バレンタイン2
とこう
「動かないで、ジッとしててね」
「ぐっ」
そういってチョコボクトを振り上げる早乙女。
逃げなくてはならない。頭でそう分かっているのに、俺は動けずにいた。
( ……なんで、そんな顔を…… )
早乙女は、学校で一度も見せたことがない表情をしていた。
とても切実な、まるで告白する寸前みたいな、そんな切羽詰まった顔をしていた。
( でも、何でかこの表情を見たことがあるような…… )
見たことがない表情なのに、何故か見た記憶があるような気がした。
「えいっ」
「――あだっ!?」
チョコボクトでこめかみを叩かれた。
滅茶苦茶痛い、思わず涙がちょちょぎれるほど超痛い。
「があああああ、痛ぇ……」
「じ、陣内っ、いい? アンタはあたしの言うことを何でも聞くのよ」
「――アホか、何で言うことを聞かなくっちゃならねえんだよ」
「え? あれ? だってこれで叩いたら……何でも言うことを聞いてくれるんでしょ? アレみたいに」
「はあ? 何をいって――いい??」
早乙女が指差す方を見ると、椎名がうっとりとした表情で女の子の足を舐めようとしていた。
恥じらいの表情を浮かべつつも、それをドキドキと見つめている女の子。
非常にアウトな光景。アウトオブアウト。
椎名が下手にイケメンなだけに、とても倒錯的でなんかアカン感じ。
俺はスッと目を逸らした。見ちゃいけないヤツだ。
取りあえずアイツはロ○コン認定だ。
「ってか、マジで従属の効果があんのか!? じゃあまさか俺も……」
「おやおやぁ? それはニセモノのチョコボクトですね。というかそれってただの木刀ですよね?」
横から話し掛けて来たのはラーシルさん。
彼女は早乙女のチョコボクトを見て、それはニセモノだと言ってきた。
「え? だって、変な嗤い顔のヤツから金貨5枚で買ったのに」
「……それ、騙されてんだろ」
何となく犯人が分かった気がする。
だがいまはそれどころではない。
「いまのウチに逃げ――」
だそうとした。しかし一歩遅かった。
俺を追っていた三雲組と葉月の信者が追い付いて来たのだ。
しかもよく見ると、ちゃっかりクロスたちも居る。
「くそっ」
完全に包囲された。
逃げ道はどこも押さえられている。
「こうなったらまた椎名に」
俺は頼れる仲間に目を向けた。
ピンチのときに助けてくれた奴だ。きっとまた――
「……駄目か」
椎名はアカンことになっていた。
たぶんだが、他の連中も全員スルーしていると思う。
誰も椎名を見ようとしていない。
ジリジリと距離を詰めてくる冒険者たち。
三雲がWSをぶっ放してくれたら隙が生まれるかもと思ったが、完全に包囲した状態では撃ってこない様子。
「くそっ、誰か味方が居れば」
視界の隅では、早乙女がラーシルからチョコボクトを受け取っている。
「誰か、誰か……」
「ほへ? ジンナイさん、ひょっとしてピンチです?」
「サリオ!」
ひょこっと顔を出して来たのはサリオ。
彼女はエルフ風森の幸串焼を食べながら俺を眺めていた。
「サリオ、助けてくれ。助けてくれた何でもするから」
「ぎゃぼうっ、マジですかです。だったらスキヤキ3人前で助けるですよです」
「頼んだっ! ここから俺を」
「はいドーンで、ツチパルト!」
「――っ!!」
俺は高々と空へ放り上げられた。
地面がバネ仕掛けのように跳ねたのだ。
昔登った高層ビルからのような光景が広がる。
「たっかっ!? つか、落ちたら死ぬぞ!」
バタバタと風がはためく音がする。
「いや、俺は勇者! 空のひとつぐらい駆けることができるはずだ」
二段ジャンプや空中ダッシュなど、そういった格闘ゲームみたいなことができるはずだ。何故なら俺は勇者だから。
「っらあああっ!」
掛け声とともに空を蹴る。
イメージはアイキャンフライだ。
「……あれ? へ?」
手応えがまったくない。
足は空を蹴るだけで、これっぽっちも落下は止まらないし、落下の軌道が変わることはない。
「やべえ、マジで落ち――ぶべらっ!?」
突然何かにぶつかった。
「おわっ!?」
ぶつかった何かがなくなった。
しかしまた何かにぶつかった。そしてまた消える。
「え? え? うがっ!?」
まるでお手玉でもされているかのように、俺は転がされながら落ちていく。
「ぐっ、これって葉月の魔法の障壁か!」
何をされたのかようやく分かったが、俺は何も出来ずに落ちていった。
何とか逃げようと足掻いたのだが、その障壁を掴もうとするとそれが消えるのだ。
気分はピンボールの玉。
俺は葉月に誘導されて……
「おかえり、陽一君」
「ぐっ」
元の場所へと戻ってきた。
しかもさっきよりも包囲網は狭まっており、今度こそ絶対に逃げられない状況。
「じゃあ、観念してね、陽一君」
「……少しだけ、失礼しますね、陽一さん」
「陣内。いや、陽一、覚悟しろ」
三本のチョコボクトが振り上げられた。
障壁によって転がされた俺は、フラフラで頭が上手く回らない。
三半規管がやられている。
「ここまでか……痛っ」
ポコリと叩かれた。
それはとても弱い力で、ちょっと痛いだけだった。
俺はその叩かれた方を見るとそこには。
「ぱぱぁ、ぱぱぁにおねがいね」
「り、ティちゃん?」
俺のことを叩いたのはリティちゃんだった。
リティちゃんは、モモちゃんに後ろから羽織るようにチョコボクトを持たせてもらっており、それで俺を叩けたのだ。
「じゃあ、おねがいえ。ぱぱぁを、蹴らせてえ~」
「へ?」
「……はぇ?」
目を覚ますと、アゴにリティちゃんの足がめり込んでいた。
リティちゃんはとても寝相が悪いようだ。俺に足を向けた状態で胸の上で寝ている。
「ふっ、まったくこの子は……」
俺はリティちゃんを起こさぬように足を退け、彼女の身体の向きを変える。
すぴーすぴーと寝息が近くなった。
「……なんか変な夢を見てた気がするな」
リティちゃんから視線を横にずらすと、ラティさんとモモちゃんが丸まって寝息を立てていた。もしかすると狼人の習性なのかもしれない。
「…………起きるか」
もうちょっとこのまま眺めていたい光景だが、今日は予定が決まっており、何でもこの領地の主さんと会うことになっていた。
昨日は俺が迷子で迷惑を掛けてしまったのだ。
二度寝で寝過ごすなどあってはならない。
もうちょっと寝たいという誘惑に駆られるが、俺は起きることにしたのだった。
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あと、誤字脱字も……




