守る
遅れましたー
「……狭い」
ガタゴトと揺れる馬車の中、俺は少々肩身の狭い思いをしていた。
例えるならば、ヤバい人に事務所へと連れられて行く途中のような感じ。
「借りてきた猫みてえだな。ホントにジンナイか?」
「ああ、おれもそう思ったところだ。邪悪さが足りねえ」
「でもよう、この目つきの悪さはジンナイだよな」
「取りあえず、次止まったら埋めようぜ。昨日は取り逃がしたが、こんなチャンスは滅多にねえぞ」
「だな、だけどコトノハ様には見つからねえようにしろよ」
「頭まで埋めりゃそうそう見つからねえだろ?」
連れて行かれるところは事務所じゃなかった。
海とか湾岸とか埠頭とか、そういった沈められる場所に行く系。
葉月たちを守ろうと誓った矢先、守らねばならないのは自分だった。
( っていうか、元の場所に戻りたい…… )
馬車で騒動を起こした俺は、三雲が乗っていた馬車を追い出された。
そしてハーティさんと入れ替える形で、この馬車に乗った。
そう、俺がいま座っている場所は、元々ハーティさんが座っていた場所だったのだ。
いま俺がいる場所は、屈強な冒険者が乗っている幌突き馬車の中だった。
ムキムキな野郎にサンドイッチ状態。
漂ってくる臭いもきつく、男臭いを超えた筋肉臭。
――なんか、怖ぇええ、
ええ? 記憶を失う前の俺ってこの人たちと一緒にいたの?
このすぐ人を埋めようとする人たちと? ホントに俺が?
俺は、記憶を失う前の俺にそう問いかけた。
しかし当然答えは返ってこない。
「……あ、あの」
「あん? 何だ?」
圧がぱない。かなり――いや、本気で怖い。
腕の太さなどリティちゃんの胴回りほどある。
これが冒険者なのだと戦慄するが――
「えっと、皆様は、葉月とか言葉のことを守っているんですよね?」
「当たり前だろ。おれたちは勇者様を守るために集まっているようなもんだ」
『何を馬鹿なことを』と、そういった口調でムキムキな人たちが答えた。
本当に言葉通りなのだろう。葉月たちを守ることが当たり前といった感じ。
俺はほっと胸を撫で下ろす。
「……そうですか。良かった」
疑った訳ではないが、もしかしてと思っていた。
このガラが悪い冒険者の中に、葉月や言葉のことを害する者がいないかと考えたのだ。
しかしそれは杞憂だった。
感情が読めるほど聡くはないが、この人たちは絶対に裏切らない、そう思えた。何故かそんな確信が持てた。
そしてそう感じることができると、急にこの人たちが良い人に見えてきた。
ガラが悪くムキムキだが、それはそれでとても頼もしいと思えてくる。
「ったく、お前は何言ってんだジンナイ。オレたちは聖女様と女神様を守るために居るんだぜ? 馬鹿にすんな」
「そうそう、そうじゃなきゃここには居ねえよ」
「ああ、コトノハ様のためなら、火の中だろうが水の中だろうがだぜ」
「おうさ、何だって埋めてやるってもんさ」
「そうだな、誰だろうと、コトノハ様を悲しませるヤツは埋める」
「ああ、さっさと埋めて野営の用意だ」
「穴を掘るのは魔法でやるか? サリオ様に頼めば深いの掘ってくれるよな」
「食いもんで釣れば余裕だよな」
「へ? え? あれ?」
全員が不思議で危険なことを言い出した。
頼もしいと思っていた人たちが、急に危険に思えてきた。
頭の中で警報がギャンギャン鳴っている。早くここから逃げろと告げている。
閑話休題
「あ、危なかった……」
間一髪だった。いや、それ以上だった気がする。
俺は馬車が止まる前に逃げ出したおかげで逃げ切れた。
止まってからでは確保されていただろう。
「これが異世界ってヤツか」
異世界の洗礼を受けた気がする。
元の世界では遭遇したことのない理不尽に晒された。
油断していると埋められる、ここはそういう世界なのだ。
「さて、そろそろ戻るか」
「……ジンナイ」
いつまでも隠れている訳にはいかないので、野営を手伝うために戻ろうと思った矢先、後ろから声を掛けられた。
逃げる体勢を取りつつ、恐る恐る後ろを見ると。
「えっと、確か……」
「シキです。ちょっと顔合わせただけでしから、会いにきました」
とんでもないイケメンがそこにいた。
ハーティさんとは違う種類のイケメン。乙女系のゲームに出てきそうな感じのタイプだ。
「俺に、何かようでしょうか?」
「ええ、貴方に尋ねたいことがあって……あなだわ、ハズキ様をどうおもっておるだだ?」
「はい?」
綺麗な口調から、一気に田舎くさい訛りへと変わった。
まるで別人のよう。
「いあ、ハヅキ様おぉ……あなだわ、ど、どうおもってててて」
キラッキラしたイケメンだと思ったら、とんでもねえポンコツだ。
しかもタチが悪いことに、これだけどもっているのに慌てた様子がない。素の状態でこれだ。まるで声だけ別の人が当てているよう。
「どどど、どうすぅる」
「はあ、ちょっと待ってくれ……取りあえず俺は――」
俺はシキに記憶喪失のことを説明した。
いまは記憶がないのだから、どう思っていると訊かれても困ると。
しかしすると彼は、そんなときだからこそと言ってきた。
理屈ではなく心の底にある感情が知りたいのだろう。
なので俺は――
「いや、わからんし」
「わがらん?」
「ああ」
「……」
「だけど、絶対に守る。それだけは変わらない」
「………………そっか、そがならよがったぁ。おらがのぞむぅあこだえはしれた」
ちょっと何を言っているのか分からないが、取りあえず納得した様子。
「……アンタは、葉月のことが好きなのか?」
「ええ、お慕いしています。だがこれは、すぎとか愛ぃとかすいとぉうゆとかじゃなか。わたしのか神なのです、ハヅキ様は」
「…………そっか」
俺の答えに満足がいったのか、シキは踵を返す。
俺はそれを見送りながら、葉月と言葉は本当に恵まれていると感じた。
この異世界には酷いヤツもいるが、その逆も居る。
「良かった……」
「ああ、良かった」
振り向くと馬車の中に居たムキムキが立っていた。
とても良い笑顔で俺のことを見ている。
「良かったぜ、せっかく掘ってもらった穴が無駄にならずに済ん――あっ」
全力で俺は走った。
止まったら埋められる。捕まったら埋葬される。
俺は全力で駆けて逃げ込んだ、葉月たちのもとへと。
こうして俺は、守ると誓った葉月たちに守ってもらったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次からはノトス編となります。陣内はノトスで……ええ、続きは次回で!