さすぅ
お待たせしましたー
ガタゴト揺れる馬車の中、正面に座った奴から声を掛けられる。
「へえ、その黒いの着たんだ」
「ん? ああ……まあな」
「よかったわ、アンタがそれを着ていないと落ち着かなかったのよね。なんか舐めてるってか、危機感が足りないってか、何故か妙に苛立つのよ」
「…………そうか」
俺に話し掛けてきた三雲。
彼女はそう言った後、外の景色へと目を向けた。
ジロリと見られていた視線がなくなり、無用な圧が減った気がする。
やれやれと気を抜いて俺も横を見ると。
「ぱぁぱ、あい」
「ん、ありがとう、リティちゃん」
「リティちゃん、サリオお姉ちゃんも欲しいですよです」
俺の隣には、サリオとリティちゃんが座っていた。
リティちゃんはサリオの膝に座っており、手には焼き菓子が入った紙袋を持っていた。葉月から貰った物だ。
俺はリティちゃんからクッキーを一枚受け取る。
元々ここに居たのはモモちゃんで、モモちゃんが言葉と一緒に居たいと言ったので、俺と場所を入れ替えたのだ。
「あいっ」
「――っ、あ、ありがとう……」
リティちゃんは、俺たちに焼き菓子を渡した後、次は前に座っている三雲にも焼き菓子を差し出した。
一生懸命に伸ばされた手から、照れくさそうにそれを受け取る三雲。
いつものキツイ瞳が、ふっと緩んだ。
( へえ…… )
三雲はいつも睨みつけるような目をしているが、こういったときは優しい目をする。学校でも言葉を見ているときは……
「…………なあ、三雲」
「なに?」
優しい目がいつもの鋭さに戻った。
そしてその目が、続きをとっとと言えと急かしてくる。
「ちょっと聞いたんだけど、言葉と葉月のことを……、まだ諦めていないヤツらが居るとかどうとかって……」
「ハーティさんから聞いたんだ」
「ああ、それで確認ってか、気になって」
「記憶がないから覚えてないのね。……ええ、クズみたいなヤツはまだいるわ。ゴロゴロとね」
「それは……言葉とか葉月のことを狙っているヤツらのことだよな?」
「そうよ。中には強引に攫おうとするヤツも居たし、ゴミみたいな誘いをしてくるウジ虫もいたわ。なのにこの男ときたら……」
何故かゴミを見るような目で俺を睨む三雲。
だがちょっと待って欲しい。何でそんな目で見られるのか意味が分からない。
俺はただ確認をしただけだというのに……
「……あの子、苦労しているんだから。もう一人で出歩けないぐらいよ。正直言って、このイセカイに残っているメリットなんてほとんど無いのよ。…………もう諦めてもいいのに」
最後の方はよく聞き取れなかったが、言葉たちが苦労していることがよく分かった。
三雲はそれを間近で見続けてきたのだろう。
「そっか、お前も守ってきたんだな」
「はっ、当たり前でしょ。沙織はわたしの大事な親友なんだから。……ホントにこの男は、死なないかしら」
またもゴミを見るような目で睨みつける三雲。
俺の心の中は、『マジで何なの?』って思いで一杯だ。
それに何故か罵倒もされていた。
「今じゃね、東が物騒で近寄れなくなったんだから。ああ、西にはあのクズが居るから西も行けないわね。だから今は北と南を行ったり来たりよ」
「東と西がダメ? どういうことだ?」
「東が駄目な理由は………………言いたくない。射貫きたくなる理由よ。西は小山のクズが居るから行きたくないのよ」
「お、おう……小山?」
――え? 小山ってあの小山だよな?
アイツ何やったんだ? 何でそんな怒られてんだ?
「そう言えば、アンタも昔はクズって呼ばれていたわね」
「はあ!? 何で俺が?」
「前にね、アンタがあのラティを襲ったって噂が流れて来たのよ。まあ、アンタはやりそうな顔をしていたし、ほとんどの人が信じていたわね」
「うぉいっ、それって誤解だったんだよな? あれだろ? 俺が襲われただろ? 俺が襲うわけ……」
「あん? 何よ襲われたの間違いって。まあ取りあえず間違いだったみたいね」
「はああああ、だよな……」
「わたしは襲ったって思っていたけどね」
「おいっ」
「……でも、沙織は違うって信じてた」
「え? 言葉……が?」
「ええ、そうよ。何かの間違いだって言っていたわ。そうやってクズのアンタを庇っていたのよ、ずっと前から……」
「そ、そうか……、ああ、うん」
三雲はぷいっと横を向き、この話はこれで終わりという姿勢をみせた。
もう少し事情を聞きたいところだが、聞けば間違いなく藪大蛇だ。
だからそれ以上尋ねるのを止めようと思った、そのとき――
「ぱぁぱ、くずぅ?」
「リティちゃん!? どこでそんな言葉を覚えたの!? てめえ、サリオ! お前がリティちゃんに教えたのか、こんな汚い言葉を」
「ぎゃぼうっ、ありえないほどの言いがかりが来たですよ! 教えたのあたしじゃないですよです」
リティちゃんがとんでもないことを言い出した。
「リティちゃん、パパはクズじゃないからね? いい、違うからね?」
「くずぅ?」
「いだっ!?」
あどけない顔で俺のこと指差すリティちゃん。
しかも目を突いてきた。油断していた俺はそれをまともに喰らってしまう。
「あ、陣内。なんかごめん……」
「あっ、そっか! いまお前が言ったからリティちゃんが言葉を覚えて。三雲、リティちゃんに何て言葉を覚えさせてんだ。お前みたいにがさつになったどうすんだよ。この子は天使だぞ」
「だから、悪かったって。あと、誰ががさつよ。あとで絶対に刺す」
「リティちゃん、あのクズさんに、刺すぞって言ってみるよです」
「さすぅ?」
「――ってめ、お前の頭を掴んでドリブルしてダンクすんぞ! リティちゃん、そんな汚い言葉を覚えたら『めっ』でしゅよ」
「めぇ?」
「あぶなっ!」
俺の眼球に手を伸ばしてくるリティちゃん。
悪い言葉もそうだが、この目を狙う癖を直さなくてはならない。
育児は本当に大変だ。
「リティちゃん、ノトスに行ったら一緒に劇を観ましょうねです」
「さすぅっ」
「リティちゃん、それもダメ。変な言葉覚えちゃダメ。何故か嫌な言葉な気がする……」
こうして、馬車の中はずっと騒がしくなった。
そしてその結果、俺だけ別の馬車へと移らされることになったのだった。
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あと、誤字脱字なども……