母の名は――
相手の動揺は収まることはなかった。
馬鹿なと呟きながらも、いや間違いないと何かを納得している。
そんな中俺は、どう斬り込むべきか悩んでいた。
と、いうよりも、自分の放ったビームの動揺が抜けていなかった。
木刀からビームが出たのだ。いくら何でもファンタジー過ぎるだろう。
――あっ、そうか、
これがWSってヤツか、それをぶっ放したんだ、
そっか、これがそうなのか……
銃口を覗くように木刀の先端を恐る恐る見る。
無いとは思うが、さっきみたいなビームがいきなり飛び出したら危険だ。
ただの木刀が危険な物に思えてきた。
「お兄さん、すごい! さすおにだよ」
「ん? あ、ああ……」
「そんなすごいこともできたんだね」
キラキラした目で俺のことを見上げるクソガキ。
俺はさっきの目を忘れていない。有利になったから手の平を返したのだろう。
このガキは意外と強かかもしれない。
「……間違いない。木刀でWSを放つことができるお方は一人だけだ」
「うん? ――へ!?」
ブツブツと呟いていた人相の悪い男が、突然土下座をした。
それを見た他の連中も、倣うように土下座をし始めた。
髪を掴まれていた母親は、ただ呆然と俺のことを見つめている。
「な、何が!?」
「大変失礼しました。天魔の英雄ジンナイ様」
「「「「「黒の英雄ジンナイ様」」」」」
「――っ!」
「最初に気がつくべきでした。大変申し訳ないございません」
「「「「「「大変失礼しやした!!」」」」」
小学校の卒業式のようなアレをやる男たち。
俺はそれを聞きながら呆気にとられたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヤツらの訳を聞くと、どっちもどっちだった。
今回の騒動の発端は、クロスたちが借金を踏み倒して逃げ出したこと。
そしてそれを阻止するために、この人相の悪い男たちがクロスたちを捕らえようとしたのだ。
母親のシャルナという名の白髪の猫人は、捕らえられる寸前にクロスだけを逃したようだ。俺はそれに偶然居合わせた形。
だから今回の問題は……
「このイセカイを救ってくれた、勇者ジンナイ様に逆らうつもりは一切御座いません。ですが……」
「ん、あ、ああ……」
何とも悩む状況だ。
多分だが、俺が解放しろと言えば従ってくれる気はする。
彼らの表情からその程度は読み取れる。
( だけど、ちょっと違うよな…… )
母親を殴った彼らに落ち度はあるが、元を正せばクロスたちの方が悪い。
騙されて借金をした訳ではなく、生活苦からの借金。
シャルナは元奴隷らしく、あまり良い仕事に就くことはできず、そんな中クロスが病気に掛かって多額のお金が必要になったのだとか。
この手の話は、元の世界でもよく聞いたことがあるヤツだ。
ただの学生だった俺に解決策なんて……
「――あっ」
「む? どうしました、ジンナイ様」
「……その借金っていくらぐらいです?」
「へ、へえ。金貨18枚です」
「18枚……それならひょっとして……」
俺は金貨の入った布袋に手を突っ込んだ。
そして適当に中身を握る。
「あの、これで、その借金って足りますか?」
「えっ!? ジンナイ様が肩代わりすると!?」
「まあ、このままって訳にはいかないですよね?」
俺は金貨20枚を彼らに渡した。
2枚多いのは迷惑料だ。
「ほ、本当に良いのですか? こんな親子のために……」
「乗りかかった船ってヤツですから」
金貨20枚払ってもまだまだ余裕はある。
布袋の中には、その二倍以上は入っている。
「……それと、はい」
「え……?」
白髪の母親が、差し出された物を見て呆けた顔をした。
隣に居るクロスは目を輝かせて金貨をガン見している。
「借金が無くなって解放されても、一文無しじゃまた借金をしてしまいますよね? だからこれを使って下さい。あ、当然返す必要はないですから」
「ジ、ンナイ様……」
顔を腫らして痛々しい姿の母親が、ボロボロと涙を流し始めた。
だからそういうのは止めて欲しい。あなたの横には子供が居るのだから、あまりそういう姿は晒すべきではないと思う。
「えっと、泣き止んで下さい。これは、ただの気まぐれみたいなモンですから。だからその……」
「はぃ……」
そう言って泣くのを止めようとするクロスの母親。
母親とは子供にとって神なのだ。だからどんなときも毅然として欲しい。
――いや、そりゃ無茶か……
みんなラティみたいにっていく訳ねえか、
取りあえず……
「これで手打ちって事でいいですか?」
こうして、クロス親子の騒動は幕を閉じた。
金によって解決した形だが、これ以外の解決方法は思いつかなかった。
もっと上手い方法があるのかもしれないが、記憶喪失の俺には無理だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺とクロス親子は外の通りへと出た。
あの倉庫から早く出たかった。葉月たちの護衛連中には敬う気配は一切無かったが、人相の悪い男たちは違った。
ヤツらは俺のことを、すげーチヤホヤしてきた。
さすが勇者様、さすゆうと褒め称えてきた。
自分が魔王を倒した勇者だと実感できたのだが、その記憶がないので何とも居たたまれなかった。
だから適当に切り上げて逃げたのだが……
「あ、あの……わたしは……」
人妻が熱っぽい瞳で見上げてきた。
とてもとても気まずいし、それに俺も既婚者だ。
葉月や言葉たちとは違う背徳感のようなものを感じる。
あと、猫人の女性って妙に色っぽい。
クロスの母親が一歩近寄ってきた。
なんかこれ以上はマズい、そんなとき――
「――っ!?」
視線を感じた。
その視線は、何か咎めるような、嫉妬するような、そして安堵をした視線。
引かれるように上を見ると、建物の屋根の上にラティさんが居た。
彼女が視線で横の道を示す。
俺は無言で頷き。
「じゃあ、俺はここで!」
「えっ!? あの、わたしは」
「お兄さん!」
二人を振り切るようにして横の道へと駆けた。
クロスがついて来ようとしたが、俺は【加速】を使ってぶっ千切る。
( ……こっちか? )
ラティさんが屋根の上から俺を誘導してくれる。
導かれるままに従い、人気が少ない通りに出ると、屋根からラティさんが降りてきた。
彼女は透明で見えない階段でも降りるかのようにやってきて、俺の前に立った。
「ご心配しました。居なくなった訳は、モモさんから聞きました」
「……はい、ごめんなさい」
怒られると思っていたら、彼女は心底安心した表情でそう言ってきた。
俺は自然とラティさんを抱き締める。
身勝手な行動で心配を掛けてしまった。
今の俺は記憶喪失中なのだ、記憶を失う前の俺なら問題ないことも、今の俺では駄目な場合もある。
本当に心配を掛けてしまった。
怒るよりも心配させてしまったのだ。
「………………後で、先ほどの方のことをお聞きしますね」
「……はい」
腕の中に居るラティさんから、ちょっと怖い感じの声が聞こえてきた。
読んでいただきありがとうございます。
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あと、誤字脱字も……