バレンタイン
お待たせしましたー
「…………え?」
気がつくと街の中に立っていた。
見覚えがあるようで無いような街並み。
「――あっ、ここって今日俺が迷子になった辺り……?」
そう呟きながら辺りを見回す。
うろ覚えだが、ここはクロスが攫われたときの大通りのような気がする。
取りあえず戻らなくてはならない、そう思ったそのとき。
「そこのお方、この木刀はいかがですか?」
「へ?」
声の先には、新緑を彷彿させる緑色の髪の女性が居た。
その女性の前には、焦げ茶色の木刀が何本も簡易テーブルに並べられていた。
よく見ると立て札があり、【一本金貨1枚】と書かれている。
「どうですか? おひとついかがですか?」
「え? えっと……言葉さん? いや、違うか」
「わたくしですか? わたくしはラーシルと申します」
「あ、はあ、ラーシル……さん?」
彼女の顔を見たとき、一瞬言葉かと思った。
だがよく見ると言葉よりも少し年上に見えるし、髪の色が明らかに違う。
( 胸は……同じぐらいか? )
「――どうしましたか?」
「いっ、いや!? 何でもないです。ただ、その木刀は何かな~と?」
チラ見していたと思われたくなかったので、誤魔化すように話を振った。
それに、テーブルに並べられている木刀は気になっていた。
何故こんな物を並べているのだろうと。
「はい、これはチョコレートで出来た木刀の【チョコボクト】です」
「……はい? ちょこぼくと?」
「そうです、チョコボクトです。これで異性の方を叩くとあら不思議、叩かれた方は、叩いた方の言うことを何でも一つ聞いてしまうのです」
「なんて物騒な……。って、それって冗談ですよね?」
「いえ、本当です」
「…………嘘ですよね?」
「本当ですよ。お一つ試してみますか? このわたくしで」
「い、いえ、結構です」
一瞬、良くない横島的な邪が横島ったが、なんとか抑えた。
「どうですか?」
「ひとつください」
「え?」
横から買うとの声がした。
こんな胡散臭い物を買うヤツがいるのかと、そいつを見ると――
「あ、確か……クロス?」
「ちょっと待っててね、おとう――じゃなかった、お兄ちゃん」
「はい、一本ですね。金貨一枚です」
サラリと売買が交わされ、一本のチョコボクトがクロスへと手渡された。
クロスは買ったチョコボクトを、少し離れた場所に居る女性のもとへと持っていく。
「はい、お母さん。これでたたけば、お父さんがお父さんになってくれるよ」
「……うん、お母さん、がんばるね」
何か不穏な会話が聞こえた気がした。
嫌な予感しかしない。
チョコボクトを受け取った女性は、獲物を狙う狩人の目に変わっていた。
「えっと、シャルナさんでしたよね? あれ? なんでこっちに来るんです? あの、そのそれを振り回すと危ないですよ?」
シャルナはチョコボクトを上段に構えていた。
そして『たぁ』との掛け声と共に振り下ろしてくる。
当然、避けた。
「あっ」
「ああ……おれちゃった」
「……」
チョコで出来た木刀だ、地面を力一杯叩けば当然折れてしまった。
それを呆然と見つめる二人。
「あらあら、折れてしまったのですね。それではもう従属の効果を発揮することはできません。もう一本いかがですか?」
「おいっ、いま従属の効果って言った? なんかすげえ物騒なワードが聞こえたんだけど。なんでそんなモン売ってんの?? ねえ」
「もう一本ください」
「はい、どうぞ。金貨一枚になります」
叫ぶ俺をまるっと無視して、再びチョコボクトを売りやがったラーシル。
「ってか、その金貨って俺がやったヤツだよな!? 生活費として渡した金だよな? なにさらっとそんなことに使ってんの??」
「お母さん、お金はまだあるからがんばってね」
「うん、お母さん頑張るね。あなたにお父さんを……」
「話を聞けええ!」
オドオドとしつつも、狩人の目で俺のことを見るシャルナ。
説得は無理そうだ。何を言っても聞かずに襲って来そうな気配。
「――くっ、ここは逃げるしかねえ」
「あっ、逃げた」
「待ってくださいっ、どうか待ってくださいい」
踵を返して超Bダッシュ。
俺は全力で街の中を疾走した。まさに一陣の風となる。
「くそ、なんだってこんなことに」
俺の全力に追いつける奴はそうそういない。
ある程度走った後、息を整えながら後ろを確認する。
「……ふう、逃げ切ったか」
「もし、そこのお方。この木刀はいかがですか?」
「うおっ!? へ? は? え? なんでラーシルさんがここに?」
何故かラーシルさんが俺の横にいた。
しかも先ほどと同じようにチョコボクトをテーブルに並べていた。
「……あの、なんでここに」
「はい、わたくしは何処にでも居ますから。だから居ます」
何か怖い返答がきた。
深く考えては駄目なヤツだろう。
「…………そうですか」
「ひとつ下さい」
「はい、どうぞ。頑張ってくださいね」
「へ?」
笑顔で差し出されたチョコボクトを受け取ったのは、葉月だった。
いつの間にか横に居た葉月が、ラーシルさんからチョコボクトを受け取った。
「えっと、……葉月、なんでそれを買った」
「うん、もちろん使うためだよ」
とても良い笑顔でチョコボクトを振ってきた。
俺はそれを屈んで避ける。彼女の予備動作ばバレバレで、俺を叩こうとしたのが見えたのだ。
「むぅ~、陽一くん、避けないでよ」
「いや、普通避けるだろ。それに、それで叩かれるとすげぇヤバそうだし」
「そっか~、もう知っているんだ。じゃあ仕方ないよね」
「――っ!」
「「「「「「ちぃっ!」」」」」」」
葉月が指を鳴らすと、突然冒険者たちが出現した。
ヤツらは俺を取り囲もうとしたようだが、事前にそれを察知した俺は後方へと飛び退いて難を逃れた。
「相変わらず勘の良いヤツだ。勘の良いジンナイは嫌いだよ」
「大人しく捕まれば良いものを……」
「じんない、おどなじくおれらにずがまれ」
「あんたら突然湧かなかったか? 魔物かよ」
「笑止、我らはハヅキ様のためなら魔物にもなろうぞ」
「ハヅキ様の願いのために」
「ために」
「ために」
「にー」
そう言ってスラリと武器を抜く冒険者たち。
その目は狂信者のそれだ。
「くそっ」
「あっ!」
俺は一目散に逃げた。
さっきまで俺が立っていた場所を囲むように、半透明の板が出現した。
あと少し判断が遅かったら退路を断たれていただろう。
「もう、逃げないでよ、陽一くん」
プンプンといった感じの顔を見せる葉月。
非常に愛らしい仕草なのだが、それに騙される訳にはいかない。
捕まったらどうなることか分かったものではない。良くて八つ裂きだ。
「ちくしょう、一体どうなってんだ」
再び街の中を疾走した。
走りながら横目で周りを見ると、チョコボクトを持った人が何人もいる。
中には、チョコボクトで異性を叩いている人がいた。
その光景はまるで、何かの祭りやイベントのようだ。
「これは一体――なっ!」
屈強な冒険者たちが前方を塞いでいた。
ヤツらは俺を確認すると、自分たちの後ろへと声を掛けた。
「居ましたっ、コトノハ様、こちらです」
「野郎ども、ここを通すなよ」
「後ろも囲め」
「魔法だ、魔法で足を止めろ!」
「コトノハさま、早くです」
わっちゃわっちゃと騒ぐ冒険者たち。
そこにチョコボクトを抱えた言葉さんがやってくる。
走って来たのか、肩で息をしている。
「待っててください、コトノハ様、ヤツをすぐに動けないようにしますので」
「トドメは刺すなよ、半殺しのちょっと先までだ」
「なあ、殺しても良くないか?」
「あ~~だな、殺るか」
「おーい、予定変更、やるぞ」
物騒を遥かに超えた不穏な空気。
そのとき、その不穏な空気を引き裂くように閃光が走った。
光の矢が俺を目がけて飛んで来た。
「うおっ!!」
横っ飛びでそれを避けた。
飛来した光の矢は、轟音を立てて地面を大きく抉った。
「アンタたち、何ちんたらしてんのよ。くっちゃべってる暇があったらさっさと射貫きなさいよ」
「三雲……?」
光の矢を放ったのは三雲唯。
彼女は当たり散らすように指示を出しながら、またも光の矢を放ったきた。
空気が解放されるような音を立てて光の矢が飛んでくる。
「あぶなっ!」
「ちっ、避けないでよ。狙いが狂うでしょ。身体に穴が空いてもいいの? 腕と脚だけで済ませたいでしょ?」
「アホか! いまの喰らったら千切れ飛ぶっての!」
「はあ? だからそれが狙いでしょ? そうすれば動けなくなるんだし」
「マジかよ……って、もう来たか」
振り切ったつもりの葉月たちが追い付いてきた。
このままモタモタしていたら挟み撃ちだ。俺は脇の道へと駆け出す。
「逃がすが!! 四肢を散り飛ばせ! WSホーミングレイ!」
三雲が先ほどとは違う光の矢を放った。
長く伸びた光は、まるで追尾でもするかのように俺を追って来た。
クンっと曲がる光の帯。
「くそっ!」
迫りくる光の矢。
避けられないこともないが、また曲がって来たら避けきれない。
俺は覚悟を決めてガード体勢を取った。が――
「障壁!?」
「誰、邪魔をするのは!?」
突如六角形の板が出現した。
それは追尾してきた光の矢を弾いて俺を守ってくれた。
「こっちだ陣内君」
「へ? 椎名?」
タナトスっぽい格好をした椎名が、こちらに来いとやってきた。
それに従って逃げる。
「くっ、この板じゃま!」
椎名が作り出したと思われる障壁が、三雲たち追っ手を遮った。
WSで破壊しようとしているが、六角形の障壁はビクともしない。
「行くよ、陣内君」
「あ、ああ……」
気安く話し掛けてくる椎名に戸惑う。
コイツはスクールカースト最上位であり、俺とは住む世界が違うヤツだ。
同じ勇者とは聞いてはいるが、やはりどうしても違和感が拭えない。
「ちょっと大変なことになっているね」
「ああ……」
爽やかな苦笑いを見せる椎名。
苦笑いまでもイケメンだ。何故かイラッときた。
「ボクも狙われて、ちょっと困っているんだよね」
「……なるほど」
コイツはイケメン勇者だ。
もしかすると、チョコボクトを持っている女性たちは椎名を狙っているのかもしれない。
「見つけましたっ。シイナさま、お待ち下さい」
「ん?」
女の子特有のたどたどしくも高い声がした。
そちらの方を見ると、紫紺色の髪をした女の子が居た。
その子の手にはチョコボクトが握られており、何をしようとしているのか察することができた。
「……行こう、陣内君」
「え?」
椎名は、その子を無視するように駆け出した。
必死に追ってくる女の子。
だが当然、俺たちの速度について来られるはずもなく、その距離はみるみる広がっていった。
「待ってくださいませ、シイナ様、待ってくださいませっ」
悲痛な叫び。
とても必死な叫びであり、訴えでもあった。
「……はあ、よっと」
「わっ!?」
椎名がべちょりと転倒した。
俺が足を掛けたのだ。
「椎名、スマン」
助けてもらった恩はあるが、あんな必死な少女を見捨てることはできない。
だから俺は椎名を売った。あの女の子と一緒になってもらう。
ヤツにはイケメンなロ○コンになってもらうのだ。
「助けてもらった恩は忘れないぜ、ロリこ――ぶへらっ」
何かに足を引っ掛けた。何もなかったはずなのに……
「てめえ、障壁を使いやがったな!」
俺は椎名に裏切られた。
ヤツはあろう事か、俺を転ばせるために障壁を使いやがった。
「良い場所に居た。陣内、ちょっと顔を貸しな」
「へ? 早乙女???」
早乙女京子が、何か神子っぽい格好で立っていた。
そしてチョコボクトを肩に担いでおり、その風貌はとても堂に入っていた。
正直なところ、神子っぽい格好よりも、ロングスカートのスケバンとかが似合いそうだ。
「おい、てめえ、変なことを考えてなかったか」
「いえ、考えてないです」
マジで怖い。
コイツはクラスのときからそうだ。いつも俺のことを睨んでいた。
まさに蛇に睨まれたフロッグ。
俺は身動きが取れなくなったのだった。
まさかの『つづく』です……