ビーム!
お待たせしましたー
ちょっと用事があって遅れてしまいました;
迂闊な行動だ。
それは理解しているし、今からでも引き返すべきだと分かっている。
しかし俺は駆けていた。止まるつもり引き返すつもりも微塵もなかった。
「おい、こっちでいいのか?」
「う、うんっ、そっちにお母さんがつかまっている……はず」
「OK」
最初はクロスに案内してもらっていたが、モモちゃんよりも幼いクロスではどうしても足が遅い。だから俺は、クロスを抱き抱えて走っていた。
抱えられたクロスが指差しで道を案内をする。
「ねえ、おじ――お兄さん。ひとりで……だいじょうぶ?」
心配そうな顔で俺のことを見上げるクロス。
確かにそう思うだろう。俺一人だけで行こうとしているのだから。
しかし俺には、きっとやれるという自信があった。
クロスを攫おうとした男を倒したとき、俺は相手の隙を突いた。
抱えて両手が塞がっている状態だ、だから今なら行けると思って動いた。
だが実際のところ、そんな隙を突く必要などないほど余裕だった。
魔王を倒したと言われてもピンと来なかったが、いまは確実に実感できる。
俺を埋めようとした連中は別だが、あの冒険者の人たちが強かっただけだ。
いまの俺なら間違いなくいける、そんな手応えがあった。だから――
「ああ、問題ない。俺だけで十分だ。いや、たぶん余裕だ」
確信を持ってそう答えた。
槍は持って来ていないが、人を相手にするのであれば木刀の方が良い。
そして防具の黒い胴着も着ている。
説明によると、この黒い胴着には特別な素材が使われており、刃物はおろか矢も通さない逸品なのだとか。
さすがはファンタジーの世界の防具だ。
元の世界の耐刃ベストと防弾チョッキを合わせたような性能らしい。
しかも衝撃も緩和する不思議な効果も付加されているのだとか。
「あ、あの家のあっち」
「あいよ」
しばらく駆けると、母親が捕まっているだろう建物へと辿りついた。
あと上手く忍び込むだけ。
「……さて、どうしたもんか」
抱えていたクロスを下ろして、俺はふと考える。
勢いで連れて来たは良いが、このままクロスを連れて行って良いかのか、それとも置いて行った方が良いのかと思案する。
――どうすっかなぁ、
ここに置いて行くと……たぶんアレだよな……
クロスを置いて行った場合、何となくだが人質にされそうな気がした。
ここは敵勢力の圏内だ。見回りのようなヤツが居て、そいつかクロスを見つけて人質にするかもしれない。
それと、クロスがこっそり付いて来て捕まるという展開もあり得る。
もしそうなったら非常に厳しい。
人質が一人だけなら何とかなりそうだが、二人の場合だと対応が追い付かない。
一人だけならさっきのように押し通せるが……
「誰か見ていてくれる人が居れば――あっ、父親は? お前のお父さんは!?」
母親が居るのだ、当然父親もいるはず。
「……お父ちゃんは、いるけど、いない」
「ん? 居るけど居ない? どういうことだ?」
「お母さんがゆってた。お父さんはすごい人だから、いっしょにいられないんだって。ものすごい人だから……ダメなんだって……」
「んん? それってまさか父親は貴族とか、そういう感じの凄い人ってこと?」
「ううん、ちがう。もっとすごい人だってゆってた。イセカイをすくっちゃう人だって。だからぼくとお母さんがいるとダメなんだって……」
「……」
抽象的過ぎてよく分からないが、要は、立場のある人間がクロスの父親で、クロスはその隠し子的な位置なのだろう。
父親の立場を考慮して、母親が身を引いたとかそういった感じ。
「って、なると、頼れないか……」
そもそもこの場に居ないのだ。
クロスを見ていてくれと頼むことはできない。
「仕方ねえ。――いいか、絶対に大人しくしてるんだぞ」
俺が助けてやると目でクロスに伝える。
「うんっ、わかった!」
「おし、こっそり行くぞ」
結局俺は、クロスを連れて忍び込むことにした。
俺の側に居るのならば、多少のことがあっても守ることはできるから。
邪魔でもしない限り。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……よし、すんなり行けたな」
「たぶん、あっちに……居ると思う」
「了解」
俺たちは、母親が囚われているであろう建物への侵入に成功した。
入り口には見張りらしき男が二人立っており、いかにも何かありそうな雰囲気の倉庫だった。
しかし秘密の抜け道があるとのことで、俺はそちらへと向かい、その秘密の抜け道、というよりも単に崩れかかった場所を通り抜け、開いていた窓から中へと侵入した。
一応見張りを立ててはいたが、そこまで厳重ではなさそうだった。
誰も居ない通路を音を立てぬよう慎重に進む。と――
「――っ」
母親らしき人物が居た。
様々な荷物が保管されている大部屋に、クロスの母親らしき猫人の女性が男に髪を掴まれていた。
その母親らしき女性は、髪を掴んでいる男に怒鳴られていた。
そしてよく見れば、母親らしき女性の左頬が赤くなって腫れている。
「殴られた……痕」
頭がカッとなる。
何があったのかは分からないが、少なくとも女性の顔を殴るようなヤツだ。
間違いなく碌でも無いヤツだ。
そっと辺りを見回す。
いま飛び出していけるかどうか判断をする。
目的は母親の救出だ。そのために状況を把握する必要がある。
「――お母さんっ!」
「なっ!?」
横にいたクロスが叫ぶように母親を呼んだ。
当然、呼ばれた母親、それと彼女の髪を掴んでいる男がこちらに気が付いた。
そして近くに居たのか、他の男たちが『何だ何だ』と一斉に姿を現す。
「お母さんっ! お母さん!! ぼく、たすけにきたよ」
「馬鹿野郎っ!」
無謀にもクロスは、捕まっている母親へと駆け寄ろうとした。
隠れていた物陰から飛び出し、母親の元へと暴走しようとする。
俺は首根っこを掴んでそれを止めた。
「何やってんだ! アホか!!」
「だ、だって、お母さんが……酷いことされて……」
涙目になって俺を見上げるクロス。
気持ちは分かるが、いまのは完全に失敗だ。すべて台無しになった。
一瞬、俺を陥れるための罠ではないかと脳裏に過ぎる。
しかしクロスの表情に嘘はない。
このクソガキは母親を想うあまりに暴発しただけだ。
しかしだからとはいえ――
「くそ、マズいことになったな」
奇襲で終わらせるつもりだった。
助けた後は即撤退して、そのまま大通りへと逃げ込むつもりだった。
その後は警察のような機関に頼れば良いと考えていた。
「はあぁ? 何だ? ニコルの野郎はどうした? アイツにそいつを連れて来いって命令したってのに……」
髪を掴んでいた男は、そういって俺のことを睨めつけてきた。
俺のことを見定めているのだろう。
「……黒い格好に木刀ねえ。あのお方の真似か? 居るんだよな、あのお方に憧れて真似をする馬鹿が。あのお方の真似をするならもっと目つきを悪くしないと……ん? 目つきはヤベえな」
『むむ』と首を傾げる人相の悪い男。
俺は、お前に言われたくないと心の中で独り言つ。
「まあいい。取りあえず、その小僧を渡してもらおうかニセモノさんよ」
人相の悪い男は、そういって左右に目配せをした。
すると、俺たちの左右に隠れていた男たちが飛び掛かってきた。
「っしゃ!」
「がはっ!?」
「――ぐあ」
俺は、飛び掛かってきた男たちを木刀で素早く迎撃した。
左右を取られていたことは気が付いていた。
気取られぬように近寄って来たのだろうが、俺はそれを察知していた。
ヤツらの姿は見ていないが、感覚がヤツらを捕捉していたのだ。
「ぬうっ、多少はやるようだな。だが――」
人相の悪い男が左腕を掲げた。
何かをするつもりだ。俺はそれが分かり、無意識に自然と動いていた。
「させるかっ! 斬鉄穿!」
突き出した木刀の先端からビームが出た。
放たれた純白の閃光は、人相の悪い男が掲げた左腕の上の方、何か力が集まっているところを貫いた。
貫かれたそれは、弾けるように飛び散った。
「なっ!? はあ? 魔法が壊された!? ふぁっ!?」
目ん玉を丸くして驚く人相の悪い男。
何か言葉を発しようとしているが、上手く言葉を紡げなくなっている。
隣にいるクロスも、驚きに声を出せなくなっていた。
俺はそんな二人、――よりも驚いていた。
「はあ!?? 木刀から何かビームが出たぞ! え? なにこれ!? こわっ! 何この木刀?? え、これってビーム兵器だったの?? 木刀なのに??」
「はぁ?」
「え?」
「はい?」
「へあ?」
周囲から間の抜けた声が聞こえてきた。
クロスなんかは、何言ってんだという目で見上げている。
「……あの、もしかしてあなた様は」
「ん?」
人相の悪い男が、ビシッと居ずまいを正して俺の方を見ていた。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ感想などいただけましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字なども……