツらは間違いなく身内を疑うはずじゃ」
「忌むべきで、天敵以上って……何やったんだよ俺は」
「それにのう、丁度いま東の司祭が消息を絶っておってな、誰もが警戒しておる時なのじゃ」
『本当に都合の良いことにな……』と、そういって視線を遠くへと向ける高齢のジジイ。
ジジイの名前はギームルというらしいが、何故か心の中ではジジイと呼んでしまう。何故だろう……
「そういう訳なんだジンナイ。本当に良いタイミングなんだよ。東の司祭が姿を消したことで教会内はゴタゴタしているみたいでね、いまが切り崩せるチャンスなんだ」
「なるほどです」
確かに都合が良いのだろう。
だからエルネという人も話を持ってきたのかもしれない。
それに、これで教会の力を削ぐことができれば、教会に狙われている葉月を守ることにも繋がる。
この話を断る理由はない。
もしあるとすれば……
「あ、あの。それをやって……僕は安全なんですよね? 例えば、その場で襲われるとか。なんか結構嫌われているみたいですから……」
「ふむ、オマエがそれを案ずるのは当然のことじゃ。――だがな、オマエはどこへ行っても似たようなものじゃ」
「へ?」
「力無き弱き者からはその力を請われ、力ある権力者からは強すぎる力ゆえ疎まれる。安住と言える場所は、あの森の中だけだろう」
「あ……」
クロスたちのことが脳裏を過ぎった。
確かにこのジジイの言う通りかもしれない。
だが――
――俺って勇者だよな?
この異世界を救った勇者なんだよな?
あれ? なんか扱いが厳しくない? 勇者なのにおかしくない?
葉月とか他の勇者たちと扱いが違い過ぎない??
環境の改善とまでは言わないが、妙に引っ掛かる。
どこか厄介者扱い。そんな雰囲気を感じる。
一度世界を滅ぼし掛けた、もしくはそれでも良いようなことをしたことがあるヤツ、そんな感じだ。
「ジンナイ、一応護衛は付けるよ。確かに君一人だとそのまま消されかねないからね。それは困るんだ」
「助かります」
「コイツが殺して死ぬようなヤツか」
「……」
こうしては俺は、彼らの依頼を受けることになった。
当然、報酬も出るらしい。
財布ごとクロスに渡してしまった俺にとって、その報酬は大事だった。
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あと、誤字脱字も……




